クロリア地に向かいます1
「そろそろ行けそうですか?」
「へい!今日はお届けが一体ありやしたが、もう馬車を縄で巻きましたぜ。カポルネギルド長はもうよろしいんで?」
次の日の1時、運び屋とアイザックはアメリゴ教会の前で待ち合わせていた。
「ええ、問題ありません。すべて馬車に積み込んだので。」
「わかりやした。では先を走らせていただきやす。」
「よろしく頼む。ヴァンピーロ、運び屋の後を追ってくれ。」
「かしこまりました、お館様。どうぞ馬車にお乗り下さいませ。」
エドワードには一応、一泊二日と伝えたが、日帰りでもいいぐらいだった。万が一足止めを食らった場合を考慮して一泊二日にしただけだ。
死者の地であれど、もしリタが囚われているのであれば救い出すつもりでアイザックはいた。死者の地にいる限り、伯爵は下手したら人族最強に値する。数万の死を恐れない、あらゆる命令を聞く群勢がいるのだ。
それに対抗できるとは思っていないがヴァンピーロがいれば脱出の確率が上がる。こいつはコウモリの羽を持っているので、拘束される前にリタとアイザックを担いで飛行させれば良い。
アイザックも多少は魔力があるので、ネクロマンサーとは言えど、対抗出来ないことはないだろう。
教会からは、馬車を飛ばせば2時間、休憩を挟むと3時間かかる距離にある。運び屋が遺体を乗せているので、比較的ゆっくり進むため、三時間はかかる。
関所まで一旦到着すると、運び屋が憲兵に話しかけていた。
「クロリア地に行きやす。」
「いつも通りだな?」
「へい、夕方にまた戻ってきやす。後ろはカポルネギルド長でっさ。なんでも王宮からの手紙を持っているので届けるとのことで同行されまっさ。」
「ふむ、馬車の紋章は確かにカポルネ様のものだな。顔を確認する。暫し待たれよ。」
憲兵が今度はヴァンピーロに向かって話し出した。
「お館様になにか?」
「いえ、クロリア地を通れる者は制限されているので、念のため顔を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?王宮からの手紙をお持ちであれば、きっとお急ぎのことでしょうし、関所に連絡が来ていないのもわかるのですが……」
「お館様、お顔を拝見されたいとのことですよ。開けますがよろしいでしょうか?」
御者の座る位置からヴァンピーロがアイザックに向かって声をかけた。
「構わん。」
「ではお開けします。」
ヴァンピーロが御者の席から離れ、馬車の扉を開けた。
「ご協力ありがとうございます。アイザック・カポルネ様ですね。王宮からの手紙というのは……」
「これだ。」
胸元の内側ポケットに忍ばせていた手紙の王宮の紋章がある部分を見せる。
「承知いたしました。お通り下さい。お帰りは何時頃でしょうか?」
宛名を見られなくてほっとした。リタとは誰だと聞かれたら説明が面倒だ。
「日帰りか、話が長引けば一泊してからまた明日戻る。」
「わかりました。それではお気をつけて行ってらっしゃいませ。」
騎士の礼をアイザックにすると、同じようにアイザックも礼を返し、憲兵はまた運び屋の元へと戻って行った。
「確認が取れた。行って良いぞ。」
「へい、ありがとうごぜえやす。」
馬車がようやく進み出し、関所を抜けクロリア地と妖精族の国への分かれ道辺りでヴァンピーロが声をかけてきた。
「お館様、休憩までお時間がございます。馬車でしばらくお休みになっていて下さい。」
「そうさせてもらう。」
昨夜は仕事後にエドワードに一時権限を委譲して二階への出入りを可能にしたり、クロリア地に足を踏み入れても問題が起きないよう王宮に根回ししたり、リタのドレスを纏めたりと遅くまで動いていたので、疲れが残っていた。
せっかくなので、アイザックは言葉に甘えることにし、そっと目を閉じた。
……
「お館様、お館様、起きてください。休憩です。」
ヴァンピーロの声で目を覚ましたアイザックは目を瞬かせた。
