騎士団にて4 私も診てもらえますか?
「まだ仕事をしているのかな……もう誰もいないのに。ルークも中々激務ね。差し入れしてあげようかな。」
中にいるのか確認すべく、失礼ながらも聞き耳を立てると、本をめくる音や書き物をしている音が聞こえたので、やはりまだ仕事をしているようだ。
リタは二階の給湯室に行き、お茶類一式と棚にある自由に持って行って良いと侍女に言われていた軽食を2人分ゲットした。本当はそのまま三階の自分の部屋に行く予定をルークの執務室に方向転換し、ドアを静かにノックした。
コンコン
「ルーク?まだ仕事していますか?」
「その声はリタ?!何かありましたか?!」
慌ててドアまで走ってくる音が聞こえ、勢いよくドアが部屋の内側に開いた。
「あっ、その……私も今ノルマが終わったので、一緒にどうかと思って……」
何か起こったかと心配させてしまったことに恥ずかしくなり、尻すぼみになって答える。
「こんな夜更けに異性の部屋を訪れるものだから、何かよほどの事があったのかと思いました。」
「あっ!ごめんなさい、考えもしませんでした……」
言われてからこの世界ではすべきではなかったかと焦ったが、用意してしまったものは仕方がない。
「いや、全然良いのですよ!リタの心遣いが嬉しいです。せっかくなので、どうぞお入り下さい。」
リタを部屋に招き入れると1cmほど開けたままにして扉を閉める。男女が夜更に2人きりであることに気を使ってくれたようだ。紳士的な振る舞いに慣れていないリタは淑女扱いをされて少しくすぐったい気持ちになった。
「ありがとうございます、一緒にいただきましょう?」
「ええ、そうしましょう。でも、私以外にこんな事をすると相手が勘違いしてしまいますから、気をつけて下さいね?私はいつでも大歓迎ですので、今後ともお気になさらず。」
「ふふふっ、そう言ってもらえると気が楽になります!お邪魔ではありませんでした?」
「リタが邪魔になるだなんてありえません。今日はもう終わりにしようとしていたところだったので、丁度良かったですよ。座って下さい。」
執務机の側にある椅子ではなく、部屋の中央にある、ローテーブルを隔てて二つ向かい合わせになったソファに、ルークが先に腰掛けた。リタはあえて隣り合わせで座る。
「なら良かったです。お茶をいただくついでなのですが、お体の具合を伺おうかとも思いまして。」
隣に座ったリタにソワソワしていたルークは、そう言うことかと納得した顔を見せた。
「昨日に言ったばかりですぐ診ていただけるなんて光栄です。実は、昔に魔獣駆除でやられた傷が生傷のように最近ジクジクと痛むのです。三暦前にはこんな事は起こらなかったのですが……」
「一度見ないことにはなんとも言えないので、傷を見せていただけますか?」
「分かりました。では脱ぎますよ?」
一言断りを入れ、リタが頷いたのを確認してからルークは上半身のシャツを脱いだ。
鍛え上げられた腕、割れたシックスパック、健康的に盛り上がった胸の筋肉。彫刻のように美しく整った体の造形。これぞ騎士!を体現した有様にリタは目をチカチカさせた。
ただ痛々しいのは、左胸から右脇腹にかけて走るミミズ腫れになった三本の傷痕だ。ミミズ腫れは昔の傷だと言っていたが、爪を立てられたばかりのように赤く腫れ上がっていた。
「触れても?」
「ええ、どうぞ。」
リタはミミズ腫れにそっと手を添えて魔力の流れを感じ取ろうと目を閉じた。目を閉じたまま、傷痕の最初から終わりまで指を這わせ、状態を確認する。
「うっ!」
「痛かったですか?ごめんなさい。もう少しだけ我慢して下さい。」
「あーいや、そういうわけでは……ちょっとくすぐったくて。」
「あら?騎士団長様にも弱いところがおありでしたのね?」
目を開け、ルークの目を見つめながら悪戯っ子の顔を浮かべる。傷の具合を確かめる為に触れるか触れないかの距離で傷痕に指を這わせる。余り強く触ると痛むかも知れないので力を加減したと思ったが、ルークが再度呻き声を上げた。
