表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/164

魔道具針を試してみよう!

「シャワー♪シャワー♪」


それにしてもここの部屋、ホテルのスイートルーム並みに綺麗で素敵ー!!!


リタは部屋の豪華さに浮かれていた。テラスハウスとは大違いで、高級そうな家具が配置されているが、華美ではなく、とても落ち着くアンティーク調だった。いわゆる洋館である。


昨日は疲れてすぐ寝てしまったが、まだ本調子でなかったようで、起きたら11時半だった。寝た時間も朝方ではあったが。その前まで一週間、寝ていたのに7時間ぐらいまたしっかり寝てしまったようだ。


起きてからリタはシャワーを浴びることにした。本当は夜にゆっくり1時間ぐらいかけて本を読みながらバスタブにしっかり浸かりたい派だが、ここの所慌ただしく、それが叶いそうにもない。


昨日のワンピースと下着はプレゼントされたものだが、すっ転んだことで汚れてしまった。仕方がないから魔力で紡ぐことにし、初日の緑のワンピースと下着を纏った。


お風呂から上がると喉が渇いたので、霊魂に頼もう、と思いついた。シャワーを浴びても時間はまだ12時前だったので、レイズが起きて来るまで、まだ時間はある。

昼食も取りながら、今なら魔力も満タンな気がするし、試しに縫ってみよう!と思いついた。


老婆のお店でちょっと縫っただけだったので、本当は家に帰ったらすぐ試そうと思っていたのに、今になってしまった。


でもいきなり本番のハンカチは避けたかったので、なにか適当な布がないか、ついでに霊魂に聞いてみることにした。


カチャッっとドアを開けると、青い光が1つふわふわと浮いていた。前も後ろも分からない青い光の球だが、廊下を向いていたかのように、くるっとリタが開けたドアに振り返ったような気が、なんとなくした。


「霊魂さん、霊魂さん、何か飲み物下さいな!あと、レイズはまだ寝てる?」


上下に霊魂が揺れたので、答えは『はい』であると予想を付ける。


「ならお腹も空いたので、先に部屋でいただいても良い?」


またもや上下に霊魂が揺れてからパッと消えたので、このまま待っていたらいいのかな?と同じ位置で立って待つことにした。


すると階段があった方からカチャカチャと音が聞こえた。


用意が早いな!


霊魂の上にはお盆が乗っかっており、お盆には軽食と紅茶のポットがある。その状態でスーッと霊魂はやってきた。


リタの前で止まるのを待ち、お盆を受け取った。


「その上さらにお願いなんですが、布も下さいな!」


クルクル回っている霊魂は、なぜリタが布を欲しがっているのか気になっているような様子だった。布をもらう以上、キチンと説明しようと、練習もあるが、一宿一飯のお礼に、何かを魔道具で縫わせてもらいたいと伝える。


心なしか霊魂が浮ついている気配があったが、納得したようで、またパッと消えた。


手に持っているお盆を室内にあった小さなコーヒーテーブルの上に置いたと同時に、シャツだけが扉から飛んできた。シャツをよく見ると、どうやら霊魂にシャツが被さっているようだった。

 

