獣人族の国に向かう前に
派出所に向かい、ジルクを呼び出す。イルは魔力袋から取り出したタグをジルクに渡した。魔力は感じないが、今ある唯一の貴重な証拠だ。
「まだやる事があるなら先に帰るけど、ジルクはどうする?」
派出所の傭兵にあれこれ指示をタグについて出しているジルクに声をかけた。
「んーどうしようかな、もうちょっとで終わりそうだけど」
「夕食時もだいぶ過ぎてるよ。根を詰め過ぎないようにね。すぐ終わるようだったらここで待ってるから、そしたら一緒に帰ってご飯食べよう?」
「今終わったわ。帰る。オレもう帰る!!」
ちょっと待っててーとジルクの声が瞬く間に派出所の奥に消えて行った。
「いきなり終わったね!良かった良かった」
イルはジルクの切り替えの速さに苦笑を漏らした。リタの一緒に帰ろう発言で今仕事が終わったのだろうことは黙っておく。
こうして宿屋に3人で帰り、夕食を食べに一階の食堂でご飯を頼もうとしていたその時、タイミング良くレイズも戻って来た。4人そろって席に着くと、前日とほぼ変わらない質素な食事をいただく。
「レイズ、不動産屋ってどうなったの?」
硬いパンを手でちぎりながらリタが尋ねる。
「ああ、問題ないようだった。無事売りに出してくれる。売れた場合の取り分などで話が長引いたが、騎士団預かりとなったロバートに下手なことはしないだろう。ロバートはギルドカードを持っているから、後はそこに振り込めば済む話だ。その後子爵家に礼を言いに行って来た。つつがなく遂行されるだろう」
「そっか、これでもう安心だね!」
「そうだな、明日の朝にここは出発する、で良いのか?」
「おう。あとは派出所にいる傭兵に全部任してきた。あっという間の三泊の滞在だったな。まさか本当にあの件の影響がこんなところにまで及んでいるとは……」
「そうだね、これ以上私達に出来ることはもうないし。なんとか最低限はやり切った、って感じだね」
「さあ、今日は早めに休んで、明日の移動に備えましょう」
イルの発言が合図になり、全員席を立った。そして部屋に戻る所でリタはハッと思い出した。
「そういえば、ロバートさんが気になる事を言っていたの。一回皆、私の部屋に集まってくれない?」
リタの申し出で全員がリタの泊まる部屋に入った。2人のベッドの端に向かい合わせで4人が座る。
「どうかしたのか?」
最初に口を開いたのはレイズだった。
「今回問題になったブランドネームタグなんだけど、考案者がいるの。イル、メモ取ってたよね?」
「はい、リタ様。外注先はすぐ隣の街にあるものの、考案者と知り合いの担当者は異動して違う店にいます。店の名前はベロサルトで、人族の国で一番獣人族に近い街にあるとのことでした。どなたか聞いたことはありますか?」
「オレ、知ってるよー」
「俺も知っている」
レイズもジルクも聞いた事があるようだ。
「有名なお店なんだ?」
リタは感心した様子で聞いた。
「でもロバート様はご存知ないようでした」
「貴族が主に利用している高級店だからな」
レイズが補足する。
「知らないのも無理はないんじゃないかー?だって平民はろくに相手もしてもらえなさそうだし」
そうジルクが呆れ顔で言った。
「獣人族の作る服は丈夫で有名なんだ。人族の持つセンスと獣人族から提供される最新の生地や素材が最初にこの店に卸される。そこから各地に散らばっていくと言われるほどには有名だ」
ジルクはうんうん、と自分の言葉に頷いた。
「凄いところに異動したんだねえ……とにかく、次は絶対ここに寄りたいの。担当者から直接話が聞きたい」
「その担当者の名前は?」
ジルクがメモを持ったイルに尋ねる。
「タイラー・サストラーノと言う、20代半ばの若い男性らしいですよ」
