部屋に入ってこないでください!
「変態さ〜ん……頼むよ〜……勘弁してくれよ〜〜異世界に来てまで猥褻物陳列罪で捕まりたくないよ〜……」
リタの情けない声が漏れた。
「そんなまさか!誰かがこの部屋に侵入したというのか!」
バン!
勢い良く開いた扉からは焦った様子のアイザックが現れた。しかしリタは扉が開くのを止めようと扉に駆け寄った所だった。
なぜ止めるのかって?だって……
「きゃー!出て行ってー!キャー!あー!!やっぱり戻ってきてー!!服がなくなっちゃったのおー!タオル掛けにかけたはずの服が消えちゃったのー!!服をくださあい……あと靴も。」
精神年齢まで退行したのか、顔を真っ赤にして年甲斐もなく震え声で叫んだが最後は蚊の鳴くような声になった。
タオル姿で体を少しでも見せまいと縮こめた様子に、目が点になったアイザックがポカンと口を開けて凝視している。
「だーかーらー!みないでー!」
リタは力の限り叫び倒した。
「うわあ!すみません!」
動揺から敬語になってはいるが、顔を背けずにいるアイザックに痺れを切らし、お風呂場へと逃げ込んだ。
しかし、アイザックは目を背けなかったのではない。目を背けられなかったのである。
こうも妖精族が美しいものかと、心奪われ、目を背ける気がなくなってしまったのだ。
綺麗だと、口から溢れそうになったが、なんとか思い留まった。それを口にしてしまったら最後。リタは二度とアイザックを近づけようとしないかもしれない。
女性経験は多少なりともあるが、妖精族の体がこれほど露わになったところを見たことがなかった。
ギルド長に就任してから数十年。異世界人がリタ以外に落ちてきて対応したこともあったが、妖精族はリタが初めてだったのも理由の一つだろう。
申し訳程度に隠された胸元は白く、体に浮かんだ汗は甘い香りがする気がした。
リタの白く柔らかそうな太腿や、華奢な腕が目に焼き付いて払えない。
アイザックはリタの体に釘付けになりかけた意識を現実になんとか浮上させた。
リタは出て行ってとは言ったものの、部屋を出て行かれると困るのはリタである。顔だけをヒョイっと覗かせると、アイザックの様子を窺う。
「あの……アイザックさん?」
リタの声でハッとしたアイザックはまたもやリタのふわふわした髪に目を奪われそうになるも、理性で燻る欲望を落ち着かせた。
あの髪に顔を疼くめたらどんな顔をするのだろう。先程の鈴のような透き通った声で夜は……まずいまずい、また脳内がピンクに浸食されかかっている。
今日は娼館に行こう、そうしよう、なんて心に付箋を貼っている様子など露程も見せず、
「どうしました?」と爽やかに声をかけた。敬語になっているのは実はまだ動揺しているからだ。
アイザックの脳内がピンクになりかかっていることなど知る由もないリタは再度懇願した。
「お願いします。何か着る物を……」
着なくても良いのに、と言いたくなるのをグッと堪えた。しばらくこのままでもアイザックには何の問題もない。むしろ役得……というのは少しリタがかわいそうなので、仕方がなく教えることにした。
でも服の事を教えてあげる前に、この姿のまま羽を出させよう、と悪戯心が浮かんだ。
もうちょっと半裸を見ていたいだなんて決して思っていない。今夜の娼館は色白の子を、なんてことも断じて考えていない。
インテリ眼鏡の下はとんだドスケベである。
「リタさん。落ち着いて聞いて。あの服はね、君の魔力なんだ。」
「え?あの服が魔力?どういうこと?」
「君が転移してきた時、元の服は恐らく時空間で消滅している。この世界に落ちてきた時困らないように自動的に君の魔力を使って再構築される、という原理ではないかと考えられている。
でも、それとは関係なく、魔力を持つ者は皆、自分の最低限の服や靴は魔力で編み出せるんだ。極々シンプルなものだけどね。」
アイザックの説明はなおも続く。
「きっと、お風呂に入った時に服を脱いで、上がったらなかったんだよね?」
「そうなんです!そうなんです!私の魔力で出来ているならなぜ消えてしまったの……私、魔力がなくなっちゃったの?」
リタは最悪な想像に身を震わせ、魔力のない今後の生活を思い浮かべて青くなった。
「いや、多分『衣服があることに困ったな』ってどこかのタイミングで思ったんじゃない?」
うーん、と首を傾げて記憶を遡る。
確かに置くとこがなくて困ったな、と思たが、タオル掛けにタオルと一緒にかける事で解決したはずだった。
「あ、思うことありました……」それが原因か。でもなぜ?
「魔力の使い慣れていない者が、それが存在することに『困った』と考えたのなら、その意思が反映されるのは当然のことだよ。」
「あ、じゃあ服欲しいです!ください!どんな服でもいいです!ください!」
魔力保持者の意思に応じて現れるのなら、きっと願えば出てくるはず!私ってばあったまいー♪
お風呂場で一人両手を合わせ、神に祈る格好を取り、目を瞑って一生懸命自分の魔力にお願いをしたが、その献身的な祈りは聞き届けられることはなかった。
アイザックからは半開きになった扉からリタの全身が少しだけ見える。
「あれ〜?出てこないな〜?なんで〜?消えるのは早かったくせにー!」
もう私には無理だ。よく考えたら、魔法って何だよ。意味わかんないよ。科学が発達した地球には概念はあれど、そんな物実在していなかったのだから、そう簡単に使えるものではないのだろう。
その様子を見てクスクスと笑うアイザックに上目遣いで本日何回目かのお願い事を申し出る。
「服をください……。」
もう堪えられない、とばかりにアイザックは勢い良く吹き出した。
「あっはっはっはっは!!!リタさん可愛すぎ!!!
あっはっはっはっは!!!!
おっかしいねえーリタさん!!はあーもうだめ。笑いがっ……」
お腹を押さえて爆笑するアイザック。
ジト目でお風呂場に立て篭る緑の女。
もう収拾がつかないところまで来ている。
ひとしきり笑って満足したアイザックはヒィヒィ言いながらリタを手招きした。
「リタさん、とりあえず恥ずかしいかもしれないけどそこから出ておいで。なんとかしてあげる。」
「え、アイザックさんがなんとかできるんですか?早く言って下さいよ。もう、良かったー。」
リタは安堵した表情でタオル一枚であるにも関わらず、堂々とお風呂場から出てきた。
「さあ、好きにして下さい!あ、でも痛いのはちょっと……」
リタは両手をアイザックに向かって広げ、目を瞑った。
「ぶっ!!!!!!」無自覚か、この子は!ピンクな妄想が今日は大活躍だ。
「ん?」薄目を開けかけたリタに間髪を入れずに伝える。
「大丈夫、なんでもないよ。じゃあ服よりも簡単な羽から先に出そう。その後に服と靴でいいね?」
しっかりとアイザックの思惑通りだ。
「よろしくお願いいたします!」
リタが力んで少し飛び跳ねたことで動いたタオルの隙間から、チラッと太腿が見えたのをアイザックは見逃さなかった。