「うーんっと、ありがとうね。お茶もシャツも持ってくるの大変だったでしょ?でも練習だから、いきなりレイズの着るものには悪いよ」


でも青い光は『これにおなしゃす!』と言わんばかりにリタに押し付けてくる。


まあ、霊魂が良いって言うならいいのかな?と判断したリタは

「失敗したらごめんね?」と伝えた。


それに対して『そんなの、なんてことないっす!』と言っているかようにクルクル回ってどこかへ消えていった。


せっかくシャツを頂いたので、安直ではあるが、レイズのイニシャルを縫う事に決めた。

お皿に乗っていたホットケーキとソーセージ、タスレとリッコブローのサラダを食べながら構図を練る。


刺繍が気に入らなかったら、よく見えるところにあると恥ずかしいだろうと思い、左下の裾の方に縫うことにした。シャツをパンツにインしたら見えないので、ここなら安心だ。


名前はえっとレイズ・クロリアだからこの国の文字でR.Kはこうだな。この国の文字が勝手に理解出来るのは助かった。転移補正が働いているのか。


そうしてご飯を食べ終わってから、早速取り掛かることにした。その前に、まだ針がハンカチに刺さっていたので、先に糸をハンカチから切り離す事にした。


「えっと、『ハサミ』!」


自分の手がハサミになる想像を凝らし、チョキンと糸を切るようにして手を動かした。


思い通りに糸がプツンと切れたので『ハサミ、消失』と唱える。


シャツは白いので、手持ちの刺繍糸ならなんでも合いそうだ。しばらく悩んだ末、レイズと同じ髪の色で、黒にしようと決めた。貰った糸は、黒、青、赤、黄色の4色だった。


老婆がやっていたように針を手に持ち、黒い糸に向けた指を自分に向かってくいっと曲げた。ふわりと浮かんだ糸を次は針穴に通す。今度は針穴を見つめたまま自分の指を目の前でスッと横切らせた。


無事針穴に糸が通ったことを確認すると、イニシャル一つ分の長さの糸を伸ばし、またもや『ハサミ』で末端を切り落とした。これで準備は万端だ。


あとはR.Kと刺繍するだけ。チクチクと縫いながら、レイズが私を助けてくれたように、この刺繍がレイズの助けになると良いな、という願いを込めて縫い込んだ。


「身体安全♪身体安全♪」


お守りに書いてある文言を思い浮かべながらチクチクとシャツに針を刺す。


前回ほど一針が重くなく、疲れることもなかったが、それでもグイグイ魔力が奪われていくのが自分でも分かった。根気よく縫っていくと1時間ほどもしないうちに出来上がり、レイズが起きると言っていた1時になる頃には完成していた。


刺繍は思ったより捗り、魔道具の補正なのか、プロ並みの出来になったことに満足した。針と刺繍糸を箱に入れ直し、ポシェットにいれた。ワンピース類を手に、忘れ物がないか見渡す。


帰る用意が出来たので、部屋にあった食器類の片付けを霊魂にお願いした。レイズが起きてくるまでお茶を頂くこと、挨拶をしたら帰ることを霊魂に伝えた。


ワンピースやヒールを家に持ち帰る前に汚れを落としたかったが、洗浄魔法の発想がなかったリタは衣類を抱き抱えていた。


それに気がついた霊魂は衣類にタックルを繰り返すと、リタが付いてくるのを待つようにして離れては止まり、後を着いていくと離れては止まりを繰り返し、そうして霊魂の後を着いていくと洗濯機の前に連れて行かれた。

洗ってくれるのだろう、と判断し、ワンピースなどをお任せした。


「また後日、お礼に来るから、それまで預かっていてくれる?」


霊魂が上下に揺れたので、ありがとうと微笑みを返し、レイズのシャツだけを手に持って部屋を出ると、霊魂に一階へ案内された。


ダイニングテーブルの椅子に座り、紅茶を飲んでいると、レイズが二階から降りてきた。


「おはよう」


先にリタが声を上げるとギョッとした顔をしたが、昨夜を思い出し、もごもごと挨拶をレイズも返してくれた。


ダイニングテーブルのどの席に座ろうか微妙に迷った挙句、結局リタの目の前に座ることにした。


「お、おはよう。もう昼飯は済ませたか?」


レイズも席に座り、出された紅茶を飲みながら聞いてきた。


「先にお部屋で頂いたよ。感謝します。ところで、実はさっき練習で針を試させてもらったの。少しでもお礼を伝えたくて。霊魂に言ったらシャツを貸して貰えたから、これ、良かったら……」


膝に置いていたシャツをレイズにテーブル越しから渡した。


それを渡されてすぐには何のことか分からず、シャツを片手で眺めていると、左端に小さなイニシャルを発見して、レイズは勢いよく紅茶を吹いた。


「ぶっ!!!!!!ちょ!!!これ!!!!」


「あれ?気に入らなかった?ごめんね。でもレイズの身体安全を願って縫ったの。きっとその想いが縫い込まれているはずだと思うから、変な物じゃないよ!」


「ちがっ!!疑ってるわけじゃ!いや、なんだ。ゲホゲホッ!!あ、ありがとう。」


レイズはまだ咳き込みながらも顔を真っ赤にしている。照れているだけか、とリタはホッとした。


こいつ!やっぱり魔力で刺繍をすることの意味分かっていなかったな!意味を知っていたらこんなことはしないはずだ。


この世界で魔道具の針を使用して、自分の魔力を乗せた糸で刺繍することは時折あるが、普通の令嬢はリタの持っているような特殊な針は持っていないし、使うことすら叶わない。魔力を紡いだところで、リタのように願いを込めることも出来ない上、効果があるものにはならない。

