ロバート
ロバートがジルクの肩を借りながらおぼつかない足取りで店の扉に向かい、鍵でドアを開けた。最初はカーテンの間から見える内装にばかり目がいっていたせいで気がつかなかったが、ガラス張りの外装も所々ヒビが入り、一部割れている所もあった。
「足元に気を付けてくれ。街の連中にやられてしまってね。もう片付けをする気力もないんだ。適当に衣類も横に避けてくれりゃあいい。そこらへんの椅子を使ってくれ」
室内で暴れられたのか、ガラス棚が破壊されたようで床にはガラスの破片も散らばっている。部屋の隅に倒れていたテーブルをジルクがよいっと起こし、店のど真ん中に置き直した。リタは椅子の脚を衣類の山の中から発見し、イルに手伝ってもらい、引っ張り出した。それをレイズがテーブル付近に並べて行く。
ロバートは自分とマリーが座る用として、カウンターからスツールを2つ持ってくると、そこに腰掛け、腕をドスンと力なくテーブルに置いた。ちゃっかりロバートの隣にマリーは既に座っている。
全員が席についたのを確認して、ジルクは事のあらましをロバートに説明した。
「……というわけで、ある調査をするためにこの街に来たんだ。そこでマリーちゃんが近所の子ども達に言い掛かりをつけられていたのを発見して、保護させてもらった。報告書にもあったが、その衣類がこちらの案件と重なる部分がある。調べさせて貰えないか?」
「なるほど、そういう経緯があってここに来たのか……調べるのは構わないが、衣類をどうする?床に散らばってはいるが、一応それらは商品だからうちの今ある唯一の資産でもあるんだよ」
「お父さん!そんなこと言って大丈夫なの?王族命令でしょ……歯向かったと思われたらまたいじめられちゃうよ!」
また泣きそうになりながらマリーがロバートを嗜めようとするものの、ロバートがマリーの目の前に手を置き、マリーがこれ以上抗議の声を上げるのを制した。
王族命令の調査だろうとただでは渡せないとロバートが渋るのも当然だ。生活はかなり困窮しているように見える。この街で売れないからと言って、他で捌けないこともない。ジルクもロバートの言うことは最もだと思い、悩んだ末に、ロバートに提案した。
「こっちも無限に調査費用があるわけじゃないんだが……分かった、出来るだけ買い取ろう。でも条件がある」
「買って貰えるならこっちは言うことない。なんだ、条件とやらも言ってみろ」
「この街から離れることだ」
「なんだと?!この家があるからなんとかまだ生きているんだ!そんな条件飲めるか!」
ロバートは話にならないとばかりに首を横に振った。
「このままでいいのかよ!マリーちゃんを見ろよ!ボロ切れを着て、近所の子ども寄ってたかっていじめられて……!環境を変える必要があるのは明らかだろう!おっさんには見えないのか、この有り様が!」
ジルクは怒鳴り声を上げて、机に拳を打ち付けた。
だがそれに怯むロバートではない。
「子どもがいないお前には分からないだろうな!妻を亡くし、仕事も失い、妻との思い出が詰まった家を捨てることが俺にとってどれだけのことなのか!子どものいじめなんてすぐ飽きて終わるさ!ほっときゃいいんだ!」
「バカやろう!!」
「ジルク!ダメ!」
ロバートの胸ぐらを掴み、危うく手を出しかけたジルクの腕を掴む。
ジルクはリタに掴まれた腕を震わせ、振り解きそうになったものの、なんとか押し留め、殴るのは諦めた。ロバートの胸ぐらを掴んだ手もパッと離す。
余計にしわくちゃになってしまったシャツを整えるように、手でジルクが掴んだ場所を整えた。
「お前には一瞬のことかもしれないが、子どもにとっては今起こってることが全てなんだよ!母親がいないなら、この子にはもうお前しか残っていないだろうが!しっかりしろよ!」
「そんなこたあ分かってるんだよ!だが妻も仕事も無くしてこれ以上俺にどうしろっていうんだ!もう限界なんだよ!」
「奥さんが居なくなった上に仕事まで失くしたら、そりゃ自暴自棄にもなるだろうさ。だけど自分の子どもがいじめられているのを知っても、ここを離れるという選択肢が端からないお前は過去の思い出に縋り付いてるだけで、今が見えていない」
「他人のお前はなんとでも言えるさ、戯言だな」
はんっとジルクを嘲笑う。
「そんな奴の服を騎士団が買い取ったところで、どうせその金を元手に立て直そうとかも思わないんだろうな」
そんなロバートに対してここぞとばかりに嫌味を言う。
「クソガキが!そんな簡単なことじゃねえだろ!ここを離れたら解決するなんて誰がその後の生活を保証してくれる!それに子どもを抱えてどこが雇ってくれるって言うんだ!雇って貰えたところで新しい街で住む場所はどうする?家賃だってかかる!家がある方がまだ寝るところがあるだけマシだろうが!」
「だからマリーちゃんが虐められていても放ったらかしか?体が辛いのも分かる。だが妻が倒れたり、店が荒らされたりされる前に街を出る選択肢だってあっただろう!色々理由をつけて、ただ家を捨てられないだけだ。お前は家だの思い出だの言って現実から目を背けてるだけだ。だが、マリーちゃんを見ろよ」