男の名前には聞き覚えがなかったようで、ふーん、とあまり興味が無い反応をジルクは示した。それよりも、とジルクは日程の逆算をし出した。
「その店に行くだけでも、いくつか街を経由して、1週間はかかるな。そこから獣人族の王宮までの間にもいくつか街があるから、何回か街で泊まって、1週間。この街で3泊してるから、次の店でも3泊が限度だ。これで面会する日の1週間前に着く計算だ。そうすれば移動時間にはもう少し余裕が持てる。問題が発生しなかった場合のスケジュールだから、最悪、3日前に獣人族の王宮に着けば良いさ」
「そうか、ならこの店にも寄ってみよう」
レイズがリタに向かって言う。
「ありがとう!じゃあ、明日の朝に備えて今日はも休もう!私お風呂入ってくるね〜」
「お、お、おう」レイズが返事をする。
「さあ、レイズ様、リタ様が湯浴みをされている間、隣のお部屋へどうぞ」
「えっ、あ、ああ。え?いや、俺もシャワーをリタの後に……」
「隣のお部屋でお入り下さい?」
ニッコリ笑っているイルだが、イルの微笑みを見ているとなぜかゾッとして来たので、言う通りにリタの部屋を出た。ジルクが1人ベッドに座りっぱなしだったが、イルに引っ張られて出て行くことになったのは言うまでもない。
レイズもシャワーを浴び終え、リタのいる部屋に戻ろうとした。その時にイルとジルクの間に一悶着あったが、部屋に魔力袋を置いてきたから話は後でとレイズは打ち切った。
もちろん、そのままイルとジルクの部屋にレイズが戻ることはなかった。
次の日、ジルクには派出所傭兵から無事ロバートとマリーに補填金を渡したと書物伝令が届いた。その報告を受けて、リタはこれで2人は安全だと安心した。
「これで私達も気兼ねなく出発できるね」
「そうだな、オレたちも次の街に向かおう」
ジルクが了解した、と書物伝令を送り返すのを見届けると一同は次の街へと向かった。
それから1週間、馬車を走らせたその1週間目の日、変わったことと言えば、途中野宿する出来事があったことぐらいだろうか。
あと半日程馬車を走らせれば目的の店のある街に着くという所で、レイズがしんどいと言って、体調を崩したのだ。
ちょうど街と街の間で、山間になっている場所で、引き返しても半日、急いで目的地に向かっても数時間はかかる微妙な距離だった。
ちょうど川沿いで水も調達できるということで、休憩に止まったのだ。しばらく馬車を止め、吐き気や頭痛が治るのを待ったが、一向に治る気配はなかった。結局レイズの体調が回復する見込みが薄いということで、日が落ちてきたこともあり、そこで今日は野宿することになったのだ。
「レイズ、大丈夫?」
「すまんな、中々頭痛と吐き気が治らない」
「魔力欠乏症じゃないの?」
「いや、そんなヤワな魔力量じゃない」
「でも、しんどいなら一度死者を魔力袋から全員出したほうがいいんじゃない?ちょうどここ、山間だから誰も通らないし。道を少し外して野宿するってジルクも言ってるから、そこで解放したらどうかな?」
「はあ……そうだな。やむをえない。リタ、イル、死者の統率を頼めるか?」
「もちろん、任せて!イルと交代で見ればなんとかなるよ!ね?イル!」
「ええ、問題ございません。レイズ様はお休み下さい」
「すまない、世話をかける」
野宿できる場所まで馬車を移動し、レイズは魔力袋を消失させた。
3000体の死者が束になっているのは壮観だ。
レイズは死者を解放させたことで幾分か楽になった。念のためジルクから魔力回復薬を受け取り、それを一気に飲み干すとすぐ寝込んでしまった。
「レイズはああ言ってたけど、やっぱり魔力欠乏症じゃないの?」
リタは疑問に思った事をイルに伝えた。
