アイザックのハンカチの行方
「あった、あった!ここだ!」
ノックしてから入った方がいいのかな?それと静かに入った方がいいのかな?ネクロマンサーの会議室に入るには音伝令を鳴らすとかルールないよね?まあいっか、普通には…「ごふぶふぉ!」
悩んでいる間に扉が開き、中から出てきた人にリタの鼻がぶつかった。
「イタタター!」
「おや?妖精族がここで何をしているんだね?ここはネクロマンサーの会議室だよ。」
ぶつかった相手は、白髪の混じった初老の男性だった。
「ずびばぜん!クロリア伯爵の補佐でリタと言います。別の会議にも出ていて遅くなりました。」
「ああ、君がレイズの補佐殿か。私はアメリゴ都市を挟んで隣のマシャーナ地を治めているトムライ・マシャーナだよ。レイズは私の弟子みたいなものだ。よろしくね。」
「レイズのお師匠様でしたか!とんだ失礼を!」
全力でカーテシーを繰り出し、ついでに目線も下げまくる!バレたらレイズにどやされそうだ。
「ふぁっはっは!良い、良い、気にするな!実はもう会議が終わってね。皆雑談しているよ。私はもう帰るがね。帰り際にリタさんにお会いで来て良かった。レイズはほら、奥に座ってるよ。見えるかい?」
「あ、見えました!ありがとうございます!」
「ああ、それじゃあ行っておいで。では、偉大なるカイルスと素晴らしきサートゥルが紡ぐ時の交わる日まで。」
多分またの機会を、みたいな意味かな?なんて返すのが正解なのよ!分からないわ!こういう時はニッコリ笑ってカーテシー!はい、イケオジの微笑みいただきましたー!多分これでオッケー!
……あとでレイズに正解を聞いておこう。
さあ、レイズはどこだー?
「レイズ!お待たせ!」
「おお、来たか、もう終わったけど。殆ど休暇時の制度の話だったからいなくて良かったかもな。王族が休暇制度の導入について言い出してきたんだ。急になんなんだろう?それにしても、挨拶にしてはやけに時間がかかったな?やっぱり、その、特殊だからか。」
休暇制度……レイズだけに適用したら他のネクロマンサーから反感を買うからこうして全員に根回ししたのか。思い当たる節がありすぎる。これは詳細を説明する必要がありそうだ。
「あ、うーん……ちょっと、色々あって。後で話すね。とりあえず、ギルドに行きたいのと、新しく防具屋さん、武器屋さん、手芸屋さんに用事が出来ちゃった。」
「また何か引き受けて来たな?まあ、いい。手芸屋と言ったな。リタがアレを買った場所か?」
「うん、そうなの。さっき面会で言われたこともあって色々確かめたいことがあって!」
「分かった、そろそろここを出よう。もうこの部屋も閉まる。昼飯にでも行くか?」
「うん!じゃあその時に話すね!」
「ん、そうしてくれ。フューネラルが堀の前で待ってる筈だ。街まで乗せて行って貰おう。」
「はーい!」
幸いすぐお堀の前にある一時停車場の中からフューネラルの馬車を見つけることができた。ずっとそこで待っていたのか、と聞いてみれば、お昼前に着いたばかりだとのことだったので安心した。まさか朝からずっと待ってたならしんどすぎるだろ、と思ったのだ。
レイズと二人で馬車に乗り込むと、レイズが行き先をフューネラルに告げた。
「中央市場通りへ行ってくれ。リタ、先に食事を済ませよう。」
「そのあとギルドに寄ってもいい?」
「ああ、アイザックに用事か?」
「うん!返したい物があって!ところで何食べる?」
「そうだな、俺も学院の中等部に通っていた頃までしかあまりうろついていないからそれほど詳しくないんだが……獣人族が旨い創作料理を出す店があるからそこに行ってみるか。」
「わーい!楽しみ!どんな料理を出すんだろ?」
この時レイズは怒涛の日々で忘れ去っていた。リタの借り物が何かを……
フューネラルに馬車をおろしてもらい、
先に帰えるようレイズは言った。帰りは自分達の足で帰るようだ。どうやって?と聞いたらお前の羽は飾り物かと言われてしまった。あれから一度も飛ぶ練習をしていないのでなんとも言えないが、使い物になるのかまだ怪しい。
店に着くと、レイズは手慣れた様子でさっさとメニューを選ぶと面会について聞いてきた。
「で、防具と武器だって?お前はなにを引き受けてきたんだ。」
「最近物騒な事件が頻発してるんだって。実際には3暦前から動きがあったらしいんだけど、聞いたことない?」
「ついこないだアイザックにも忠告を受けた件と同じ話か?魔道具針と刺繍糸がなんたらってやつか?」
「そうそう。実は私の針、その事件になった老婆から買ったものなの!」
「やっぱりな。そんなことだろうと思った。それがどうお前と防具や武器の購入に繋がるんだ?」
「調査してくれって言われて……」
「それで引き受けたのか?はあ……なんでそう面倒ごとに首を突っ込むんだ!」
「成り行きで仕方なかったのよー!次の種族王に面会するのに2、3週間お仕事お休みすることになるんだけど、調査も兼ねて行くから時間がかかるかも知れないって言われているの。その代わりレイズも同行したかったらしても良いし、休業しても良いって!でもレイズに迷惑かけるつもりはないから、安心して!」
「当たり前だ!俺はそう簡単に休めない。それに同行してなにがあるんだ?俺が出来ることなんてないだろう。」
「大丈夫!人族のね、ジルクって人が同行してくれるって!一緒に調査もするって言ってた!」
「ほう?信用できるのか?そいつは。」
「うん、王様が選んだ人だから問題ないよ。だからあとで老婆の所にもちょっと寄りたいんだ!でも先にギルドに行きたい!」
