イルの出自
「イルのことでいいじゃない!イルの事ではないけど、同じ症例が医学書にも載ってたよ。貴族でもたまに魔力を持たない者が生まれるって。原理が解明されていないから持たないって記載があるけど多分違うよね。イルにやってわかったけど、厳密には持ってはいるが、循環する回路が乏しい、だよね。それもこの症例は公爵家の令嬢だって。上手く公爵家に取り入ればいけそうな気がしない?」
「そんなうまくいくかなあ?警戒されそうだぞ。」
「それはされるわよ。だって相手はあの五大公爵家の一つ、イェール公爵家だよ。」
「よりにもよってあの家か……これは難題だ。」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、クロリア地はイェール公爵家の管理するトーリオ州にある地だ。
「しかも私の血筋でございますね。」
「ええ?!イル公爵家だったの?!」
「ええ、存在を秘匿されておりましたので、登録はされていても公にされてはおりませんでしたが。苗字を名乗ることも家からは許されず、いないも同然でしたので。」
「そうだったの……」
「まずは公爵家に根回ししてからの方がいいのか、何も知らないフリをして、王族に論文を送りつけるのがいいのか迷うところだな。」
「私がその名を口で発することは叶いませんが、この名を記載してイェール公爵家に一度アプローチしてみてはいかがでしょうか?」
胸元から取り出したメモ帳にサラサラと指先の魔力でも文字が書かれた。読んでみると、コンシールとあったが、すぐに魔力の文字は消え去り、なくなった。
「コンシール?それが以前の名前だったの?」
それにはコクリと頷きだけを返す。
「魔法が使えなかったことは公爵家に記録としては残っているはずです。幸い姿絵の一つもない私ですから、今こうして意思を持って動いていることはバレませんし、適当に、魔法を行使後消滅し、浄化したとでもしておくといいでしょう。」
「書き方が難しいな。どこまでこちらの手の内を開示していいものか……」
「例えば、死者を介して魔力譲渡を行った結果、魔法を行使させることに成功した、とシンプルに記載するのはいかがでしょうか?今の段階では死者にのみ有効だったとしておけばネクロマンサーの力と勝手に思い込んでもらえるでしょう。」
「そうね、情報与えすぎるのも考えものだわ。嘘は書かずに、事実だけど少ない情報にするのが無難そうね。」
「あとはそうですね、勝手に私の体を使ったことに対する詫び状とでもしておけば、必ず釣り針にかかるはずでず。針だけに。」
「俺は嫌いじゃないぞ、お前のそういうところ。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「イルは今言った症例にある、ご令嬢のこと知ってる?」
「私は三男でしたので、恐らく私の兄で長男だったマクラーレンの数代後の子ではないかと。私やその子だけなく、他の公爵家や貴族でも魔力がないとされている子はいくらでもいたでしょうに、魔力を持たない者はそもそも存在が秘匿されがちなので症例も少ないでしょうね。公爵家であればそのような存在は絶対に隠し通すはずですが、公になってしまったのには何か理由がありそうな気がしますので、警戒しておいた方がいいでしょう。」
「じゃあ、俺はイェール公爵家に手紙を書いてみる。研究のためにリタが獣人族へ挨拶に行く時、同行したい、としよう。埋葬業を学べるよう王族から獣人族にも取り計らってほしいとでも言ってみればそれらしく聞こえるんじゃないか?」
「いいと思う!ネクロマンサー業に疑問があるのも事実だし、完璧じゃないかな!」
こうしてレイズは論文に取り掛かった。イルも助手のように資料や文献の整理を行って、各自が忙しく動き回った。
2人が論文で忙しく執務をこなしている間、リタは死者を霊魂へ次々と浄化していった。
魔力譲渡が完成してから1ヶ月、リタが2000体の死者を浄化した頃、レイズの論文が出来上がった。
「完成したの?」
