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イルはヤンデレ

『針よ、私の魔力を吸い上げ、糸で縁を結べ!』


リタとイルがやっていた時のように、スーッと光の球から一本の糸が飛び出て来た。


リタは糸に対して、今度はレイズに向かって行けと命じるように針をレイズに向ける。


『その糸は私に縁を授けるものとする。』レイズが恐る恐るリタの詠唱に続く。


白く発光する一本の糸が先程と同じように2人にぐるぐると巻きついた。


『魔力譲渡!』リタが叫ぶ。

『魔力ドレイン!』レイズも同時に詠唱した。


2人に糸が密着すると、パッと消え去った。


「……体調はどう?」


「なんともないな。それも譲渡量が少なすぎて流石にこれでは何もわからない。俺の全体量の1/50ぐらいにしよう。」


コクリとリタは頷くと、詠唱を開始した。レイズも同じように続く。


パッと2人に絡み付いた糸が消失したのを確認してから、リタは再度尋ねた。


「大丈夫?気持ち悪いとかない?頭痛は?流石に全体量の1/50だと、8割満タンだったら結構増えたよね?……レイズ?」


レイズはじっと目を閉じて集中しているようだ。


「リタを感じる。」


そりゃここにいますから、という顔をしたリタを横目に、イルが上下に頭を唸らしている。


「よろしゅうございますでしょう?リタ様の魔力は格別でして。レイズ様にお渡しされたのには少しばかりこのイルターティ、妬けて、」

「ちょっとイル、なんか言い方がイヤらしいからやめて!」


ふふふと妖艶に笑うイルだが、レイズはまだ目を瞑っている。


「なんともないな。」

ずっと目を閉じていたレイズがようやく目を開けた。


「一度、全体の魔力量を使って減らすか。イル、霊魂を送り出すから、10体ぐらい連れてきてくれ。リタは俺と祭壇の準備だ。」


「承知いたしました。」


「はーい。でもイルの言うことを霊魂が聞いてくれるかな?」


「それもそうだな。」


「イル、準備が整っている霊魂ってわかるの?」


「もちろんでございます。いまだに体は死者ではございますからね。同類のことは分かりますよ。死者に対して意思疎通は叶いませんが、リタ様の魔力を用いればお願い程度の言うことは聞かせられます。霊魂の声はそうでなくとも聞こえるので、補佐でしたら私にもある程度は可能かと。」


「そっか、頼もしいね!3人で一緒にネクロマンサー業頑張ろうね!」


「リタ様……なんとお可愛らしい……!もちろんでございます!このイルターティ必ずやリタ様のご期待にお応えできる」


「えっと、行くか?」


「うん。」


イルがまだ何か言っているようだったが、長くなりそうだったのでリタとレイズはそっとその場を離れ、祭壇の準備へ向かった。


・・・


『死者の王が冥土の門番に命ずる。開け、ヘハーデスゲート』!」


いつもは一体送るごとに安全を考慮して一本ずつ魔力回復薬で補充する。レイズは一体送るごとに3ー4割の魔力が削られる。扉を開ける際に魔力が奪われるのだ。魔力回復薬で一度に回復できる量は3割前後なので、もう一体送れない事もないが、一度送ったら安全を考慮して一本飲まなければならない。


冥土の扉を開けていられる時間も、扉から伸びてくる腕の数も一度に一体を送るのがレイズの限界だ。


また、もしレイズが死者とその死者から霊魂に変換し、その上霊魂の浄化もしたとしたら、100体が限度だ。かといってそれをしてしまったら冥土に送る余裕がなくなってしまうので、実質50体の浄化がレイズの限度となる。


それを1000体以上霊魂に変換でき、その上霊魂の浄化まで進められるリタの魔力量ははっきりいって化け物並みだ。大気から羽によって魔法の行使と補充が同時に可能であることも理由の一つではあるが、そもそも体を巡っている魔力量が桁違いなのである。