ジルクは目線をマリーに移動させ、悲しそうな顔をする。
「このままでいいのかよ。よく考えろ、おっさん……」
しかし、ロバートは怒りでジルクの言うことにはもう聞く耳をもとうとしない。
「ロバート」
レイズはイライラしつつも、出来るだけそれが伝わらないように気をつけながら言葉を選んで話した。
「ロバート、どうせ仕事も人望も、他に支えてくれる人もいない。あるのはマリーと家と、僅かな資産だけだ。どうせ場所を変えたところで今以上に悪くはならない」
「そうだろうな」
投げやりにロバートは相槌を打つ。
「ここにいた所で、また以前のように商売を始められると思うか?また昔と同じように近所の人が接してくれると思うか?」
「さあ、どうだろうな。時間はかかるんじゃないか」
もう、どうでも良いと言うように、気怠げにロバートは答える。
「おかしいとは思わないか?」
レイズが突然疑問を投げかけた。
何がだ、と口にはせず顔だけで訝しげな表情をロバートは作った。
「ジルク、こう言った報告は他の町でもあるのか?」
「調べないと分からないな。この街は比較的王宮に近いからってのもあるし、たまたま報告書も発見したって所なんだ。もしかしたら似たような事例は他にも転がってるかもしれない」
「ロバート、分かるか?」
ジルクは再度ロバートに疑問を投げかけた。
「どういうことだ。つまりこれは仕組まれた事だって言いたいのか?」
危なっかしげな目をギョロリとジルクに向け睨み付ける。
「俺はそう思う。お前の店は大きすぎず、小さすぎもしない。街の規模も大きくないから事が大きくなりすぎることもなさそうだ。実際、ジルクもたまたま報告書を発見しただけのようだし、俺達が追ってる案件との関連性も最初は気がつかなかったからずっと見過ごされてきた。誰かが何かを試すには都合が良かったと思えてこないか?」
「どういうことだ!お前達は何を追ってる?」
「それは言えない」
レイズは口をつぐんだ。
「答えろよ!なんで俺の家族が犠牲にならなきゃいけなかったんだ!誰だ、この状況を仕組んだ奴は!ぶっ殺す!」
大声で叫ぶものの、ロバートは勢いよく咳込んだ。
「お父さん!」
ゲホゲホと苦しそうに喘ぐロバートの背中にマリーは手を回した。
「もう、体も動かねえ。妻と同じ症状がで始めてる。俺ももう長くない。せめて家だけでもマリーに残してやりたい」
ポロッと本音がようやく出た弱々しいロバートを見て、リタはフッと思いついた事を聞いてみることにした。
「ねえ、ロバートさん、もしかしてなんだけど」
「なんだ?」
「お店の商品、今着てる?」
ハッとした一同は全員ロバートの服を見つめた。
「ああ、最初は商品だし手を付けなかったんだが、妻が倒れてから制服として使っていた服が破れてな。新しく制服を発注する金が惜しかったから仕方がなく店にあった服を着たんだ。それがどうかしたか?」
リタはジルクとレイズの目を見ると、間違いない、と目線で伝えた。ジルクとレイズもリタが言わんとする事を理解した。イルはリタのやりたい事を察して口を開いた。
「ロバート様、上のシャツをお脱ぎ下さい」
「はあ?身包み全部剥がそうってか?ここに散らばってる服は売るが、これは勘弁してくれよ!まだそれに条件を飲んだわけじゃない!」
「では、今から目の当たりにする事を見て、納得されたら条件を飲みますか?」
「急に言われても、何を見せられるのかわからない以上、うんとは言えねえな」
なんとも強情な親父である。もうどうせ俺は死ぬんだという思考が透けて見える。
「では、今から元凶を炙り出します。その元凶が判明したら、どの道あなたが出来ることは街を去ることだけです。街の人々に既に渡ってしまった服を回収するのは難しいでしょう。衣服の劣化ですでに元凶の効果もなくなっているかもしれない。元凶が分かったら、あなたに残された選択肢はここを去り、騎士団に入団する事だけです」
「あ!そうだよ!騎士団はいつだって人手不足だ!寮だってあるからマリーちゃんも一緒に住めるぜ!あー思いつかなかったー」
「バカだからな。俺はなんでそれを言わないんだろうとずっと疑問に思っていた」
ふんっとジルクを馬鹿にした言い方でレイズは言い放った。
「バカとはなんだ!俺が紹介状を書けば入団も少しは有利になるだろうな!王宮騎士団とまではいかずとも、騎士団に入団するだけなそう難しくない」
「こんな体で雇われるわけねえだろ。健康な時だったならまだしも……」
痩せ細った腕をさすり、ロバートは咳込む。
「紹介状に一連の被害者だとしといてやるから、それまでに体調を少しでも整えれば十分だ。騎士団も戦うだけじゃない。仕事は色々ある。それこそ服飾系の部署につけばいいんだよ」
「そういうことです。元凶が判明したら、あなたはこの街を去る。いいですね?」
少し冷静になって、流石にただ事じゃない何かが起きているのを察したロバートは、ようやく頷いた。




