小さな炎
「もうすぐアメリゴ都市を抜ける!そしたら次の公爵領土に入るな。公爵家の屋敷がある大きな街まで今日は行けないから、小さな街に泊まる予定だ。ちょうどその街で気になる情報を仕入れたから、そこに数日だけ滞在したいな」
「ふーん、どんな情報なの?」
「一般の服飾店なんだけど、クレームが多いらしい。そこで普段着を買った騎士団の一人が丁度店員と客が揉めていたのを仲裁して、それが報告で上がってきて発覚したんだ」
「でもそれだけで調査しよう、ってなる?」
「ただの日報だから最初は見過ごされてたんだよ。でも同様の報告が長期に渡って定期的にあることに気がついたんだ。対応した騎士だって、事件との関連があると思って報告していないから、こうして調査に乗り出すまで、結構時間が経ってる。こっちも人手不足だから全然気が回らなかったんだ」
「クレームってどんなクレームなの?」
「買った後で商品が気に入らないとかの返品が相次いだり、そこで買った服を着ていると良く事故に遭うとか。ちょっと怪しいだろう?」
買う段階で商品を見ているはずなのに、気に入らないってどういうことなんだろう?確かに怪しいと思えば怪しいのかもしれない。
「騎士団だけじゃなくて一般の人にまで被害が及び出したの?それは尋常じゃないわ」
本当にそこで買った服を着ていると事故が起きやすいというなら、一般人までも危ない。王宮の人手不足を誘った後に、手薄になった所で一般にまで被害を広げる。やり方が計画的じみている。
「そこで話を直接店員から聞くだけだから、そんなに時間は取るつもりはないんだけど、なにか少しでも事件に繋がる情報があればと思ってな」
「魔族の女性と獣人族の少女に原因の針を売ったってお婆さん言ってたよね。」
「売ったのは5歴以上前だって言ってたからなあ。今はどうなってることやら。」
分からないことが多すぎて、考えても今は仕方がない。リタがうーん、と唸っていると、後ろの布が捲られた。
「ジルク様、リタ様、交代いたします」声をかけてきたのはイルだ。
「執事さんってリタちゃんと雰囲気が似てるよね。パッと見、親族かと思うぐらい」
ジルクの突然の発言にあわあわ慌ててどう納得させようかと困り顔のリタに安心させるようにイルは微笑んだ。
「私は主人がどこにいてもお守り出来る様に、同調することが出来るのですよ。そのためには指輪を捧げる必要があるのですが、リタ様が受け取って下さったので可能になりました。なにせ、執事ですから」
イルはそう言って、リタの目には胡散臭く見えるほどキラキラした笑顔をジルクに向ける。
その説明で納得できたのか、ピクッと頬を引きつらせながら、
「だからリタちゃん指輪してたんだ!てっきりレイズから……」と言った後でごにょごにょ言葉を濁した。すると誤魔化すように、
「超有能執事じゃん!」とかいってジルクは感動していたので、まあいいか、とリタは脂汗をかきながら黙って口をつぐんだ。流石にジルクだろうとイルの事を伝えても良いのか悩む。
「朝早くから迎えに来て下さったので、お疲れでしょうから中でお休み下さい。休憩場所に着いたらお声がけいたします。リタ様もどうぞ、中へお入り下さい」
再度イルは交代を促した。うーん、と少し考える素振りをしたジルクは結局交代をすることにした。
「分かった、言葉に甘えさせてもらうよ!ありがとう、執・事・さ・ん!」
何やら含みのある言い方な気がしたが、ジルクが先に中へと言うのでリタはイルと入れ替わりで馬車の中に戻った。イルが御者席の隣へ移ると、ジルクが少しトゲのある言い方でイルを牽制した。
「同調してまでリタちゃんを守りたいだなんて、まさに執事の鑑だな。それだけリタちゃんを守ろうとしてくれてるのは正直頼もしいけど、でも、指輪を捧げる必要って本当にあったのか?」
ジルクはイルに手綱を渡すタイミングで、リタには聞こえないよう小声でそれを伝えると、挑戦的な顔をイルに見せた。
「……なんとでもお好きなように解釈して下さって結構ですよ。何と言われようと、私が捧げた指輪の意味を知った後でもなお、大事に指輪をはめて下さっていますからねえ。騎・士・様も、お疲れ様です」
手綱をジルクから奪い取るようにサッと受け取ると、御者からジルクを押し除け、ストンと座ってツーンと顔を前に向けた。
「ぐぬぬぬ……!騎士である前にオレはジルクだ!覚えておけよ!」
「私も、執事である前に、リタ様をお守りする者でありたいと思っております。脳筋のあなたはもう私が自己紹介をしたことをお忘れでしょうが、私の名はイルと言うのですよ。ああ、この愛称もリタ様がつけて下さいましてね」
愛称だけでなく、イルターティーの名前さえもリタが名付けたのは黙っておく。それでも十分ジルクには効いたようで、悔しそうな顔を見せた。
「チッ!じゃあ次の休憩場所に着いたら声をかけてくれよ、イル!」
「ええ、ジルク様もごゆっくりお休み下さいませ」
小さな炎が互いの胸の中で燃え上がった瞬間だった。