リタの魔力であれば、冥土に一度に送れる数も一体どころか、500体は余裕だろう。


「これで俺の魔力全体量が8割超あったのが3割に減った。この状態で一度魔力譲渡を行うぞ。いいか?」


「分かった、詠唱するよ。譲渡量はレイズの全体量をもう一度9割に持っていくぐらい。今から6割増やすよ。準備はいい?」


レイズが頷いたのを確認して、リタとレイズは詠唱した。


「レイズ?気分は大丈夫?」


手をグーパーして体に異変がないかレイズは確認している。


「不思議な感覚だ。俺の魔力じゃない魔力があるのは分かるのに、違和感がない。針を介して上手く適合しているとしか思えない。」


「ちょっと様子をみよう?」


普段なら霊魂が持ってくるが、今はイルがお茶の準備をしている。以前執事をやっていたというのは伊達ではなく、非常に優雅な動作でお茶の準備を整えてくれた。


レイズとリタは、イルが用意した紅茶と軽食を摘んでいる。レイズの体に異変が起きないか、注視しているところだ。


「ありがとう、イル。死者をこうして不死者にしてしまったのは自然の摂理に反するだろうけど、でもイルがこうしていてくれることが今回の自信に繋がっているのも事実だわ。イル、私の魔力に応えてくれてありがとう。ここにいてくれて、ありがとう。」


普段からもニコニコしているイルだが、愛おしい者を見るかのように目元を蕩かせ、リタを真剣にじっと見つめた。


「存在するだけで、そう言っていただけるとは光栄です。」


別人の記憶だと認識してはいても、リタの言葉はイルにとって救われるものだった。貴族でありながら魔力が使えず、家族には存在も隠されて生きてきた以前の自分。兄が2人上にいたが、2人にも家の恥だと言われ、与えられる物も粗末な物ばかり。


心の拠り所は、それでも自分と仲良くしてくれていた同い年で幼馴染みの貴族令嬢だった。イルが下を向いて近場の森に雑務をこなしに行く姿を見かけては、こっそり会いに来てくれて、世話を何かと焼いてくれた。


だが家庭教師によるイルの初等教育が完了してすぐに、イルの家庭における状況を憂いた母が、家からイルを遠ざけ、結局それ以来幼馴染みと会うことはなかった。


幸い貴族の子としての教育は受けていたので所作や振る舞いに問題はない。別の貴族の元で、魔力を必要としない執事の職を見つけてくれた母には感謝している。


家にいるよりは、不当な扱いを受けることもなく、虐げられることもなかった。イルは生きるために淡々と職務をこなした。


だがそんな日々も長くは続かなかった。執事として仕えていた貴族が王宮のパーティーに出席するとのことで、同行した。18歳の時のことだった。


馬車で待機していると、見覚えのある紋章を飾った馬車が目の前を通り過ぎた。

忘れるはずがない、あの子の家の馬車だ!


執事の職務についていたので、すっかり自分と同い年の子はデビュタントを迎える年齢であることを忘れていた。


懐かしくなり、駆け寄ろうとした時、もう一台後ろから馬車がやってきた。馬車が行ってから声をかけようと待っていたその時。


後ろからやってきた馬車は自分の兄、長男の乗っている馬車だった。


パートナーを長男に選んだのか、詳しいことは分からない。もし兄をパートナーに選んだのなら、なぜ同じ馬車でやってこなかったのかなども今となっては分からない。


だが、その兄がなにやら幼馴染に話かけたあと、俯いた幼馴染みが恐る恐る兄の手の甲に手を乗せ、エスコートを許した様子だけで当時のイルには十分だった。


イルに罵声を浴びせ、暴力を振るい、蔑むように笑った兄。その兄と、ウルッとした瞳で兄を見つめる幼馴染みを見て、そういう関係になったのかという状況だけで、イルの心は簡単に壊れた。


後のことはもう、うろ覚えだ。何をどうやって命を絶ったのかさえ、覚えていないが、あれがきっかけだったのは分かる。


だが、もうどうでもいい。あれはもはや今の僕のことではない。自分の以前の名前も、彼女の名前も、兄の名前も、もう消滅している。自分で名乗れない名前など、もう自分ではない。不思議と怒りや嫉妬なども全く湧いてこない。そういうことがあったんだ、へー、ぐらいにしか思わないのは、きっと魂が浄化されたからなのだろう。