「着いたのか?」
「いえ、伯爵の屋敷まであと半分あります。湖があるので、そこで休憩にしましょう。」
馬車の扉をヴァンピーロが開けると扉の先には美しい湖が広がっていた。キラキラと水面が光っている様子が、まるで妖精族の国のように美しい。
馬車を降りると湖から少し離れて所にテーブルと椅子が既にセットされていた。運び屋は既に着席している。
軽食と飲み物はどこに用意していたのか、ヴァンピーロが静かにそれらをテーブルに置いた。
「ヴァンピーロ、お前も座って休め。」
「いえいえ、滅相もございません。私は魔族ですので、年寄りですが、体力はあるのですよ。」
「それでもだ。ずっと馬車を引いていたのでは疲労も溜まるだろう。お前には何かあった時に働いて貰わねばならない。だから休め。」
「そういうことでしたら、失礼いたします。」
ヴァンピーロが席についたのを確認すると、アイザックは運び屋に声をかけた。
「ところで、まだ名前を聞いていませんでしたね。運び屋さんのお名前はなんというのですか?」
「あっしに敬語は不要ですぜ、カポルネギルド長。そこの従者様に話すようにお話くだせえ。その方が落ち着きやっさ。」
「私のこともアイザックで良いよ。話しやすいからそう言ってもらえると助かるよ。職業柄一応誰にでも敬語を使うよう気をつけてはいるんだけどね。少し崩させてもらうよ。」
「ええ、そうしてくだせえ。名前ですが、あっしはフューネラルと言います。それではアイザック様とお呼びさせていただきやす。」
「呼びやすいようにで構わないよ。フューネラルか。ところでフューネラルはクロリア伯爵の専属だと言っていたね?」
「へい、伯爵がこの地を治めるようになられてからずっとお付き合いさせていただいとりやす。伯爵が十八歳のことからなので、もう八年の付き合いでっさ。」
「私が付いてきたことで、専属契約を切るような人柄なのか?」
「そんなこたぁねえとは思いやすが、何が怒りに触れるかまではわかりやせんからねえ、なんとも。この地での勝手が分かってるあっしをすぐ切るとは思いやせんがね。」
「この地での勝手とはなんだい?」
「ネクロマンサーによっては、その地でやっても良いことや配送時間だとかやる事がちょっとずつ違いやす。また運び屋を自分の地に合わせて再教育するのは面倒でございやしょ?」
「なるほど。運び屋にも色々あるんだな。」
その後も雑談を交わしながら紅茶と軽食を楽しんだ。紅茶ポットが空になった所で切り上げることにした。
「さて、そろそろ良い頃合いじゃないか?」
「そうですな。では、あっしは魔力がありやせんでして。ちょいと手をそこの湖で洗ってきやすので暫くお待ちを。」
「分かった。行ってくると良い。」
へい、と返事をしてフューネラルは手を洗いに湖へ向かって行った。アイザックも用をたしてこようかな、と席を立った。
「ヴァンピーロ、片付けを」頼むと言いかけた所で悲鳴が上がった。
「うわあああああああ!!!!」
「どうした!!何があった!ヴァンピーロ!」
「見て参りますので、お館様はここでお待ちを。」
口早に待機を伝え、一目散にヴァンピーロが駆けて行った。
「主だ!!まさか湖に主が住み着いていたとは!」
ヴァンピーロが湖に行くと、そこには腰を抜かしながらも湖から懸命に後退さろうとしているフューネラルがいた。
ヴァンピーロが湖を見ると半身を水から出している水に住む魔獣、キャナズマットが大きな口をポッカリと開けてそこにいた。
「不味いことになりましたな。」
キャナズマットは水から出るまでは物臭で、水中で撒けばなんとかなる魔獣だが、一度出ると餌があれば捕食するまで追ってくる。水の中を好んで生息してはいるが、陸上でも活動は可能だ。
このままではフューネラルが食われる。
『小炎!!』
フューネラルに当たらないよう、怯ませることだけを目的に小さめの炎を放った。
「ぐああああああおおおおおお!!!」
このまま水中に戻りなさい!
