レイズが伯爵になった経緯
玄関までリタを送り届けると、レイズは一息ついた。
起きがけで既に一仕事を終えた気分だ。
「行ったか……目覚めてからは、嵐のような奴だったな。」
ダイニングテーブルに戻ると、テーブルに置かれたままのシャツが目に入った。シャツを掴んでなんとなしにスンッと息を吸い込んで見ると、客室に常備してある石鹸の匂いがほのかにシャツから香った。
思った以上に俺は嬉しかったみたいだな。
一人自虐めいた苦笑を浮かべた。
『今リタは俺の家の匂いを纏っているのか』と思うと、何だか胸がキュンと締め付けられた。
俺は寂しいのか?
今まで死体を埋葬しに来る運び屋以外、殆ど足を踏み入れた事のない土地に、突如現れた妖精族。いなくなってこれ以上危害は加えることはないことに安堵はすれども、寂しいなんて。
それはないな。
レイズは頭からその考えを振るい落とした。
そして、これはいきなり存在感がなくなったことによる虚無感であり、あいつがいなくなったことによる感情じゃない、と自分に言い聞かせた。
レイズが伯爵になったのは、能力が目覚めた十五歳の時で、学院に通って魔法を学び始めたばかりの事だった。元はアメリゴ都市の隣街、カナノク街を治める子爵家の次男で、上に兄が一人、下に妹が一人の三人兄妹だった。
人族は身体的負担を考慮し十五歳になると能力を目覚めさせる。それを前にして自分で目覚めさせてしまう者も中にはいるため、十五歳を迎えるまでは主に魔法は座学の授業のみで進められる。
早熟な者はいるものの、多くは学院での儀式を通じて開花させるのだ。平民のほとんどは魔力を持たず、魔法を行使できるのは貴族の証でもあった。よって、学院には貴族の子息子女しか通っておらず、小さな社交界でもあった。一応学院では爵位は関係なく、平等を謳ってはいたが、卒業後はここでの繋がりが自分の今後に繋がる事が多いため、皆発言は慎重だった。
大多数と同様、レイズが能力を目覚めさせたのも、その儀式だった。世襲制ではないネクロマンサーと言う能力は誰にでも発現する可能性がある。死者を操ると一般にも周知されていたが、なぜネクロマンサーは死者を操れるのかは秘匿されていた。
怖がられはしても一応感謝される存在ではあったのが幸いだ。どのような能力が発現するかわからない以上、儀式は慎重に行われた。
儀式が行われることが決まっていたその日、朝からレイズは嫌な予感がしていた。
学院前で馬車を降りてすぐ、他の馬車に轢かれて死んだ犬が、レイズが近づくといきなりピクピクと動き出したのだ。内臓が飛び出て、頭蓋骨まで割れ、脳みそも見えているのに、ふらふらとレイズに向かって近づいてきたのだ。
驚いたレイズは学院に逃げ込んだ。校舎に入ってから後ろを振り返ると犬はまたどさっと体を横たえた所だった。
廊下を歩いて自分の教室に向かっている最中も、窓にへばりついて、ぺしゃんこになった蛾が動き出すし、散々だった。
そうこうして儀式の時間になると、教室から1人ずつ名前が呼ばれ、一人終わるごとにまた名前が呼ばれ、戻ってきた生徒が、炎の属性が強いだとか水の属性が強いなどと言って喜んでいる中、自分の番がやってきた。
「レイズ・クロリア、魔法陣の上に立ちなさい」
呼ばれてやってきたのは、魔方陣以外は何もない、だだっ広い部屋だった。
「十五歳を迎え、徐々に魔力も高まり、能力が開眼し始めていることだろうと思う。この儀式は、魔法陣で一気に能力を解放し、今後はその熟練度を上げることを目的とする。私の詠唱が終わったら、目配せするから、その時に自分の名前を言うように。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
レイズの返事に頷きを返し、教師が詠唱を始めた。
『偉大なるカイルスは我らに慈悲をお与え下さい。素晴らしきサートゥルの祝福に感謝を捧げる我らに力をお恵み下さい』
教師が目配せしてきたので、名前を言った。
『レイズ・クロリア』
名前を発した瞬間、魔法陣が紫色の光を放ち、レイズは光に飲み込まれた。紫色に発光する魔方陣からは、無数の白い手が飛び出してきた。白い手がレイズの全身をペタペタ触れ、覆いつくすと、我らが王よ、と何人もの声色で部屋中に声が響いた。声が止み、白い手も魔法陣に吸い込まれていったと同時に、光も収まっていた。
それを見た教師は腰を抜かしていた。カタカタ震えながらも、顔は興奮で上気している。
「まさか自分の生徒から、ネクロマンサーが生まれるなんて!!すごいぞ、お前は凄い!!やったー!!!さあ、お前は今から行くところがある!」
教師は自分の事のように喜んでいるが、レイズは状況が飲み込めていなかった。レイズがまだ開眼した能力について戸惑い立ち竦んでいる傍ら、
「すぐに王宮に行くぞ」と教師はレイズの手を引っ張り、馬車に飛び乗った。王宮に着いてからは教師が何やらいそいそと手続きをしてくれて、気がつけば王様の前に立っており、即座にその場で誰も治めていない領地と爵位が与えられ、報酬として月々金貨6枚が国から支給される事が決定した。
その領地は山が深く、整地しなければ使えなかったので、放置されていた土地だった。月々の報酬で今後は全てを賄い、整えていかなければならない。
ちなみにアメリゴ都市はヨトック地という地にある。ヨトック地の西側はマシャーナ地だ。南側に与えられたレイズのクロリア地の前はただの山で誰の領地でもなかった。高い山をいくつも越え、そのまま南へひたすらいくと、妖精族の国がある。