「うーん、あの口ぶりだと魔力はまだまだ余力があったみたいでしたけど……死者をずっと閉じ込めておくのも限度があるのかもしれませんね?」
2人で首を傾げ、考えても分からない事なので、それ以上気にしないことにした。
その夜、グッスリ眠っているレイズをそっと寝かせたままにし、イルとリタは交代で眠った。そうして夜は動き回ってしまう死者を2人でその場に押しとどめた。
無事朝を迎え、レイズが起き出して来た時にはすっかり調子も戻ったようだった。
「イル、リタ。ありがとう、助かった。あとは俺がやる。2人は休んでくれ」
久しぶりの死者の扱いに疲れを覚えていたリタはこれ幸いと馬車にいそいそと乗り込み、眠りについた。
レイズはリタのように一気に死者を縛り、魔力袋の中に入れ込む事は出来ない。だが、また同じような事が起こらないとも限らない。
一つ試してみよう。
「イル」
「はい、なんでしょう、レイズ様」
「お前の魔力値高さを見込んで頼みがある」
「なんなりと」
「旅立つ前、リタは針を使って糸を魔力で紡ぎ出し、死者を縛り上げていたんだが、覚えているか?」
「ええ、リタ様のやる事なす事、おっしゃった事は全て、記憶に刻み込んでおります」
「えっ、お、おう、そうか、頼もしい?な。あれを針なしでできるか?針があれば、より簡単に発動はするのだろうが、無くても出来ない事はないはずだろう?」
「やってみましょうか?」
「ああ。成功してコツを掴むまでやってくれ」
「リタ様ほど優雅に発動させることは出来かねますが、もしかしたら」
「別にリタみたいにやらなくていいから!」
レイズは苦笑を漏らし、呆れた声を出す。
「承知いたしました」
イルはレイズに向かって美しい貴族の礼を繰り出した。そして深く息を吸い込むと詠唱を開始した。
『偉大なる創造神のカイルスよ、人族の罪を許したまえ。大地を司る素晴らしきサートゥルよ、女神へハーデスの力を授かりしリタ様への忠誠を持つ我を受け入れよ。不死者の願いをここに叶えたまえ!』
『糸紡ぎ!』『捕縛!』
リタと同じような魔力の糸が現れ、3000体の死者を一気に縛り上げた。
「まさか、一発かよ……」
レイズはポカンと口を開けて呆気に取られている。まさかすぐに出来るとはおもっていなかったのだ。
「リタ様のなさる事でしたら、くまなく観察しておりますので、造作もないことです」
「いや、その発言はどうなんだ?いや、しかし今の詠唱はなんだ!女神へハーデスの力を授かりしリタ様だと?」
「ええ、お気づきではありませんでしたか?あの美しさ、神々しさ、そして慈愛溢れる純粋な心。魔力量といい、透き通った魔力の質に、その上見ず知らずの人族に救いの手を差し伸べるリタ様。まるで伝承にある女神へハーデスそのものではございませんか」
目をキラキラさせてリタを語るイルの賛美は止まる事を知らない。
「分かった、分かった!で、お前はなんだ?一発で成功させるなんて意味がわからない。さしずめ女神リタの魔力を分けられた使徒ってか?」
「そんな、恐れ多い!私はリタ様から命を頂いた身。その上、使徒だなんて、うわあー!」
イルが体に似合わずモジモジし、両手で顔を覆い悶え始めたので、レイズはそれ以上言及することを諦めた。このまま話を続ければ惚気始めるに違いない。
魔力が勿体無い気もしたが、さっさと自分の魔力袋の口を大きく開けた。死者を急いで詰め込み、イルを置いて馬車に乗り込んだ。
「おーい!イル!早く来いよ!」
ジルクが痺れを切らして馬車の御者席から叫んだ。
「ハッ!す、す、す、すみません!」
こうして1週間の間、道中は魔獣に襲われることも特になく、平和に馬車は進み、次の目的地に辿り着いたのだった。