それに、今の僕にはリタ様がいる。


僕に居場所をくれたリタ様。僕を浄化して癒してくれたリタ様。僕を過去の呪縛から解き放ってくれたリタ様。僕の存在を認めてくれるリタ様。美しく、優しいリタ様。


「私はいつまでもお側におりますよ。」


ニコッと微笑み、リタを見つめる。


「イル……」


「リタ様、私がリタ様をずっとおまも」


「あー!!ゲフンゲフン!ちょっと咽せた。エフンエフン!」


「ちょっとレイズ、大丈夫ー?」


リタは心配そうにレイズの背中をさすった。


その言葉は言わせない!と言わんばかりのレイズの意地が見えるような細やかな妨害に、イルはリタに返したニコッとした笑みを、無言でより一層深めた。


「ふう、大丈夫だ。さあ、休んだ、休んだ!次の霊魂を送るぞー!」


「え?もういいの?本当に大丈夫?」


「普通に魔力譲渡をしたら今まで魔獣だってすぐ爆散するか、白目を向いて倒れていただろう?これだけ休めばもう十分だ。なんともない。」


「それもそうだね。じゃあ、イル、片付けてくれる?再開するわ。」


「かしこまりました。」


深めた笑みを和らげ、再びいつものニコニコした顔に戻った。



・・・



「次は譲渡する量を決めて渡すのではなく、リタが譲渡し続けてくれれば、一度に一体どころか100体はいける計算だ。だがまずは3体送ったらどうなるか様子を見てみよう。魔力譲渡が成立しなくても、最悪俺が昏睡するだけで済む数だ。」


「うん、じゃあ3体送り出した後に1体分の魔力譲渡する?」


「いや、3体を同時に送る。今までは1体送るごとに冥土の扉をその度開いてきただろう?それを3体一気に送り出すんだ。」


「そんなことができるの?」


「ああ、できる。だがどのタイミングでどれぐらい魔力が吸い取られるかは霊魂の質にもよるところがあるのか、詳しいことは分からないが、1体毎に使用する魔力量が異なる。安全を期するために今までは一体ずつ送ってきたんだ。だが、リタがいれば3体一気に送り出せるはずだ。」


「理論ではわかるけど、どうやるの?」


「さっきも言ったように、譲渡する量を決めて渡すのではなく、リタが譲渡し続けてくれれば良い。3体を送り出すため、祭壇には予め3体を待機させておく。魔力譲渡をしている状態で俺が冥土の扉を開ける。そしたら俺の今の総量は9割だ。上手く行かなくても俺が昏睡するだけ。」


「もし送り出している最中に魔力途絶えたらどうなるの……?扉が開けっぱなしになるとか?それは怖いんだけど!」


「3体送り出そうとして途中で魔力がなくなった場合、たとえ2体は送り出せる魔力を捧げていたとしても、関係なく魔力は奪われたあげく、全て送り出せずに扉が閉まるだけだ。その上昏睡させられるから失敗すると割に合わない。」


「そういう仕組みか。だから一体ずつ送るんだね。」


「そういうことだ。だから失敗しても俺が昏睡するだけなんだ。」


「そういうことならやってみるだけやって見ようか。」


魔力継続譲渡か、リタの羽があれば問題ないだろう。リタは大気中から魔力を補充できることが分かってから最初にクロリア地に来た時以降、昏睡することはなくなっていた。


「ああ、頼む。」


「じゃあ、やるよ。準備をしておくね」


『針よ、私の魔力を吸い上げ、糸で縁を結べ!』リタが先に詠唱を開始した。


『その糸は私に縁を授けるものとする。』


2人をリタの紡ぎ出した魔力の糸が絡み付いている。


そしてレイズの詠唱が始まった。


『偉大なる創造神のカイルスよ、人族の罪を許したまえ。大地を司る素晴らしきサートゥルよ、人族をこの地から解放し、再び輪廻の輪に加え救い出したまえ。力と光は永遠に汝のものなればなり。』


扉が活動し始め、レイズの魔力が吸い込まれていく。しかし、扉に取り込む対象が3体用意されていることを感知した瞬間、3体分の魔力が吸収されようと、レイズの体から漏れ出る魔力が一気に増す。


『死者の王が冥土の門番に命ずる。開け、へハーデスゲート』!」


『魔力継続譲渡!』リタが今だと見計らい詠唱する!


『魔力ドレイン!』レイズもそれに続いた!


2人に絡み付いた糸は消えることなく、白く発光し続けている!


おびただしい数の青白い手が霊魂3体に伸び、これまで以上にグロテスクな光景が広がっている。

扉から出てきている手が霊魂3体を掴んだ。


その途端、レイズ自身が持っていた魔力は根こそぎ奪われ、意識が朦朧としてきたところにリタの魔力がレイズに流れ込んだ。


レイズはグッと持ち直し、意識を保った。青白い手が霊魂を扉の中に迎え入れ、バタン!と勢い良く扉が閉まる。


「……逝ったか?」


「レイズ!出来たよ!」


「3体送り出してかつ、魔力総量もまだ送り出し前と変わらずだな」


「凄いよ!とうとう出来たんだね!」


「まだ終わっていない。あと297体いるんだからな。次は切り良くするのに97体やろう。」


「うん!」


こうして2人の試みは続けられ、無事リタが最初に生み出した霊魂を全て送り出すことに成功した。

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