「ああ、できた。これをイェール公爵家に送付するんだが、その前に、複写しておいてくれないか?」
レイズが真っ白な紙と論文リタに手渡すと、手慣れた手つきでさっと複写を行った。
「ずいぶんと魔力操作にも慣れたようだな。」
「魔力の原理について理解が深まってから、詠唱せずにできることが増えてきたよ!はい、出来上がり。」
「ありがとう。王族側には論文を伏せて、研究したいから俺も同行させて欲しいということと、1ヶ月の休暇願いを出しておく。」
「それだけじゃあ、許可できないんじゃない?」
「詳細はイェール公爵家から聞いてくれとしておくさ。面倒な王族とのやり取りはぶん投げだ。公爵家と王族の調整が終わったら王族から返事をくれとしている。」
「良いと思いまーす!王族に書いた手紙の複写として公爵家にも論文と一緒に同封しておく?」
「それがいいな、今書くから待ってくれ。」
「ゆっくりでいいよー」
呑気な声で紅茶の入ったカップを手に取り、口に含んだ。
「リタ様、その……」
「ん?どうかした?」
「ほら書けたぞ。獣人族に伝えて欲しいことも王族宛に書いておいた。リタの同行者は3人。1人は俺の研究助手としといたからな。」
「……レイズ様!」
「なんだ?お前も行くだろう?俺が雇ってるリタの執事なんだろ?」
「ありがとうございます!レイズ様のことを今ものすごく見直しました……!」
「どういうことだ、それは。俺は元から良い奴なんだよ。」
「あ、やっぱり撤回してもよろしいでしょうか?」
「なんだと!書き直してやっぱり2人だけにしてやろうか!」
「ザンネーン!もう複写しましたー!」
「チッ!仕方ないから連れて行ってやる!」
「ふふふ!レイズったら!思ってもないくせに!」
「お前のケーキも無しだな!」
「そんなあー!」
「リタ様、もう一つございます。」
「やったー!ふふふんっ!イルは私の執事だもんねー?」
「はい、私の身も心も全てリタさ」
「ゲフ!ゲフンゲフン!あーむせるわー!紅茶がむせるわー」
「見苦しいですよ、レイズ様。大体貴方はいつも、僕がリタ様に忠誠を誓うたびに……!」
「地がでてるぞ。ほらほら、執事の職務を全うしたまえ。お前の給金もなぜか俺が払うことになったんだからな。」
「ぐぬぬ……!失礼いたしました。リタ様、おかわりの紅茶はいかがですか?」
悔しそうな顔から一変してリタに蕩けそうな微笑みを浮かべる。
「別に良いさ。研究費用も領地運営費とは別で公爵家からせしめてやるから。そっから助手費を捻出するから気にするな。」
ヒラヒラと手を振って金なんぞどうでもいい、というかのような動きをした。
「レイズ様、良き手腕でございます。」
「そうだろう?あとは王族からの返事を待つだけだ。」
その時に丁度音伝令が屋敷に鳴り響いた。
「良い頃合いだな。フューネラルが今日の遺体を届けに来たようだ。さあ、今日はリタが浄化した死者を送り出すぞ。全員気合入れろよー。」
「はーい!」
「かしこまりました。」
「リタは霊魂の浄化を進めて、送り出せるようにしておいてくれ。その間遺体の処理をする。」
「え、霊魂になっているの2000体いるんだけど、まさか全部?」
「いや、王族から返事にも暫く時間がかかるだろう。前回騎士団に行ってからもう3ヶ月が経っているが、獣人族と王族の調整も含めてあと2ヶ月は猶予があるんじゃないか?逆算して浄化数を決めてくれ。」
「念には念をで猶予1ヶ月半ね!単純計算で1日40体の浄化と同時に送り出し!あれ?私だけハードモードじゃない?!」
「俺だって冥土扉を空けたり、他のネクロマンサーの領地に根回ししたり忙しくなるんだ。だが、ありがとう。お前がいてくれるお陰で俺もようやくこの地を一時期的だろうと離れられる。苦労をかけるな。」
「やだ、改まらないでよー!もう!そんなこと言われなくてもやるわよ!これでも結構楽しんでるんだからね!はい、じゃあみんな今日も一日頑張ろーう!」
はい、チョロい、とレイズがニヤリとしたのに気がついたのはこの場ではイルしかいない。
イルは呆れた顔をしながらも、いそいそとお茶の片付けをしたのだった。




