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異世界に落ちた日

じっと体を強張らせ、固まっていると発火現象が終わっていることに気がついた。火傷しているかと思った手足を視認すると、そのような傷跡はなく、ただ日焼けした時のように全身がヒリヒリと痛む。


一先ず肩で息をする様にひたすら酸素を体に取り込んだ。

徐々に痛みが治まってきて、ようやく辺りを見渡す余裕が生まれた。


「ここは……?」


周囲に誰もいないことは確認できる。壁も床も白い、約20畳ほどの空間が広がっている。部屋の端中央に重厚感のあるドアだけが存在している。ただしそのドアにドアノブはない。そして窓もない。


私はというと、床に直接書き込まれているらしい、複雑な形に光る模様の上に座り込んでいた。部屋の中央に、一人か二人座れるぐらいの大きさのそれは、じんわりと青く光っている。


もう日焼けのような痛みも消えていた。一体あのホームレスは何だったのだろうか?なぜ私がこんな目にあっているのだろうか?疑問は尽きない。


とにかく今どこにいるのか確認しなければならない。もう夜も遅く、明日の仕事は休みだが、家に帰りたい。眠い、疲れた。

早くここから出なければ。


カチャ


自分の考えを見透かされているかのようなタイミングで開けられたドアに驚き、悲鳴が出そうになったのをぐっと堪えた。


最初に目に入ったのは赤い髪だった。しかし逆光になっていて顔がよく見えない。


「やあ、異世界人さん。お加減はいかがかな?」


異世界人ってなんだ?


コツコツと靴を鳴らして、部屋の中央でへたりこんでいる私に男は躊躇なく向かってきた。先程の痛みはこいつが元凶なのか、それともこの部屋によるものなのか。いつの間にこの部屋に連れてこられたのか。

警戒して何も言わない私に向かって彼はなおも言葉を続ける。


「君が今座っているそこ、魔法陣っていうんだけど、それに何かものが落ちると私に連絡がいく仕組みになっているんだ。便利だろう?」


ようやく見えた彼は端正な顔立ちをしていた。


なんだ、この秀才系イケメンは!!!


眼鏡の奥に見える瞳は茶色。服装はまるで18〜19世紀、ロココ時代かそれ以降のヨーロッパ貴族のよう。年齢は35歳くらいだろうか?


しかし顔にほだされてはならない!気を引き締めるんだ!


「以前はすぐ寛いでもらえるように、本棚やソファなどの家具があったんだけどね。自分の置かれた状況に混乱して暴れた人がいて、それ以来何も置かなくなったんだ。」


なるほど。どうりで家具らしき物が何もないわけだ。ふむふむと頷く。


警戒していることが悟られないよう、幾分か表情を和らげて優しく尋ねた。


「ここはどこですか?あなたが私をここへ?」


「それは違う。」


冷静なタイプかと思いきや、少し焦ったように否定した。


「君のことは誰も攫ってなどいないし、危害を加えようとしたのでもない。ましてや火を放つなどと言う愚行もしたことない。しいて言うならば、君はこの世界に落ちて来てしまったんだ。」


こいつ、何で私がさっきまで焼かれていたのを知っているんだ。落ちてきた?確かに無重力空間を浮遊した後、この床に落ちた感覚はあったが、私は駅からの公園を抜けて、コンビニに向かおうとしただけである。


「あなたは何か知ってるの?!やっぱりあなたが何かしたんじゃ……!」


一気に私の警戒レベルが上昇する。


「そんな顔しないで。君のような先人たちから聞いただけだよ。」


荒ぶる動物を落ち着けるかのように掌をこちらに向けて、どうどう、と彼は呟いた。


「とにかく、ここは君がいた世界とは異なる世界なんだ。今はまだ納得も理解も出来ないだろうから、とりあえず話をしない?」


確かにこいつは怪しいが、今いる場所も分からなければ、自分の身に起こった事も理解できない。話を聞くだけ聞いてさっさとここから出て行ってやる。

まずは状況の整理だ。


「他にも私と同じ事が起こった人がいるの?」


「そうだね、君が来た世界からこっちへ抜ける時、分厚い空気の層に当たらなかった?どうやらそれがここの世界とそっちの世界の境界線のようだよ。世界線を越える時、元いた世界の体ではこの世界に適応できないためなのか、理由は分からないが、体の仕組みが作り変えられるのではないか、と考えられている。その際に体が発火するのではないか、と先人は言っていた。」


その説明の筋は通っているように聞こえる。その上、こっちが説明してもいない実際に先ほど起こった出来事も知っている。もしかしたら、本当にここは異世界なのか……?


「ところでさっき先人と言ったよね?その人達には会える?」


「残念ながらそれはできない。君たち異世界人は保護対象だからね。守秘義務もあって、理由なく他の異世界人と対面させることは禁じられているんだ。」


それはそうだろう。ただ同じ異世界人というだけで赤の他人にそう簡単に会わせて貰えるわけがない。納得したような顔をした私に彼は少し安心したようだった。


「見たところ君の種族は妖精のようだね。羽は生えていないようだから、それもなんとかしないとね。とりあえずついてきて。今後のことを説明しよう。」



はて、妖精と聞こえた。


「妖精?誰が?」


「君が。」


真顔でじっとイケメンに見つめられる。


やだ照れちゃう!……じゃなくて!



