この世界で私がやるべきこと
赤い絨毯が敷かれた先をいくと、真ん中に王が座っていた。周りを数名の騎士と冒険者のような格好をした、金髪でグレーの瞳を持った青年が一人立っていた。背はレイズと同じくらいで178くらいだろうか?見るからにリタを興味津々な目で見ている。
マナーを聞くのを忘れていたが、相手もそれは承知のはず。とりあえず突っ立っていても何も始まらなさそうだったので、名乗ることにした。
「お初にお目にかかります。リタ・サルヴァドールでございます。」
カーテシーをしておけばいけるだろと軽い気持ちでサッと礼をした。
「面をあげよ。」
下げていた目線を上にあげ、王の目を見つめた。どうやら先程の振る舞いで問題なさそうだ。
「人族の国、ニチアメリ王国を治める王である。私はヒューストン・ニチアメリと申す。私の国に落ちてきたとはいえ、妖精族であるそなたの身柄は妖精族の王の管轄となる。しかし、ネクロマンサーの補佐として働くことにしたようだと聞いているが、間違いないか?」
「はい、間違いございません。」
「それはつまり、妖精族ではなく、人族のために働くことを意味しているが、それをわかってのことか?」
「ええ、レイズ・クロリア伯爵と共に、この国における死者の安寧を願って尽力したく存じます。」
ビジネスで培った営業トークが炸裂している。
「ふむ・・・ならば使えるやもしれんな。やはり手筈通りに行こう。ジルク、後の説明はお前に任せる。」
「はっ!」
「リタ・サルヴァドールよ。これにて我との面会は終了とする。詳しい話はこのジルクから聞くと良い。そなたの働きに期待しているぞ。そしてどうかニチアメリ王国を助けて欲しい。よろしく頼む。」
「本日はお忙しい中、私めに貴重なお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございました。」
いきなり助けを求められても意味が分からないんだけど、一体なに?と聞き返せる訳もなく、再度カーテシーをすると、王は先にカーテンの奥へと消えて行ってしまった。
王が去ると先程ジルクと呼ばれた青年が、リタの方にやってきた。
「リタちゃん、でいいかな?」
「いいですよ。17歳なんで!私もジルクって呼んで良いのかな?」
「おう、気楽に呼んでくれ。じゃあ、あっちの部屋に行こう。」
ジルクに連れられてやってきたのは、待機室を出て暫く同じフロアをウロウロ歩いた先にある部屋だった。
用意されていた椅子の前には丸テーブルがある。そこに座るよう、言われて二人とも向かい合わせになって座った。
「初めまして、リタちゃん。オレはジルク・コルレニア。リタちゃんと同じ異世界人。もうこの世界に来て7歴になるかなー?落ちて来た当初はまだ12歳だったんだけど、今は19っ。リタちゃん17歳なんだって?よろしくな?」
「よ、よろしく。ジルクは落ちてきた時も12歳だったの?」
なんかチャラくて元気そうな金髪青目のイケイケ兄ちゃんって感じだ。
「え?そうだけど?リタちゃんは違うの?」
「え?!ううん!なんでもないの!!えっと、ジルクの出身はどこなの?」
「日本の横浜に住んでた!リタちゃんは?」
「ええ?!同じ日本人?!すごい偶然だね!私は東京だったよ。まさか、日本人ばっかり落ちてくるのかな?」
「んーあんまり関係ないみたい、顔見知りの魔族はヨーロッパっぽかったし。17歳ってことは高校生だったってこと?」
「えっと、へえーヨーロッパかあ。色んな人がいるみたいだね!それより!話ってなんなの?」
これ以上話していたらボロがでて年齢バレしてしまうかもしれない!リタは慌てて話題を変更した。
「そうそう、ネクロマンサーの補佐の合間にさ、ちょっと調査を手伝ってくんない?」
「調査?」
果たしてその時間はあるのだろうか、とこの一週間を思い返して不安になる。