「ああ……それはダメです。意識してしまいます。」
「そのまま傷痕に意識をルークも集中させて下さい。より魔力の流れが分かりますので。」
「そうじゃなくて……はあ、これは新たな拷問ですね。」
「そんなに痛かったですか?」
その質問には答えず、ルークはリタの頬に手を添えた。顔は俯き、顔を赤くして震えているので、やはり痛むのだろう。
ルークは頬に添えてあった手をリタの後頭部に移動させ、腕でリタの頭を抱き抱えると、顎をリタの肩の上に置いた。
「その体勢では傷痕が見えませんよ。でももう触りませんので、大丈夫。良く痛みを我慢なさいましたね。」
その体勢のままルークは答える。
「ああ、辛かった。頼むからこんな診療は私だけにしてくれないか?」
「誰1人としてこれほどひどい傷を持った人はいませんでしたから、それはないので安心して下さい。あら?お熱もありませんか?」
スッとリタは後ろに上半身を傾けて、肩からルークの顎を下ろすと、両手でルークの頬を掴み、おでこを合わせた。
ルークは目を潤ませて困った顔をしている。
「熱はありません。その、さっき触れられた痛みで体が強張ったようです。」
「そうですか?無理はなさらないように。頑張りすぎは良くありません。」
「今まさに私はすごく無理をしていますよ。」
「それは良くないですね?そういう時はハグをすると気持ちも穏やかになるのですよ。こうして背中を撫でるのが良いんです。血の巡りが良くなりますからね。」
リタはルークの背中に手を回し、背中を何度も上下に往復させた。段々と強張った体が和らいでいくのがわかる。
「お加減はいかがですか?」
「ありがとう、とても気分が穏やかになりました。」
そういうとルークもリタの背中に手を回し、リタの背中の羽に手を触れた。完全に油断し切っていたリタの体は敏感に反応して声を上げてしまう。
「あっ!ひゃあ!ダメです!羽に触れてはダメです!」
リタの思わぬに反応に気を良くしたルークは、嬉しそうに羽をもう一度撫でた。
「妖精族は想いを寄せている相手にしか羽を触れさせないと聞いたことがあります。こんな無防備でいいんですか?」
「キャッ!」油断していたリタは小さな悲鳴をあげる。
「リタ」
耳元で囁かれ、今度は違う感覚に腰が浮く。
「こ、こら!ふざけるのはそこまでにっ!んん!してください!」
「して下さいって、もっとしてもいいんですか?」
「違います!んっ!あっ!もう!ダメです!」
「私にこんなに信頼を寄せてはいけませんよ。男は皆、狼ですから。」
左手でリタの右耳に触れ、もう片方の耳には唇が触れるぐらいの距離で囁く。
「はあん!くすぐったいです!」
リタは無理やりルークの体を引き離し、上半身が見えた所でミミズ腫れに少し力を加えて手で撫でた。
「っつ!」
「もう!ほら、体力回復薬を体に入れますよ!これ以上お戯れをなさるなら、チクッとさせてしまいますからね!」
「それは怖いですね。お手柔らかにお願いします。」
両手を上げてもうしませんの格好を取るルークを見て、リタは笑い声を上げた。リタの笑い声に釣られてルークもふっと笑みを漏らした。そうしてしばらく2人でクスクスと笑い合った。
針を蚊の針に形状変化させ、素早く詠唱してルークの血流に乗せて診療は無事終了した。
「これで治ると良いんですけど、しばらくは経過観察ですね。明日の3時に伺いますから、状態を教えて下さい。」
既に傷痕腫れが治まり始めているが、油断は禁物だ。
「ありがとう、部屋まで送ろうか?」
嫌らしい考えは一切ない。ただ心配なだけだという言い訳は心の中だけにとどめておく。
「ポットをしまわないといけないから大丈夫です。じゃあ、お大事にね。おやすみなさい。」
完璧な診療だったと誇らしげにリタはルークの執務室から去った。
「おやすみ」
リタが部屋から出て行ったあと、ルークは一人悶々として宿舎に中々戻れなかったのはいうまでもない。
明日二話投稿します!