は?妖精?私が???年齢イコール彼氏いない歴、30歳OLをやっていたら妖精さんになれる世界はここですか?

どこかで聞いたことのある設定ですね。



ポカンとした顔の私にクスッと笑い声を漏らすと床にまだへたり込んでいた私を立ち上がらせるべく、手を差し出してくれた。


「私の名はアイザック・カポルネ。気軽にアイザックと呼んでくれて構わない。」


差し出した手で私を引っ張り上げ、そのまま私の手を、自分の手の甲の上に乗せた。


確かにアイザックの服装も今時見ない服装ではあるし、エスコートの文化なんて日本にはない。どう見ても相手は外国人で、話している言葉は日本語ではないのに理解ができてしまう自分にも違和感がある。


ここはとりあえず、別世界に来てしまったとして、話を進めよう。エスコートの文化があることに内心動揺しながらも冷静を装い、何とか体裁を保った。

別にエスコートされてドキッとなんかしてないんだからね!いや、ちょっとはしたかもしれないけど、大人な私はこれくらいでは狼狽えません!


「ありがとう。私の名前は」と言いかけたところで、言葉が続かない。自分が誰で何者なのか、名前も覚えているのに言葉にならない。

ハクハクと息を吐く私にまたクスッとアイザックは笑いかけた。


「大丈夫。名乗れないのにも理由があってね。あとで説明するよ。」


開けっぱなしにされていたドアを抜けると赤いカーペットが敷き詰められた廊下に出た。等間隔に壁からランプが取り付けられており、一つ一つが煌々と光っている。エスコートに従ってアイザックについて行くと、一つの部屋に辿りついた。


「私の執務室だよ。ここで君の手続きをしよう。」


アイザックの手の甲から自分の手を離すと、部屋の中央に用意されていたソファに座るよう、案内された。カーテンが閉じられていて分からないが、ランプに光が灯っていたこともあり、あれから時間はそう経過していない事が予想される。


アイザックは私が座ったのを確認すると、執務机の引き出しを開けた。

いくつかの書類と筆記用具、そしてガサゴソと音をさせて他にも何かをいくつか手に持って私の座るソファの向かい側のソファに腰をかけた。


アイザックは手に持っていた書類の一枚をペラっとお互いの間にあるテーブルの上に置いた。


「疲れているでしょう?早く済ませてしまおう。まずは名前だね。ここに名前を書いてみて。前世での名前はここでは浮いてしまうから、うまくこの魔用紙が改変してくれるよ。」


ここ、と指を刺された場所には名前記入欄以外にも項目がある。これから埋めていくのだろう。


恐る恐る、渡されたペンを使って漢字で名前を書いてみると、意志を持っているかのようにうねうねと幼虫のように文字が動き出した。


ふわっと紙から文字が離れ、漢字が分解される。線に分解された漢字だったものが、この世界の文字へと変化するのが分かった。


ペタリ


漢字が書かれていた場所に文字が貼り付き、魔用紙に名前が青く光った。


「君の名前は、リタ・サルヴァドールに決まったみたいだね。よろしくね、リタ。」


「リタ・サルヴァドール……」


呟いた名前がじわりと自分に浸透する感覚があった。ああ、私はリタになったんだな、ということがすんなりと理解できた。


「君はこの世界にたった今、認識されたんだ。普通は産まれた時に教会でこの手続きを子の親が行う。世界が認識していない名前は、この世に存在していないものと扱われる。だからさっきは名乗ることが出来なかったんだ。」


そんな仕組みは日本にはない。やはりここは異世界なのか?


「生まれてすぐ親に捨てられてしまった場合はどうなるの?」


ふっと疑問に思ったことが口からもれた。


「その場合、孤児院が代行することになる。里親が見つかるまで仮の名称が与えられるんだよ。里親が見つかったら、再登録をする。名前の登録が出来る者は限られていて、私のようなギルド長教会の神官長、あとは各種族の族長だけなんだ。」


「もし、孤児院に行き着くことがなかったら、どうなるの?」


「そんなことが起こらないように憲兵が街を巡回している。憲兵にも見つからず、孤児院にも行き着けなかった子は多くの場合、道端で野たれ死ぬ。だからこの世界には、この世界に名前が認識されている者しか生きていないよ。」


名前のシステムは理解した。でも名前を世界に認識されないことのデメリットはなんだろうか?


「名前が名乗れなければ、対話する相手が困るのは分かるけど、他には何かデメリットはないの?」


アイザックは鋭い、とでもいうかのように、リタに人差し指を向けた。


「種族の力が発揮できないんだ。」


「種族の力?」


「そう。それは今から見せてあげるよ。さて、書類の次の空欄を見て?ここに種族が記載されるんだ。けれど、その前に、鏡を覗いて自分を確認してごらん?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観がしっかりしている。 [気になる点] 異世界、と確定した訳ではないと考えているはずが、現実に存在していないはずの魔法陣を魔法陣と認識している。 サブカル系に造詣があるという前提が書か…
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