「はあ……今日は最初から老婆の所に行くつもりだったからそれは構わない。武器に防具にギルドと老婆か……忙しないな。分かった。それより飯が来たぞ。さっさと食って行こう。」
「美味しそーう!ここよく来てたの?」
「うん、ここ結構好きでな。安くて量も多いから学院の友人達とよく来てた。これとか旨いぞ。」
レイズが食べているのはスクローファをくたくたに煮た料理で、角煮に似ているものだ。その横にはチャーハンが置いてある。ここではなんというのだろう?中華系の料理は見た目通りの味で、馴染みもある味が嬉しかった。
二人は料理の舌鼓を打ち、ペロッとテーブルの上にある料理を平らげると、すぐにギルドへ向かった。
「さあ、まずはギルドからだな。受付に行ってこい。俺は椅子に座ってリタが用事を済ませるのを待っておく。」
レイズはギルドに入って受付を過ぎた所に座った。
受付に並ぶとリタの番が来たのでアイザックを呼び出してもらう事にする。
「こんにちは!この間二階でアイザックさんと打ち合わせをしていたリタ・
サルヴァドールと申します。アイザックさんに用事がありまして……呼んでいただくことはできますか?」
「覚えておりますよ!グフ!ギルド長のうふふ!オトモダチですよね?あちらのお椅子におかけになってお待ち下さい!」
なるほど、彼女はまだ色々勘違いしているようだ。
ネクロマンサー補佐としての仕事が終わった後に縫っておいたアイザックに渡すハンカチを入れた箱をインベントリから取り出し、アイザックが降りてくるのを待った。
アイザックのイニシャルは I・Cだが、この国の文字でのイニシャルもシンプルな形で簡単だったので、すぐに縫い終わった。なんでも思いが反映されてしまうとの事だったので、アイザックには感謝の気持ちを込めて針を進めた。そんなアイザックには『開運祈願』だ。アイザックに良いことが起こりますように。
「アイザックさん!」
「リタさん!ギルドに来てくれたのですね。今日が王宮への来訪日でしたか?」
「そうなんです!ここに立ち寄らせて頂いたのは、その……あの日のお礼がしたくてっ……!」
「え?あの日の……?」
アイザックは何のことだろうかとすっかり忘れていた。その後ろで『ンゴッ!』と誰かが鼻を鳴らした。
「はい!あの日私は心細くて、辛くて、悲しくて……そんな時にアイザックさんが支えようとしてくれて!!すごく嬉しかったんです……!」
リタのその言葉を聞いてレイズは何を言っているんだこいつは、と複雑そうなショックを受けた表情を見せた。言葉を何か出そうにも全く声が出ない。
それを聞いたアイザックは息を飲んで何やら期待した眼差しでリタを真剣な表情で見つめている。
後ろでは受付のお姉さんが両手で顔を覆い、小さい声で『きゃー』と言っている。指の隙間からしっかり二人を見ているあたりが抜け目ない。
「これ、受けとって下さい!私の魔力で刺繍しました!」
刺繍した想いを伝えると、アイザックは口元に手を当て、顔を真っ赤に染め上げた。
レイズは真っ青な顔で今にも倒れそうだ。バカッなんでそいつに、いやリタは意味を分かっていないはず、そうに違いない、などとブツブツ言いながら遠い世界に行っている最中だ。
受付のお姉さんはハァハァ息が荒くてやや気持ちが悪い。
様子を遠くで窺っていた副ギルド長のエドワードはヒューと口笛を吹いた。
リタの刺繍したその意味とは、貴方に良き幸運が訪れるよう、私の魔力で貴方に幸せを刻みたい
「リタさん、その……あ、ありがとうっ……!しかも守護効果が付与されているだなんて、こんな素敵な贈り物は初めてだよ。すごく嬉しい。」
リタの頭をふわっと撫でるとアイザックは破顔した。
その笑顔を見て、渡せて良かったと安堵したリタも同じように笑い返した。
聞いていないフリをしていた周囲のお客さんたちはそんな2人に生温い眼差しとニヤニヤをプレゼントした。
硬直しているのはレイズだけだ。しかしこのままではいけない!誤解を解かねば、という使命感に駆られたレイズが正気に戻った。声を落としてアイザックだけに聞こえるよう、ボソッと呟いた。
「悪いが、俺もシャツにイニシャル入れてもらったから、その、こいつ意味分かってないと思う。」
「レイズ、それぐらい私でも分かってるよ!現実に戻さないでくれ!」
「あ、すまん。いや、その、一応な?」
「レイズもギルドまで来てくれたのか。気がつかなかった、すまないな。」
「気にするな。それじゃ、もう次に行かにゃならん。おい、リタ、行くぞ。じゃあな、アイザック。」
リタとアイザックの距離が近いのが気になって、リタの腕を取り、2人の距離を引き離した。
そのままの状態でさっさと防具を買いにギルドを出る。
「あ、レイズ!ちょっと、早いよ!アイザックさん!じゃあ、また!その、本当にありがとうございました!」
「ううん、私も会えただけで嬉しかったよ。またおいで。」
「はーい!」
玄関の外まで見送った後、遠ざかるリタの後ろ姿を眺めてアイザックはふう、と息を吐いた。グイグイとレイズに引っ張られてどんどん距離が開いていく。
「アイザック、今のってこの間言ってた、アレから落ちてきた……」
「エドワードか。ああ、そうだ。彼女はリタさんだよ。引き続きその話も、もう少し教えておこう。」
「ライバルは強敵だな!」
「うぐっ!!そんな話をしようとはしていない!」
「まあ、まあ。その話も聞くぞ、アイザック。」
「……お前には敵わないな。」
独身男性の2人は肩を落としてギルドの中に戻ったのだった。