「うん、今ちょっと四種族間の関係が良くなくてさー。探って欲しいんだ。妖精族のリタちゃんなら中立の位置にいるし、まだ落ちてきたばっかだから確執もないじゃん?だから動きやすいと思うんだよねー。お願い!」
「えーそんな急に言われてもー・・・。私の一存じゃ決められないよー。」
「問題はクロリア伯爵のとこの仕事だろ?こんな早く仕事を決めてくると誰も思ってなくてさー、こっちも予定外なんだよねー。だからさ、クロリア伯爵には領地休業して良いからって感じで旨味をちらつかせてよ!」
「え?!レイズまで巻き込むの?!それはダメでしょ!」
死者たちを置いてあの地を離れるなど長期間になると無理だろう。休みなくほぼ毎日くる遺体の処理に追われて、休む暇もないほどなのに、休業なんてすることになったら他のネクロマンサー領地にしわ寄せがいく。
リタができることとしては、仕事をとにかく手伝いまくって、調査を終えたらまた働かせて貰えるように交渉するしかない。
「そうでもしないとリタちゃん動けないでしょう?こっちもそんなつもりはなかったんだってー……クロリア伯爵を同行させるかはそっちに任せるからさ。な?オレも一緒に調査するから!お願い!同郷のよしみで!」
「いやいや、私に旨味がないじゃない!その調査って危ないんじゃないの?嫌な予感がするー!」
リタの質問には答えず、ジルクはメリットを語り始めた。
「解決に至ったら一生働かなくて済むぐらいの報奨金がでるぜ?」
「えーお金ぇ?」
「貴族の位も与えられる!」
「やだーなんかめんどくさそうだし。」
「めっちゃモテるよ、間違いない。」
「……ん?」
「ちょー尊敬されるし、モテモテだって!イケメンも金でバシ!ってほっぺた叩けばいけるって!」
「何かゲスいな……。」
そう言った後で初めて、あれ?なんで私がこの世界に落とされたのだろう、と考えた。ただ平凡に生きていただけなのに、なぜ私が?四種族間の関係悪化、そして調査、さらに都合の良い中立の妖精族の異世界人?タイミングが良すぎる。
前世は特に何かあった訳ではない。別段何かに秀でている特技もこれと言ってなかった。ドラマチックな事件に遭遇したこともないし、特異な人生経験もしてこなかった。
普通に両親がいて、普通に生活をさせてもらい、普通に大学を出て、当たり前のように就活をして新卒で会社に入社した。好きになった男性もいたが、付き合うとかはなくて、彼氏という存在はできなかった。これほど普通な人間がいるのか?というほど絵に描いたような普通の人生だった。
むしろだからこそ、この世界に落としやすかったのではないだろうか?もし誰かの意思があって落とされたのなら、それはきっと選び易かったからなのではないだろうか?
普通の子だからこの世界に危害も加えなさそうで、そこそこ社会人をやっていたから良識もあり、知識もある。結婚もしておらず、子どももいない。
扱いやすそうで、かつ、流れに上手く流されてしまう日本人気質。確かに『こいつを落としたら使えそうだ』と側から見たら思うかもしれない。
つまり、私がこの世界に来たのには理由がある……?え、でも私にも私の人生があったんだけどな。もう戻れないけど。
仕方ない、流れに乗ってやるか。
「で、何を調べたらいいの?」
「え?何急に、イケメンがささった?」
「ちょっと思うところがあっただけ!で?何を調べて欲しいの?」
「獣人族の国と魔族の国の動きが怪しいんだ。三暦前に起こった事件があって、魔族の老婆が販売する針でー・・・」
ジルクは王宮魔道士や騎士たちに以前何が起こったのかをリタに説明した。
「……なるほど、話は分かった。私、その老婆知ってる。」
「ええ?!なんで?!」
「針を買ったの。刺繍がしたかったからなんだけど。うーん……今の話を聞いて余計に老婆に聞きたいことが出来たから、早速話を聞きに行ってみる。ちなみに調査中の資金はでないの?」
