針の特性について
「ここらへんのはずだが」
「アイザックがくれたメモにはなんて書いてあるの?」
「住所だ。通りの名前と中央市場通りからの簡単な道順だ。」
チラッと見せてもらうと、地図は書かれておらず、文字で説明書きがしてあるだけだった。
「どんな店だったか覚えているか?」
「んーなんとなくこっちの気がする。」
雰囲気を辿ってなんとなく歩いてみる。
「あー、確かにそっちの方かもしれないな。行ってみよう。」
しばらく路地をうろうろしていると、それらしき通りが見えてきた。
「そうそう、こんな細い道で、確かここを曲がると……あった!」
「おっ!たまにはやるじゃないか。」
「いつも出来る子です!」
そんな掛け合いをしている間に店に到着した。
「やった!お店開いてるよ!たまにしかいないって言ってたからいるかはわからないけど……」
「とりあえず入ってみよう。」
「おばあさーん!リタだよー!」
扉を開けると同時に声を発した。
「いないのか?」
「うーん、もう一回呼んでみるねえ。おばあさーん!!」
店の受付にあるテーブルまで行き、奥の部屋に向かって声をあげると、テーブルを隔てた奥の部屋からガサゴソと音がしてきた。
「なんだね!誰だい!私はお婆さんじゃないさね!!」
どうやたら仮眠を取っていたらしく、白が混じった灰色の髪がボサボサだ。
「お婆さん!あまり店を開けていないって言ってたから、いないのかと思っちゃった!でもよかった!お婆さんに聞きたいことがあったの!」
「お婆さんじゃないと言ってるさね!なんだね!今度は御付きの者を連れて来たんかい?」
「御付きって!確かに付き合ってはもらってるけどそういうんじゃ……まあいいや。お婆さん、この針で困ったことになってるんだけど。どういうこと?」
「なんのことさね。お前さんの針はまだ事件なんぞ起こしていないだろう?事件を起こしたのはその針じゃないさね。」
「いやいや、その事件の話じゃなくてね」
リタが説明しようとした時、レイズが会話に割り込んできた。
「針の副作用のことだ。お前が販売する針は特殊な針ばかりだ。従って、全ての針になんらかの特殊な副作用があるはずだろう。そのことについて聞きに来た。」
「それはこの針だけじゃないさね。魔力登録をする魔道具全てなんらかの副作用があるのは知っておるだろう。特に強力な力を持つ魔道具だけが発するさね。その針も登録してから何かがあっただろう?だが、その者の魔力が馴染んでから起こることだから、私は売った後は知らんさね。」
ふんっ、使い手が悪い。針は悪くない、とお婆さんは何やら拗ねている。
「何が起こるかはわからない、使い手によるということか。ちなみに今起こってる現象を抑えるにはどうしたらいい?」
「魔力袋に入れている間は流出しないさね。常識だろう?困るようなことが起こるなら人前では使わず、さっと使ったらさっとしまえばいいさね。」
「あのね、それが、魔力袋が消失した時に針を持っていたら、死者が襲ってくることなの……」
「本当かい?本当に襲ってくるのかい?お前さんの魔力は良質だから悪意が死者に対してなければ危害が加わるような副作用でないはずだがねえ。」
「え?そうなの?お婆さんの針の副作用って危害が加わるような副作用はないってこと?」
「いんや。使い手によるさね。だから売る相手はしっかり選んでおる。邪な考えを持つ者が使用すれば危害が加わる副作用もなきにしもあらずさね。お嬢さんは大丈夫だと思ったから売ったさね。私の目に狂いはないはずさね!」
お婆さんは自分の目に絶対の自信があるらしく、そう言ってのけた。
「いや、確かに死者に対して悪意はないんだけど、でもすっごく追いかけてくるの!!」
「ふん!それは好かれてるの間違いさね。愛でたいだけじゃないのか?好かれてりゃ、死者も言うことを聞いてくれるさ。恐れるからいけない。状況を受け入れるさね。」
レイズとリタは2人で顔を見合わせた。確かに追いかけられたり、髪の毛を引っ張られたり押し倒されたりしただけで、噛まれたり引っかかれたりといったことはされていないが、それはリタが逃げおおせていたからだと思っていた。リタに触れたくて、愛でたくて追いかけていたのかと思うとどこか死者が可愛い存在に思えて……こないでもない!
