王宮からの手紙が届きましたが……
「リタさん大丈夫かな?」
執務室で一人アイザックは呟いた。
上手くやっていけるのかが心配で、帰宅時にリタの部屋の電気を時折確認していたが、いつ見ても消えている。最初の数日は疲れて早めに寝たのだろうと思っていたが、さすがに一週間ずっとは気にかかる。
アイザックは朝の8時過ぎにギルドへ向かうため、特に何の予定もないはずのリタに朝から遭遇する可能性は極めて低い。しかし夜になってもカーテンがずっと開けっ放しにされているのが気になった。
前回会ってからもう既に2週間が経とうとしている。2週目の初めに来ると思っていたリタは、次の日も次の日もギルドにあらわれなかった。
王宮からの手紙が早速二週目の初めに届き、今は保留にしてある。二週間目が終わりかけているのに、訪れないことに不安を覚えた。
ここ最近、また事件が頻発しているという噂を聞いた。狙われているほとんどが王宮魔道士や騎士たちだが、一部公爵家などの上位貴族にも異変があったらしい。最近になってまた、皆徐々に体調がおかしくなりはじめたという内容だった。
最初に異変が起こったのは3暦前の事だった。夏に騎士団関係者の革製のコート、ベルト、胴当てや手袋などの防具を一新する機会があったらしい。それを機に、体調不良で脱退するものが相次いだ。最初は誰も防具が原因だとは思っておらず、今年は入退役人数が多いな、と言う程度だった。
しかし冬になる頃には、王宮の守りが薄くなり、これまで在籍していた騎士団は半分の人数になっていた。その辺りでおかしい、と誰かが気がついた。
調べてみると、脱退人数が増加し始めた時期が防具の新調と重なっていたので、今までと仕入れ先は変わっていないものの、調べてみようとなり、たまたま発覚した。その防具とは、獣人族から仕入れた皮革類だった。
その皮革類には意味深な小さなワンポイントの刺繍デザインがあり、一見すると防御魔法が縫い込まれていた。
しかし、防御魔法が乗せたれた刺繍糸は粗悪で、熱や摩擦が加わると施した魔法の効力が溶け落ちるというものだった。
そのワンポイントの下には同じ模様が刺繍されていたことで防御魔法が消えていることが発覚するまでに時間がかかり、発見が遅れた。
横着な者が洗濯しておらず、一部の防具にはまだ防御魔法がかかったままだったことも一因している。
刺繍糸が劣化して防御魔法が溶け落ちたことで、その下に縫い込まれていた別の刺繍が現れ、それには悪感情が縫われていた。
こうしたことで、刺繍糸の出所が調査されることになった。調査の結果、路地裏に店を構えている魔族の老婆が経営する店が販売している刺繍糸であることが分かった。
すぐに魔族の老婆の身元が調べ上げられた。一時期的に拘束されたが、老婆が何かをやった形跡はなかったのでいくつかの事を騎士団の目の前で調査させ、その結果すぐ保釈となった。
老婆に刺繍糸の魔力を調べさせたところ、5歴以上前、魔族の女性に針と糸を販売したことがあり、その者の魔力と酷似していることが判明した。販売したのは銀貨30枚の魔道具針だったため、また魔力値が高かったこともあり魔力登録はさせてもらったが、こう言った現象が具現化できるほどの針ではなかった、とのことだった。一般の手芸屋での針や糸と比べるとそれでも高価に思えるが、この店での銀貨30枚は良質な子ども用高級魔道具針ぐらいの物らしい。
一方、今起こっていることが可能な針は数十歴前に獣人族の少女に金貨3枚で売った特殊かつレアな素材で出来ているものだろうとも言っていた。だが、魔力登録した獣人族の魔力は弱く、刺繍できはするがあの獣人族では普通の針を使う方が良いぐらい無意味だった、と言っていた。魔力登録する以上、獣人族の少女しか使えない上に、あの魔力値じゃ悪さをしようにも出来ないはずだから売ってやった、とも。
魔力を再登録したら可能ではないのか?と考え、魔道具の魔力再登録を行なっている世界全地の教会の帳簿を調査したが、魔力針の再登録を行なった形跡はどこにもなかった。それもそのはず。魔力の再登録は新しく購入した方が安いことがままある。
