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マリー

「ここがそのお店?」


「うん、報告書通りなら」


4人は服飾店の前に来ている。ジルクが報告書通りなら、と言ったのには理由がある。

その店はどう見ても空き家で、鍵は閉まっているが、微かに開いたカーテンから覗く店内は荒らされており、もはや店として成り立っていないからだ。


周りのお店もチラホラ開いてはいるが、しまっているお店が目立つ。


「この街は元からこうだったの?」


「いや、そんなことはないはずなんだが……」

何か少しでも情報を得られないかと、キョロキョロとジルクは辺りを見渡していると子ども達が集まっているのが見えた。


「子どもがいるな。ちょっと様子を見に行ってみようか」


近づいてみると、どうやら1人を囲んで子ども達が騒いでいるようだ。


「お前の店は不良品ばっかだな!」


「そうだそうだ!お前のせいだ!」


「うちの父ちゃんの店が潰れたのもお前達がなんかしたんだろ!」


あまり良くない言葉が聞こえる。ジルクはその中に飛び込むようにして割り込んだ。


「こらこら、理由は知らないけど1人に寄ってたかって苛めるなんてしちゃダメだろう!」


「うわあ!大人が来た!」


「逃げろ!」


「待てよ!話を……!って行っちゃったよ。逃げ足早えなあ。ほら、大丈夫か?」


薄汚いボロ切れを身に纏った子どもにジルクが声をかける。しかし怯えて声が出せないようだ。体も強張り、目には涙を浮かべ震えている。唇を強く噛みしめ涙を堪えている。


「あれ?あなた、もしかして昨日の……?」


ハッとリタの声で顔を上げ、リタを確認すると、その子の目から堪えていた涙がボロボロ溢れ落ちた。


「お父さんは悪くないもん!お父さんが悪いことするわけないもん!」


「え?え?」


リタが戸惑っていると、今度は大声で泣き出してしまった。


「うわあああああん!!!!!」


「ちょ!ここで泣かれたらオレがなんかしたみたいじゃん!」


その声で焦ったジルクは女の子の頭を撫でて宥めようと試みたが、余計に泣かせてしまっただけで効果はなかった。


なんとかリタが代わりに宥め、近くにあった傭兵がいる派出所に場所を移した。突然現れた王宮騎士団所属の分隊長に戸惑いを見せつつも、事情を話して小さな部屋を貸してもらった。




「落ち着いたか?」


レイズが女の子に話しかけると、怯えた声を上げた。


「ふえっ……!」


「レイズ、この子大人の男性が苦手みたい。私が話を聞くわ。ね?もう大丈夫。ここにはあなたをいじめる人は誰もいないわ。皆心配なだけなの。ね?」


女の子に言い聞かせるようにしてリタは優しく話しかける。

リタの声にコクリと頷き返した所をみると、女の子はどうやら少し落ち着いたようだ。


「私はお茶を用意して参りますね」


「ありがとう、イル。お願いするわ」


イルが退出すると、リタは再び女の子に話しかけた。


「お名前は何ていうのかな?今いくつ?」


「マリーだよ。今6歳」


前回謝られた時が舌足らずだったので、4、5歳かと思ったら6歳だったのか!と驚いたが、それは口にせず、自己紹介できて偉いねと褒めた。発育状態があまり良くないのかもしれない。


「お話聞かせてくれる?さっきは何でいじめられていたのかな?怪我はなあい?」


怯えさせないよう出来るだけ優しい口調を心がける。


女の子は舌足らずな口調で一生懸命話し出した。


「マリーのお店の服が悪いって皆が言うの!お父さんが悪いことしたって皆マリーを怒ってくるの!」


しかしこの説明では何が起こったのか、よく分からない。根気よく話を聞く必要がありそうだ。


コンコンコン


その時、ノックの後にイルがお茶を持って部屋に戻って来た。


「お茶をお持ちいたしました」


イルがその場にいる全員にお茶を配るとリタに話しかけた。


「とりあえず、この子のお父さんかお母さんを呼ぶのがよろしいかと」


リタがこれ以上話をどう聞き出そうかと悩んでいたのを察しての発言だ。


流石イル、よく私の事を分かっている、とリタは感心しながらもマリーに再度話しかけた。


「お父さんとお母さんは今どこにいるのかな?お家はどこか言える?」


「お母さんは病気で死んじゃったからいないの。お父さんだけなの。でもお父さんも病気なの。皆ね、お父さんが病気を広めたから罰が当たって死ぬんだって言ってた!お父さん死なないよ!お父さん、お父さん……うわーん!」