「暫くは生活保護だろうから、その間に動いてもらうつもりだったんだよ……そこだよなあ。うーん……よし!オレが資金の交渉してくるから、調査費用に関しては任せてよ!調査中は一緒に行動したらそれで解決だな!これからよろしくぅ!」
「ええ?一緒にって、レイズもいるんだけど!私レイズの屋敷でお世話になってるんだよ?」
「ああ、そうだったな。じゃあ、とりあえずは他の種族王に面会する時に同行するわ。まずは伯爵のとこの仕事が落ち着いたら連絡くれない?」
「分かった。連絡って、どうしたらいいの?王宮に手紙を書いたようにしたらいい?」
「使者を遣わせて手紙を送るのは正式な文書で急ぎじゃないものの時だけ!魔力を使わなくて良い時は出来るだけ温存するのが鉄則だぜ!軽いやり取りなら手紙を想像した相手に飛ばせば良いんだよ。」
「ほう、あれだ、メールだね?!」
「そうそう。音伝令が流通してるから、オレは『書物伝令』って言ってるけどな。」
「それ使わせて貰うね!今度やってみる!」
「おう!次はどの種族王の面会になるか、まだわからないだろうけど時期が来たら連絡ちょうだい。それまでに防具や武器も一応揃えときなよ?」
「お!響きがいいね、防具と武器!今日買いに行ってくるね!他の種族王の領地ってどのくらいかかる?」
「一番近い妖精族の国でも最短で1週間だな。でも1週間ってのはほぼ馬車から降りることなく、街にも泊まらず、野宿で繋いでひたすら走り続けた場合だからな。普通は馬車で2週間は見といたほうが良いぜ。そこそこ合間に休憩を取ったり、ちょっと街を見たり、宿を探したりしてそれだけかかる。ちなみに盗賊に出くわして、馬車も荷物も全部盗られることになって貯金もなかったら、それこそ合間にギルドで依頼を受けながらの旅になるから、そうなったら1ヵ月はかかる。魔族と獣人族の国は最短で2週間だ。」
「ご忠告ありがとうございます……どんくさいのでその時は1ヵ月前に向おうかと思います……。」
「あはは!!オレも一緒に行ってやるからさ!調査込みで2、3週間の日程で大丈夫だって!クロリア伯爵のとこもそんなに離れたくないだろう?」
なんて気遣いの出来る良い人だろうか!
リタは嬉しくなって満面の笑みを浮かべならジルクの手を両手で包み込んだ。
「ありがとう!心強いよ!改めて、よろしくねジルク!!」
この人が私の旅の命綱かと思うとその手を離すまいと無意識に力が入る。ジッとジルクの瞳を見つめ、よろしくお願いいたします!の念を送ると、ジルクはそんなリタから目を逸らし、空いた片方の手でポリッと頬を掻くと少し照れた様子を見せた。
「おっ、おう!任せろ!」
妖精族の笑顔のこうかはばつぐんだ!
「話はそれくらいかな?」
「あ、ああ!えっと、種族王に挨拶行く前にまたこっち来る事があれば連絡してきなよ!いつでも時間空けるから!美味しいホマロターブスを出す店があるから、今度そこに行こうよ!」
「ホマロターブス?なあにそれ?」
「いわゆる伊勢海老だよ!アメリゴ都市は貿易が盛んだから、美味しいものがいっぱいあるよ!オレ奢るし!」
「ふふふ、気遣いをどうもありがとう!今度一緒に行こうね。」
「やった!楽しみにしてるから!」
リタの返答に満足したジルクは人懐っこい笑顔を見せると、髪が太陽の光を反射してキラキラ光った。
「私そろそろいかなきゃ。レイズが待ってるかも知れないし。」
「そっか。忙しい中、長々と悪かったな。じゃあ、またな!」
寂しそうな顔を一瞬見せたジルクだったが、リタを気遣ったのか、すぐに笑顔に戻り、ニッと笑った。
「うん、またねえ!」
まだ時間は昼前だ。もうネクロマンサーの会議は終わってしまっただろうか?リタは急いで一階に降り、レイズの元へと向かった。
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