「同じ現象が起こる針は?」
レイズはずっと危惧していたことをお婆さんに尋ねた。この問題はレイズにとっては致命傷になりかねない。もし他にも同じ特性の針があった場合、レイズだけでなく、ネクロマンサー全体の問題となる。
「一つ一つ針は違う特性を持つ。一つとて同じではないように特性も全て異なる。魔力袋から出している間はやたらと甘いものを食べないといけなくなったり、獣に好かれてしまったり、その程度さ。死者は意思を持たないからね、本能的に近づきたくなる気配がお前さんの場合はあるのだろうさ。好かれるのも、事前にある程度の好意がお互いになければ、それほど互いに強力に作用することもないさね」
ということは、レイズは最初からリタを見た時点で好意を持っていたということになる。お婆さんに直接そう言われたわけではないが、レイズは少し気恥ずかしくなった。
とにかくレイズの弱みはリタの針だけだということがわかり、レイズは安心した。手元にリタを置いておけば問題ない。出来るだけそばにいてもらえるようにネクロマンサー補佐を仕込んでしまおうと思ったあたりで、リタをなんとか独占しようとしている自分の気持ちにまた少し恥ずかしくなった。
「そうそう、お前さんに売ったのはその中でもかなり上位の針だよ。最近は誰一人買いに来ないし、お前さんなら楽しく使ってくれそうだと思って安くで売ったさね!時代が時代ならあれは金貨5枚で売ってた代物だよ。」
そのような良い物をなんて安くで買ってしまったのだと、あわあわしているリタを横目にレイズは引き続きお婆さんに質問をぶつけた。
「それ以上の針もあっただろう?」
「どれだけ針が良質でも、その針を使って生み出せる物の品質はあくまで使い手によるさね。今まで良い針を良質な魔力保持者に売ることもあったし、良い針を魔力値の低い者に売ることもあった。今まで売った一番良い針はとても純粋な魔力保持者ながらも非常に低い魔力量を持つ者に売ったさね。魔力登録をしちまったから、その針はあくまで綺麗な縫製ができるぐらいの服しか生み出せないさね。守護なんかはおそらく付与できない魔力量さ。」
「なんでそんなもんをこんな路地裏で売っているんだよ……」
お婆さんが使い手を厳選しているとはいえ、魔力登録は変更しようと思ったら可能だ。ただややこしい手続きと変更するために必要な素材を揃える手間があるだけで、使用者が代わる可能性だってあるだけに使い方を間違えればかなり危険な代物だ。
「買い手はほとんど王宮専属針子だけさね。個人には気まぐれでしか売らない。それも良質な魔力の子だけと決めている。使用者が代わったところで魔力登録が適切でなければその針の真価は発揮できないさね。ここに来て私から直接買ったものだけがその真価を発揮できるのさ。だから私が売った後は針が他の使用者の手に渡った瞬間に、それはもう私が販売した針ではないさね。」
「専属針子はこんな針を扱えるのか?」
「針はピンキリさね。騎士団の防具は守護なんぞ付与しなくとも、獣人族が作った良質な防具だ。おまじない程度でもないよりマシだと守護を刺繍してるだけで、本来それも必要ないぐらいさ。獣人族にも何度か魔力登録が必要な針を売ったことがあるが、全員針子だったさね。あくまで縫製が完璧だったり丈夫だったりする程度の物しか作れない。使うとしたら守護にというよりも、そういった制作に使用するのさ。」
ふむ、とお婆さんの言うことを飲み込もうとレイズは顎に手をおいて何やら考えこんだ。お婆さんはさらに説明を続けた。
「嬢ちゃんほどの魔力と潜在能力がある子はそもそも針子なぞせん。それより医者として針を使うし、王室が守護の刺繍だけを誰かに依頼したとしても、公爵家クラスの身元が確実な子女に頼むだろうさ。これは以前事件の時に騎士団にも説明したさね。購入した時に刺繍はなかったと言っていたから、誰かが誰かに刺繍を依頼しているはずさね。人族の国に入って来たあとならそれこそ人族、獣人族、魔族の誰だって刺繍できただろうさ。それに針を作っているのは私だけではないからね。確かにこんな特殊な針を作るのは私ぐらいかもしれんが。」
事件でお婆さんが関わっていることはこれ以上聞けそうにない。お婆さんは嘘を言っているようにも思えないし、売り物にこだわりを持っているぐらいだから販売する相手にもこだわっていそうだということはわかる。お婆さんは針を販売しただけなので、責任を追求することもできないし、ましてや魔力登録を行った者に対していちいち名簿登録などもしていないということだった。
それよりも今後旅する上で、重要なことを聞かなければ、とリタは思い出した。