これは取り付く島も無いと判断して、ジルクは席を立った。


「ここの傭兵にマリーのこと聞いてみるわ。何かわかったら戻ってくるからそれまで喋っててくれる?」


「俺も一緒に行こう」


話しかけるだけで怯える子なのであれば、レイズの存在も余計かと気を回して、レイズはジルクと部屋を退出した。


「うん、わかった」


簡単な返事をリタはジルクに返し、マリーに向き合った。


「マリーちゃん、悲しいことを聞いてごめんね。もう少しだけお姉ちゃんと話していようか?」


泣きじゃくるマリーの話を親身に聞いて、ようやく分かったのは、服飾店を両親が営んでいたこと。日に日に怒鳴り込んでくる客が増えたこと。母親は恐らく心労が祟って倒れ、病に罹り亡くなったこと。次第にお店の売上が落ちて食べ物に困った父親は店を畳んで別の仕事に就こうとしたが上手くいかなかったようだということ。そして父親も母親と同じよう倒れてしまって、家で寝込んでいるということだった。


「大変だったね……」


それ以上何を言うのが正しいのか分からなかったリタは、無言になって目を伏せてしまった。


沈黙した空気の流れる中、女の子がしゃくり上げる声だけが部屋に響いている。

そんな時にジルクが部屋に戻って来た。


「リタちゃん、分かったよ」


「どう?何かわかった?」


「その子、オレ達が行こうとしてた店の女の子だ。報告書を上げてきた傭兵に今話を聞いてきた。この子の家も分かった。お父さんは寝込んでいるらしいから傭兵に書物伝令をお父さんに送ってもらったら、オレ達でこの子を家に送り届けよう」


「良かった、お家が分かったのね。じゃあ一緒にお家に帰ろうか!歩けるかな?」


「うん……」


目を真っ赤にしてマリーは頷いた。リタはマリーの背中をさすりながら、マリーを席から立たせると、リタ達は女の子の家に向かった。



「ここだな」


ジルクは半壊しかけている家の前に立つと到着を告げた。


「お店のちょうど裏なのね」


「うん!ここがマリーのお家だよ!」


「傭兵から連絡は行っている筈だから、訪ねてみよう」


音伝令はなく、物理的にドアをノックする。


コンコンコン


暫く返事を待ってみたが、誰も答える気配が感じられない。


「マリーちゃん、先に入ってくれる?」


「わかった!お父さんー!マリーだよー!ただいま!」


ドアをマリーが開けると、玄関には男性用の靴がポツンと置いてあるだけで、非常に質素な室内が見えた。マリーに続いて廊下を進むものの、居間にはテーブルと椅子が2つ置いてあるだけで、その他装飾品は何もなかった。


「マリーちゃんのお父さん、寝てるのかな?」


リタがマリーに尋ねると、うーんと考え込んでしまった。マリーはどうしたらいいのか分からないようで困った顔をしている。まだ6歳だ、仕方がないだろう。


失礼だとは分かっていたが、事情を聞く必要もあるので、寝室と思われる部屋にマリーに案内してもらい、扉をノックした。


「マリーちゃんのお父さん?いらっしゃいますか?」


何度かしつこくノックを続けると、衣擦れの音が聞こえてきた。今起きたのだろうか?


「マリーちゃんのお父さん、ちょっとお話があります」


リタがそこまで言うと、ジルクが交代を買って出た。リタに手振りで下がるようにと伝えてきたので、黙ってジルクの後ろに下がると、今度はレイズに後方へ移動させられ、次はイルの背後に追いやられた。皆の背が高すぎてリタにはもはや前が見えない。

ちょうどマリーもいたので2人で並んで大人しく様子を窺うことにした。


「ロバートさん?マリーちゃんの件でお話があります。騎士団のジルクと申します。開けますよ」


「ああ……待ってくれ。……今開ける」


良かった、起きてくれた、と皆でホッと胸を撫で下ろす。


「すまない、待たせたね……今体調が悪いんだ。家まで入り込んで来て、何事だ?」


部屋から出てきたロバートはしわくちゃになったシャツと薄汚れた綿パンを履いていた。髪はボサボサで顔もやつれている。頭を撫でて髪を直す仕草で腕が見えたが、そちらも骨と皮だ。以前はきっと人望も貫禄もあっただろうことは口調や顔つきから窺えるが、痩けた頬が覇気を失わせている。


「マリーちゃんが近所の子ども達に言いがかりをつけられていたのを通りすがりに見つけたので、保護しました」


「なんだって?!ゲホゲホゲホッ!マリーは!マリーは大丈夫か!ゲホゲホッ!」


「お父さん!マリーはここにいるよ!」


父親の声が聞こえたのが嬉しかったのか、イルの後ろでぴょんぴょん飛び跳ねて、父親のロバートに走り寄った。


「良かった、マリー!何があったんだ?」


不安そうにマリーに怪我がないか確かめている。


「そのことについては、私からお話いたしましょう。よろしいでしょうか?」


ジルクがロバートに伺いを立てると、情けない、と言いたげなばつが悪そうな顔をした。


「悪いがこの家にはまるで物がないんだ。荒れてはいるが、店の方に椅子がいくつかあるから店に行こう」


そういうと扉を離れ、ベッドの側にあるサイドテーブルまでよろよろ歩いて行くと、引き出しを開け、鍵を取り出した。きっとそれが店の鍵なのだろう。


扉まで鍵を持って戻ってきた今にも倒れそうなロバートにジルクが肩を貸し、その状態で店へと向かった。


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