これまでアメリゴ都市周辺で亡くなった全ての死者は、隣領地のマシャーナ地で扱われていた。死者の人数が増えるほどネクロマンサーの負担が大きくなるため、新たなネクロマンサーが生まれたことに、マシャーナ地のネクロマンサーと、アメリゴ都市近くの王宮に住む王族は非常に喜んだ。
王様に挨拶してからすぐ、隣の領地へ馬車が走らされた。教師とは王宮で別れたので、馬車には王宮からの使者1人とレイズだけが乗っていた。
隣の領地の屋敷に着くと、中年のネクロマンサーが現れた。王宮からの使者が何か言うと、隣の領地が扱う三分の一の死者も貰い受けることが勝手に決まった。マシャーナ地のネクロマンサーは既に魔力の限界を感じていたのだ。
それ以来、十八歳になるまで一般魔法教養を学院の授業で皆と学び、長期休暇は分け与えられた死者を魔力袋に収納し、隣の領地へ出張する日々を送った。
しかしこれを機にレイズは家を出て、1人で暮らすことになった。ネクロマンサーになってから今もたまに手紙のやりとりはしているが、両親や兄妹とは1度も会っていない。手紙には会いに来いとあるけれども、レイズが動くと言う事は、同時に死者が動くことでもあった。しかしそれを説明するのは禁じられていたため、のらりくらりと両親の言葉を躱し続けた。
ネクロマンサーが差別に遭うことを考慮して、王族が命じていることだった。従って一般の人々は、死ぬと死者になり、墓地で魂を清めてから天に昇ると言う知識はあっても、どのようにして魂が清められるのかは秘匿されているので知らない。ただ、ネクロマンサーが自分達が死者になった後は世話をしてくれる、その為にネクロマンサーは死者を運ぶ目的で動かすことができ、ありがたい存在である、という認識だった。
死者は亡くなると生きていたときの罪を死者の王の命令に従い、その者に仕えることで、魂を綺麗にする。十分に綺麗になると、肉体が朽ち果て、肉体に囚われていた魂が霊魂になる。霊魂は次の段階に移行するため生霊となり、憂いが晴れると、ようやくネクロマンサーによって冥土に送り出されて、また生まれ変わるのだ。
まだネクロマンサーの能力に未熟だったレイズは人に危害を与える可能性を恐れ、行き来できるものを死体の運び屋だけとし、領地をまたぐ者を制限した。特に両親や兄弟は傷つけたくなかったので頑なに来るなと言い聞かした。
レイズはこの地を離れることが難しい。なぜなら、レイズが与えられた死者は皆、一緒になって移動してしまうからだ。一般の人々にそれを知られずに移動したかったら、魔力袋に死者を全て入れ込むしかない。
万が一、移動を迫られた時、魔力袋の容量不足が原因で収納できなかった場合、死者をその場に放置することになる。道標を失った死者は、昼間は活動しないが、夜になった途端暴れ狂い、生者を妬み襲う。そうならないよう、死者はネクロマンサーに管理されるのだ。
万が一に備え、マシャーナ地で修行している間は毎日魔力をほぼ空にして、吐き気や頭痛に耐えて眠る日々を過ごした。
そうする事で魔力量が増えるのだ。とはいえ完全に空にしてしまうと気を失う上、魔力は劇的に伸びても1週間完全に無駄にしてしまう。他の事がマシャーナ地のネクロマンサーから教わることができなくなるし、神父を呼んで身体の健康維持を施して貰う必要があり、手間がかかりすぎて効率が悪い。復帰までに時間も手間もかかりすぎるので、気を失うギリギリまでを攻めて魔力量をひたすら伸ばし続けた。
魔力が豊富でなければ全うできないのは元より、ネクロマンサーは毒への耐性も持っていなければならない。ある程度の能力補正は付くが、それがどれほどのものなのかは、体験しなければ分からない。
万が一死者が疫病などで亡くなっていた場合、被害を被るのはレイズだ。マシャーナ地のネクロマンサーは自分で毒物をかき集め、時には王宮魔術士から仕入れ、耐性を身につけたとのことだった。レイズも先人を参考に、同じ方法を取ることにした。あらゆる毒物を少量日々摂取し、健康からは程遠い毎日を送った。
普通の人族ではありえないほど、また、マシャーナ地のネクロマンサーの魔力値を大幅に上回って、あらゆる毒に対する耐性を獲得した頃には十八歳を迎えていた。
十八歳で学院を卒業後、独り立ちすることになったので、それからはずっと一人でクロリア地に死者を留め、治めてきた。二十六歳の今日まで、最初の数年は月々の支給金と死者を使い、山を切り崩したり、整地したり、屋敷を建てたりと忙しく過ごした。
十五歳から毎日一人だけの屋敷に帰り、死者に埋葬を命じたり、所用を言い渡したりするだけの日々だった。
マシャーナ地のネクロマンサーは良くしてくれたが、ネクロマンサーとしての特殊魔法や、死者の受け入れ方などの手続きや付随業務を教わるだけで、仕事を教わる対象でしかなかった。
だからだろう。人らしいコミュニケーションをしたのは、思えば学院を卒業した十八歳以来ではないだろうか?8年間も霊魂/死者と死体の運び屋だけを扱ってきたことで、人との触れ合いに飢えていた自分に気づかされた。
「あともう一泊ぐらいして行け、なんて言えるわけねーよ。」
ちょっぴりヘタレのコミュ障レイズであった。
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