ましてやこれほど上質な魔力を刺繍された衣類など、金貨1枚は下らない。リタの生み出したシャツはもはや王宮魔道士が着用するレベルの防具だ。

また、個人が個人のために自分の魔力を乗せた物を与えるのは、婚約者同士の行為に値する。


シャツに触れているとレイズにのみ適用される守護が働いているのが分かった。


異性相手に女性が魔力を刺繍することの意味をリタは知らないのは分かっているが、それでもリタが身を案じてくれた事がくすぐったくも嬉しかった。


このムズムズした温かい守護感に慣れるまでは着られそうにない。着ているだけで頭がどうにかなってしまいそうだ。


「そうそう、それでね。私思ったんだけど。」


リタは紅茶を飲んでいる時にふっと思いついた事を口にした。


「もしかしたらこの針って、魔力袋に常日頃から収納しておく物なんじゃないかな。」


「ん?どういうことだ?」


貰ったシャツを丁寧に畳み、目の付くところに置いたレイズはリタの考えについて詳細を求めた。


「だって、魔道具針を保管するのに、何か特殊な箱に入れなきゃいけない、とかなら絶対箱も売りつけられていたと思うもの。もしかしたら、この針は肌身離さず持っているのが普通なんじゃないかって思って。魔力袋が盗られるリスクはあっても、何処かに置きっぱなしにしている方がリスク高いし。それに、魔力登録はしているものの、誰かに触れられたら嫌じゃない?」


「なるほど、それで?」


レイズはリタに先を言うように促した。


「ということで今から収納してみます!」


『インベントリ』


現れた本に訝しげな顔をされたが、針をタップして本型魔力袋に収納した状態の針の形をしたアイコンを見せると、納得した様子を見せた。


「どうかな?」


「ふむ、そわそわした気配はなくなったな。」


「じゃあ、今度は消してみるね。」


インベントリを片手に掴んだまま消失させると、針が手の中に残った。


「なんだ、詠唱なしで消失させられるなんて、まだ魔法を使い始めたばかりなのに、やるな。」


「ん?あ、そういえば消失って言わなかったなあー。」


呑気な声を出したリタだったが、本人は無自覚だったのである。


「詠唱は必須ではないが、なしで魔法を行使するのは難度が高いからな。失敗すると無駄に魔力を消費する。詠唱したほうがよりイメージを忠実に再現するから確実だし、魔力を無駄にすることもないからな。慣れた魔法は詠唱しないこともあるが。」


「へーそうなんだ!私は消失させるのは得意なんだ!ふははー!」


得意げなリタにシラっとした目線をくれ、これは絶対消失させてなにかやらかした事があるな、と確信したレイズだった。


「それで、どうかな?」


「ああ、確かにお前の言う通り、出し入れすると気配が消えたり現れたりするな。魔力袋に入っている間はほぼ感知できないぐらいにはなっている。」


「やったー!簡単な事だったんじゃない!やっぱり、普通は魔力袋に物を入れるから、だから注意されなかったんじゃない?」


「まあ、その可能性もあるな。でも一言ぐらい注意しろよ、と思わないか?」


「いいじゃない!解決したから許す!それじゃあ、挨拶も済んだし、これで帰ることにするね!本当にありがとう!」


ガタッ


椅子を引いて、席を立つとレイズに向かってワンピースを広げ、片足を後ろに下げ、カーテシーをする。知識の通りでいくとこれであっているはず。


リタのカーテシーにレイズは頷き、別れを告げた。


「ああ、それじゃあな。」


そう言ったものの、チクッとした胸の痛みに、なんだ?と訝し気な顔をしたレイズだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