お家に帰りましょう
レイズが家で昔を思い起こしながら葛藤している頃、一方リタは飛ぶ練習をしながら帰っていた。
もう初めてじゃないもんね!魔力を大して使わないで飛べるはず!
「はためけ私の羽よ!『飛翔』!これでどやー!!」
ふわっと体が浮かび上がった。背中を見ると羽がハチドリのような動きをしている。
「キターーーーー!」
そのまま上昇できそうだったので、『上昇』と口にした。木の上まで上昇すると、森の終わりがかろうじて確認できる。
「このまま関所までレッツゴー!」
あまり早く飛ぶとまた魔力が欠乏しかねない。練習でもあるので早歩きぐらいの速さで飛ぶことにした。
上昇にも魔力を使っている気がしたので、上昇もやめて普通の人の頭の高さあたりに調整しようとして、少し考え込んだ。
リタは165cmぐらいで前世と変わりがない。アイザックは185cmぐらいで、かなり長身な気がする。レイズは178cmぐらいで、多分180cmはないと思う。この世界の人の平均は173cmぐらいだろうか?センチメートル単位はこの世界では何ていうんだろう?
まあ、いっか。
リタは人の頭がある位置ぐらいの高さで浮遊することにした。
「このまま3時間ぐらい飛べば関所には着くかな?」
景色を楽しみながら、ひたすらリタは飛び続けた。時折果実が実っている木があったり、魔獣らしきものが見えたりした。道を外れると山の中に入ってしまうので、きっとここは魔獣の住処にもなっているのだろう。アメリゴ都市にとても近いのに、自然が豊富な素敵な土地だと思った。
絶対後日お礼に来よう。その時は手紙を書いて、一泊させてもらっちゃおうかな!ワンピースも置いたままだし。今からすでに次の来訪が楽しみだ。
飛び始めてから1時間ぐらいして、途中、湖を発見したので休憩を入れることにした。
「綺麗!すごく透き通ってる!」
湖は真っ青で、深い所も透き通って見えるせいで実際の深さが分からないほどだ。
汗もかいてきたので、水浴びしたい気分になってきたリタは、もしかしたら、乾燥とかできるんじゃないか?と思いついたので、自分の腕で試してみることにした。
乾燥は間違えると腕がミイラになるかもしれないので、水滴の蒸発を試みる。
腕を湖につけ、濡らし、腕に向かって詠唱した。失敗するのが怖かったので、イメージを入念に膨らませる。
『水滴蒸発』
成功だ!次はワンピースの裾を濡らして衣類にも有効なのか確認だ。
「ワンピースが乾いた!やった!」
またもや成功したリタは歓喜した。
「完璧!じゃあ、ここまできたら、衣類消失後すぐに水着!ポシェット防水!」
一瞬たりとも裸を晒すことなく実現した水着にリタははしゃいだ。リタはこの時全く意識していなかった。初めての魔法の連発と、細かな指定の魔力消費がどれほどなのかを。
「イェーイ!水浴びだー!!!」
しばらくはチャプチャプして遊んでいたが、物足りなさを感じ、平泳ぎし始めた。楽しくなってきたリタは、水の中を腕で泳ぐ代わりに、魚のように羽を動かして進めないかと考えた。
リタの行動は早かった。
水に入ったまま思考を巡らし、リタが思いついたのは人魚だった。人魚であれば空気も必要ないし、泳ぎも優雅だ。リタはそうイメージを明確にすると、詠唱した。
『マーメイド!』
顔を水につけると、ゆっくりと息を吸い込もうと口を開けたが、水が口に入ってくることはなかった。いける、と踏んだリタは勢いよく水に潜った。
再度空気を水中吸う動作をすると、咽せることもなく、難なく呼吸ができた。次に、羽に意識を集中させ再度マーメイドをイメージしたが、うまく進まない。
もう一つイメージを膨らませるか。
水中で詠唱が出来るかの確認も含めて、『水中遊泳』と言ってみた。
詠唱も無事可能であることがわかり、リタはまるで空を飛ぶかのように、水中をスイーと進むことができた。
「楽しい!魔法最高!!」
イメージさえあればなんでもできる、その事に感謝した。前世で培った知識がこうして役に立つとは。だてに30年乙女をやっていない、と誇らしくなったリタだった。
しばらく水面付近でグルグルと湖を周回していたが、湖の中央で水深に岩の盛り上がりがあるのを見つけた。
なんだろう?と興味を惹かれ、水中深く潜ると洞窟が見えてきた。
「遺跡とかなのかな!やーん、ロマンが止まらない〜」
思わぬ出会いに喜び、警戒心なくぽかんと空いた闇を覗き込んだ。特に何も無さそうだったが、せっかくなので奥に進んでみることにした。
スイスイと中に入って行ったものの、中はゴツゴツした岩しかなく、遂には行き止まりになってしまった。
「なんだ残念、引き返そう」
行き止まりの岩に触れ、くるっと身を翻そうとしたその時。
グラリ
岩が動いたのだ。
既に岩を後ろにして顔は前を向いていたので、手の感触を確かめるべく、後ろの岩に振り返った。
ギョロ
ただの岩だったはずのそれに目があった。しかもその目を自分の手が掴んでいた。
「ウゴロロロロ!!!!!!」
岩の魔獣はリタに目を突かれ、雄叫びを上げた。
急いでその場を離れ、魔獣が目の痛さにのたうち回っている間に、洞窟の入り口へと急いだ。不慣れな泳ぎは遅く、歯痒いことに思い通りに進まない。懸命に羽と腕を動かした。
リタを攻撃してくる外敵と見做した岩の魔獣は目を血走らせ、大きく開けた口の中はサメのようで、おびただしい数の鋭い牙が見えている。
「いやー!!!!!無理ー!!!!ごめんなさい!!!!こないでー!!!」
そうは言っても岩の魔獣は縄張りを荒らされた挙句、攻撃してきたリタを完全に敵認定している。外敵を食らおうと大きな口を開けて、後ろから魔獣がすごい勢いで迫ってきた。
詠唱で泳ぎのスピードはあげられるのだろうか?