ヴァンピーロの思いに反してキャナズマットは仰け反ったものの、引く気はないようだ。
先に助けますか。
キャナズマットが怯んでいる隙に、フューネラルを回収し、馬車に向かって走り出した。
「お館様!!運び屋の馬車にお乗り下さい!!」
「どうした!何があった!」
「魔獣です!キャナズマットです!私が倒しておくので、先に行ってください!」
「しかし、リタさんの私物が「私があとで届けます!さあ、運び屋さん、お館様を連れて早く!」
「すいやせん!さあ、アイザック様!乗って!!」
フューネラルは御者の席にアイザックも座らせると、馬に鞭を入れた。
「ヴァンピーロ!!!」
「行って下さい!!」
「うぎゃああおおおぐおおおお!!!」
魔獣がすぐそこまで来ている。遂に湖を出てしまったようだ。
「あの馬車は追わせませんよ。」
『爆炎!!!』
勢いよくヴァンピーロの手から炎が吹き出し、キャナズマットの体が炎に包まれた!
「チッ。でかすぎて炎が回り切りませんでしたねえ。」
体表からシュウシュウと白い煙を発しているが、あまり効果はないようだ。水の生き物にヴァンピーロの炎は致命傷に至らない。
ならば切り刻むか。
『かまいたち』
魚の切り身にして差し上げよう。
ヴァンピーロの体を風が覆い、その風に乗って重心を前に置くと、高速でキャナズマットに向かって行った!
スパッ
気持ちのいい音がすると、キャナズマットの胴体に深い切り傷ができた。
「ギャアアアアアアアグオオオ!!!」
倒れはしないものの、重症は負わせられたようで、大きな叫び声を上げ、無茶苦茶に体を叩きつけている。
バタン!ドタン!
木に体が当たり、いくつも木がなぎ倒された。
その勢いで、尻尾のヒレがヴァンピーロに当たり、左腕が吹っ飛んだ。
「くそっ!」
『爆破!』
炎が体表に効かなかったので、目に狙いを定め、爆発を起こした!
「ギイイイイイイイイイイイ!!!!」
キャナズマットの目がブスブスと焦げた。堪らず尻尾を何度も地面に打ちつけ、それによって砂埃が舞った。
ドガン!!!
地面に大きな穴が開く音がして、爆風で腕がどこかへ吹き飛んでしまった。空気中が砂で覆われてヴァンピーロは前が見えなくない!
咄嗟のことに動けずにいると、煙から尻尾が現れ、ヴァンピーロはなぎ倒された。
「ゴフッ!!!」
ズドン!!!!ズザザザザ!!!!
ヴァンピーロの腹に尻尾が打ちつけられ、地面に無残にも転がる!
「うぐっ!」
バキッ!
呻き声をあげたと同時に勢いあまって木に体が衝突した!!
痛みを堪えながらも体を捻ると、丁度尻尾が木に突きを放ったところだった。
ベキッ!!
「この私に串刺しをかますとは、良い度胸ですねえ?」
キャナズマットは木に尻尾が突き刺さり、尻尾のヒレが引っかかって抜けずにいる。
「ぎゃああう!!ゴロロロ!!!」
動けなくなって尻尾を木ごと抜いてしまおうとしているのか、木の根っこがブチブチと切れる音がする。
「串刺しとはね、こうやるのですよ。」
バキッ!
キャナズマットが木を抜くのをやめて、へし折る方向に転換したその時。
『串刺し公の名において貴様を処する!』
『吸血!!!!!』
ヴァンピーロの周りから木の根がたちまち土から突き出した!
グサグサグサグサ!!!
数百もの木の根がキャナズマットの体を貫いた!!