「そういえばね、さっき武器屋に行ったの。でも私ね、あらゆる武器に適性がなくて、武器屋のお姉さんに針が原因じゃないかって言われたんだけど、何かわからない?」
「なんだ、そんなことかね。その針がお前さんの武器だよ。よっぽど針に好かれたんさねえ。そこまで登録者を独占しようとする針も珍しい。大事にすると良いさね。きっとお前さんならその針の真価を引き出せる。」
「え、これ武器でどうやって使うのよ?つんってしてイタ!ってなる程度で魔獣を倒せる気がしないんですけど!」
リタはお婆さんに抗議した。すると、お婆さんはとても満足げに真価について教えてくれた。
「私が販売した中でも上位の出来栄えの針でないと今からいうことはできないさね。針が喜ぶ魔力保持者を選べたことが私は嬉しいよ。針に念じると良い。武器になれ、と。そしたら伸縮するさね。」
「うーん、ちょっとやってみて良い?」
レイズとお婆さんの顔を見ると、二人ともコクリとうなずいてくれたので、ポシェットから針を出す。針を左手で持つと、目をつぶり、武器になって欲しいと念じてみた。
針はリタの願いに応え、青白い光を発すると一瞬で30cmほどの長さに伸びた。
「おおー!小さなレイピアみたいじゃない?持ち手はなくて真っ直ぐではあるけど。待って、でもこれ突きしかできなくない?」
「魔力を糸状に伸ばしな。得意の属性魔法を唱えて圧縮して糸にするのが手っ取り早いが、属性はなんでも良い。針に通せば糸の形状に維持される。針に通せたら糸を針穴のところで結ぶのさ。」
「え、全然想像できない……」
「なんでも良いさね。お前さんは緑だから木属性が得意だろうが、全く他の魔力属性がないわけではないようだね。とりあえず水球が手軽だから出して見な。右手の平の上にポンと乗っかる程度だよ」
リタは言われた通りに詠唱した。イメージは拳大の水滴だ。
『水球』
ぽよんっとリタの掌の上に現れたそれに対してお婆さんが外側から操ってくれた。その水球に向かって両手をかざし、手を広げるとびよーんと水球が細長く伸びた。糸を紡ぐようにして親指と人差し指をグリグリとこすり合わせると、水の糸が撚り上げられた。
「わかりやすいように今はこうして水を指でねじり合わせて糸を作っているがね、慣れればこんなこともせずに生み出せる。ようはイメージさね。あとは前見せたように糸を針に通せば良いさね。」
そういうと、大きくなった針の針穴に向かって撚り上げられた水の糸をスッと通し、針穴の位置で糸を結んだ。1本だった糸が結ばれたことで、2本の端が垂れ下がっている。
「針側を柄にすれば鞭の完成だ。針の細さや長さの比率は変えられないから滑らないように手芸用の滑り止めがついた手袋を使いな。はい、これ。銀貨50枚。針先の留め金もあるさね。カチッというまで針先に留め金を押し込みな。針と一緒に形状変化するから、針一本だけ持っていても安心さね!付けておいたら針の先端を隠せるから、鞭の柄になるし、外せば剣の先端になる。それは銀貨10枚だ。」
手袋は針より高い!魔力登録がいらない汎用性のあるものだから仕方ないのだろう。鞭にした時先が尖ったままで扱うのは怖いので、先端ガードは購入する。照合機をさっとリタの前に出して来たので、まだ買うとも言っていないのに、と思いながらギルドカードを照らした。
「こうなったらさっきの防具屋で盾も買えばよかった」
「盾?瞬発力は妖精族がどの種族よりも優れているだろうさね?持ってるだけ無駄だ。素早さが犠牲になるさね。防御付与の服だけで充分だ。自分で刺繍しな。」
とことん武器や防具に縁のないリタである。
「でも、武器を魔力袋に入れておくのは出し入れが手間だと思うの。とっさに針を武器にできなかったら意味なくない?」
「手袋に針を入れておける。留め金を針につけた状態で、中指の手の甲に針を収納するのさ。そこに入れておきな。」
手袋をよく見て見ると、確かに中指の手の甲に針が収納できるようになっていた。試しに手袋を装着し、留め金を針にカチッと取付け、それを手の甲に滑り込ませた。うまくはまり込んでいて落ちることはなさそうだ。
「この状態でクロリア地に帰ったらその瞬間死者が追いかけてくる気がするんだけど……」
「いいんじゃないか、そのままで?好かれているだけらしいし。命令も聞かせられそうだな。そしたら死者の操り方について帰ったら特訓だな。」
レイズは複雑そうな顔で手袋を見つめているリタに向かってニヤニヤ笑っている。この顔は絶対何かを企んでいる。
「ますますネクロマンサー補佐らしくなってきたじゃないか。冥土の扉を開けるのは無理でも、他は全部任せられそうだな。今後ともよろしく。」
ネクロマンサー補佐は私の定職になりそうだと、リタは安心したようなどこか複雑な気持ちになった。