物にもよるが、金貨3枚のレア素材の代物であれば、再登録を可能とする相応の素材が必要になる。それこそ素材を揃えるのに金貨3枚、再登録手続きにさらに金貨3枚と言った具合にである。その上、魔道具の製作者と登録者しか知り得ない方法で再度魔力登録手続きをする必要があるのだ。
だから新しく買った方が良い時もあるが、販売者がなんらかの理由を持って売ってくれなかった場合は中古で買うしかない。しかし魔力登録者が死ぬようなことがあった場合や、所有を放棄すると魔道具に伝えたり素振りを見せたりすると魔道具の効力が失われる物が多い。この針もそうだった。
だからあくまで、譲渡、それも好意的な譲渡でなければ売り買いも難しいのだ。
だからこそ値打ちのある針だろうとも、比較的に安く販売されていた。
魔道具針は誰でも製作できるが、品質が製作者によって異なる。老婆が作る針は品質が高い事で名が通っている。これほどの効力を発する針を作れる者は、老婆の針しかないだろうと誰もが思っていたが、老婆以外の製作者の可能性もゼロではない。その結果、老婆は証拠も理由や状況も不十分で釈放されたのだ。それ以上、針の出所については辿ることができなかった。
それ以来、老婆の製作物の評判は落ち、今ではだいぶ安くなったらしいが、それでも購入者がかなり減少したらしい。
安くしたものの、今度は邪な考えを持った者が来るようになり、針を販売するに値するものをかなり厳選しているとのことだった。引き続き刺繍糸は販売しているらしい。
それからは違う獣人族の防具に変更されたが、それでも体調不良者は出続けた。噂では半年前の冬コートにもあったらしい。
獣人族や魔族への輸出入が減少し、関係も悪くなった。その間妖精族は中立の立場を貫き、あくまで傍観の姿勢を貫いた。とは言え、妖精族が全く被害を被っていないわけでもなく、種族間移動の自粛もあり、旅行者の減少によって観光産業が打撃を受けた。
それを理由に次に被害に遭うのは妖精族かもしれないとして、対策を打ち出した。旅行者も少なくなったことで改修作業に入ることが容易になったことも相まって、防衛を強化したのだ。
また、危機に備えて他の種族が妖精族の薬を買い漁り、品薄になったことで薬の値段が高騰した。そのお陰で観光産業は落ち込んだものの、財政は安定しているようだ。
3暦前の事件以来、4種族間の関係はあまり芳しくない。
「事件に巻き込まれていないと良いけど……」
色々と思考を巡らしていると、ベルが鳴った。
チリン
執務机の上の音伝令が音を立てている。
「誰だ?」
音伝令に向かってアイザックが答えると、相手はデリヴァン副ギルド長だった。
「俺だ。」
「エドワードか。どうした?」
「運び屋が下に来てるぞ。」
「分かった、今行く。」
たとえ副ギルド長でも二階には許可がないと入れない。そのため、音伝令でやり取りをする。
下に降りるとギルドの、待機席に気配を消して座る、薄汚れた男が座っていた。フードを深く被っているので、顔がよく見えない。
アイザックはエドワードに目配せすると、アイザックが思った男にエドワードも目線を移動させた。
エドワードに頷きだけで答え、アイザックは男が座る席の前に立った。
「運び屋はあなたですか?」
「へい。ギルド長さんでして?」
「はい、カポルネと言います。運び屋さんが私に何かようですか?」
「クロリア地の伯爵よりお手紙をお預かりしておりまっさ。」
クロリア地は国の管轄で、ギルドは一切管理していない。なぜなら、クロリア地一帯は死者の地だからだ。
人が亡くなると、3日以内に葬儀が行われる。この3日以内に亡くなった者は死者へと体の構造が変化する。構造が変化した遺体は自我なく動き出す。葬儀の日程はたとえスラムであっても厳重に守られている。
万が一、3日以上捨て置かれたしまった場合、遺体は死者となって暴れ出す。森であれば魔獣に食われるなどして処理されるが、これが街中だった場合、直ちに憲兵が周囲を包囲し、その後騎士団が派遣され、ネクロマンサーの到着を待つことになっている。
そうして行われた葬儀は教会が取り仕切る。この教会も国の管轄である。教会に収容された遺体は神父が状態維持魔法を使って出来るだけ死者になるまでの時間を稼ぐ。アメリゴ都市にはいくつか葬儀を行う教会があるが、この辺りだと一番大きいアメリゴ教会で葬儀は行われている。