何でもいいからとにかく詠唱だ。
『水中クロール!』
遊泳時より少しは速くなったものの、魔獣のほうが泳ぎは速く、距離が中々開かない。洞窟は思った以上に深く、洞窟の入り口も中々見えてこない。
魔獣は徐々に距離を詰めて来ていた。さっきまで今すぐ食らわんとし、ぽっかりと開けていた口は閉じられ、食うよりもまずは距離を詰めることを優先したようだった。
声をかけてみたら理解してくれるなんて都合の良いことないかな?
「悪気はなかったの!!!食べないで!あ、そうだ!!あれ!なんだっけ!!あれあれ!!えっと!!」
ダメだ、言葉は理解してもらえそうにない。
もうすぐ後ろまで岩の魔獣は迫って来ている。魔獣の口がまた大きくパカっと開いた。
『水中ジェット!!高速!』
詠唱した途端リタの泳ぐスピードが上昇し、勢い良く洞窟を抜けると、そのまま水面から飛び出てしまった。
「キャーーーー!!」
叫び声と共に、砲丸のように水面から打ち上げられ、落下したリタは地面に勢い良く打ち付けられた。
「ドロドロ〜……せっかく水浴びしたのに……マーメイド『消失』」
しかし、ドロを落とすためにまた湖に近づく勇気はなかった。もしかしたら水中で待ち構えているかもしれない。
仕方なく魔法でなんとかしようと思い、『汚れ洗浄』を唱えた。シャワーを浴びなくてもこうすればいいのかと思いついた瞬間だった。
『ワンピース、下着、靴』
湖に懲りたリタは水着から服に着替え、トボトボ歩き出した。
嫌なことというのは立て続けに起こるものなのがこの世の不条理。
ポシェットがグッと質量を増したのだ。
「あー、嫌な予感がする。」
案の定、インベントリに入っていたはずの中身が全てポシェットに収まっていた。
ゴボッ
「え?まさか、こんなとこまで墓地なの?」
ゴボゴボ
「嘘、嘘でしょ!インベントリ!魔力袋!袋!」
リタの背後で土が盛り上がり、関所に向かう道を阻んでいる。
ズボッ!!
「もういやーーー!!!!!」
ここも墓地ならば、死者がまだ出て来ていない土の間を抜けてまで関所に向かっても助かる見込みは低い。関所まであとどれぐらいかかるか分からないのに、走り抜ける自信はなかった。
どこに行っても同じだと判断し、それならば元来た道は距離も場所も分かるので、戻った方がいい。幸い死者はリタが近づいた後に起こされるようなので、道を戻るしかない!
リタは急いで来た道を戻ることにした。
目標地点はレイズの屋敷だ。
「キャー!だから、こないでってばー!」
抵抗を示すために大声で死者に向かって叫んではみるものの、怯む様子はない。
最初は全力で走っていたリタだが、最後尾との距離が開いて安心してきたのもあって速度を緩めたときだった。そんなに早く走らずとも、死者の歩みはリタの速さに連動している事が分かった。
軽いランニングをする程度で走れば、死者も同じぐらいか少し遅い程度で後を追ってくる。ゆっくり走れることがわかったとはいえ、走った側からボコっと死者が現れ、死者の長い行列をリタはさながらハーメルンの笛吹のように作り出していた。
すると最初に靴が消失した。
「まずい!魔力で紡いだから私の中でプライオリティが低い順に消えてってる!」
幸い道は柔らかい土で、綺麗に整備されており、石ころが全く落ちていない。誰がこんな山深い道を整備しているのだろうか?もしかして夜に死者が……?
夜な夜な死者が黙々と道を整備しているのを想像すると、なんだか滑稽に思えてきて、死者になってからも働くんだなー、と呑気に思った。
しかしそんなことを今は考えていても仕方がない。
「このままだといつワンピースが消えるか分からない!まずい!心なしかワンピースが透けてきた気がする!うえーーーーん!!!」
悠長にしている場合ではない。墓地を全裸で走る痴女にはなりたくない!レイズの元にたどり着いても全裸だったら助けも呼べない。
今度は出来る限りの全速力で走り出したリタだった。