親族や友人などが弔ったあと、即座に死体の運び屋がネクロマンサーの地へと運んで行く。ちなみに運び屋も国の運送業者だ。
人の死は全て厳重に国が管理しているのだ。
国の管轄事業だからと言って、全くギルドと関わり合いがないかというと、そうでもない。主にギルドからではあるが、情報提供を行う事がある。そう、例えば先ほどの事件もその一例だ。国管轄であるため、国からも情報は提供されているが、ギルド側の視点で情報提供することになっている。従って、基本的に国管轄の事業とのやりとりはギルドの一方通行なのだ。
だからなぜクロリア伯爵がアイザックに手紙を寄越したのか、意味がわからなかった。
「クロリア伯爵が私に手紙を?なぜ?」
「それは手紙に書かれとりますぜ。とりあえず今読んでいただきやす。」
手渡された手紙を受け取ると、しっかりと蝋で閉じられていた。
クロリア伯爵の紋章だ、間違いない。
封を開け、中から一枚の紙を取り出し、文字を目で追う。
『アイザック・カポルネギルド長
リタ・サルヴァドールに仕事を斡旋することになった。今後しばらくは彼女の身をこちらで預からせていただく。従って生活保護の解除と私物があれば運び屋に渡すよう、お願い申し上げる。
レイズ・クロリア』
「はあああああ????」
手紙は挨拶文などもなく、要件だけを伝えた非常に簡潔なものだった。
リタがこの世界に落ちてきて、まだ二週間経たないぐらいで既に仕事が見つかると思っていなかったアイザックは驚愕した。
「衣類は本日回収させていただきやす。明日遺体があるか確認してから出発しやすので、先にお嬢さんの部屋に案内してくだせえ。」
「それは駄目だ!!!」
「困りやす!伯爵の専属運び屋から外されちまいやす!」
「私が直接届けます!馬車を後ろから付けてついていきますので!それで良いですね。」
「いけませんカポルネ様!伯爵の領地の通行許可がありませんぜ!」
「私は彼女宛の王宮からの手紙があります。ご存知でしょうが、王宮からの手紙は本人に後見人からの手渡しが原則です。私はまだ彼女の後見人ですから。」
それを聞いてぐぬぬ……と運び屋は言葉を詰まらせた。
それをイエスと取ったアイザックはヴァンピーロに馬車を引かせてクロリア地へ行く算段を付けた。
「明日の何時に発つんです?」
「一時にこちらを出て、遺体があれば4時には必ず間に合わせて行きやすが……何か言われたらカポルネ様に弁解していただきやすからそのおつもりで。これで私が専属から外れやしたらカポルネ様に責任を取っていただきやす!!」
「わかった、私がその時は責任をとろう。一時にアメリゴ教会ですね。ではこれで失礼させていただきます。」
アイザックがその場を離れると同時に、恭しく運び屋が去った。アイザックは早速エドワードを呼んだ。
「急用ができた。一泊二日でクロリア地に出張する。その間ギルド長代行を頼む。」
「クロリア地?!どうした、何かあったのか?」
「王宮からの手紙を渡しに行くことになった。今日仕事が終わる前に声をかけてくれ。万が一、二階から来客があった場合、客室にお泊まりいただいてくれ。権限を一時委譲する。」
誰に手紙を渡すとは言わなかった。まだ異世界人について詳しくエドワードには説明していなかったのだ。場所もギルドの一階だったので、濁さざるを得なかった。でも自分に何かあった時のために、いずれはエドワードにも話して置かないといけないな、と頭の片隅で考えた。
二階から来客とはなんのことだ?と一瞬ハテナを浮かべたエドワードだったが、そういうこともあるのだろうと受け流した。
「わかった。気を付けていけよ。」
「ああ、分かってる。じゃあ、もうしばらく仕事をする。」
2階に上がり、執務机に座り、一息をついた。仕事帰りにリタの部屋に寄って、荷物をまとめるのを忘れないようにしないと。
メモを取り出し、走り書きをしておく。
「なんで急にクロリア地へ?かなり距離があるはずだ……何のようがあって行ったのだろう?どうやって?」
アイザックは執務室の棚から取り出した合鍵を目の前にぶら下げ、じっと見つめながら呟いた。
評価もいただけると嬉しいです!!よろしくお願いいたします!!!




