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レイズに異変が起こった理由

「!」


なんだ?と自分の胸を押さえてみるが、鼓動は強くなるばかり。何が起こったのかを確かめるべく、今度はリタの頭を撫でてみた。


突如幸福感に包まれ、まるで恋をしているかのような感覚にレイズは包まれた。


ほわほわした感触に癒される。


どういうことだ?と思い髪を一筋すくうと、思わずリタの髪に顔をうずくめたくなる衝動にかられた。


まずい!なんだこの感覚は!


体がリタに吸い寄せられそうになるのを堪えながら、後頭部の髪をくしゃっと握るだけにとどめた。


そのまま乱暴に後頭部を掴んで自分に押し付けたい……


ダメだダメだ!そんな事できるか!嫌われてしまう!……いや、なんで俺は嫌われること恐れているんだ。最初から良い印象はなかっただろうし、別にいいんじゃないか?


違う違う!俺はなんてことを考えているんだ!でも、今は2人っきりで、夜中には誰も来訪しない。ならばこのまま……


レイズは自分と戦っている。


「んっ……離して……っ!」


後頭部を掴まれたままのリタは、体が動かないのでそれに抗うように言葉を紡いだ。


「ああ!!す、すまん!」


言葉とは裏腹に、リタの後頭部を握ったまま、自分の胸元へリタの顔を押し付けてしまった。


離して、と言われたのにまだ髪を握っていたことにようやく気がつき、慌ててパッと手を離した。


両手が空いてしまい、行き場を失ったレイズの手は、リタの背中に当てられた。


「!!!!!!!」


なんということだろう。抱きついてしまったことで、心がキュッと鷲掴みにされ、もうこいつなしでは生きられないような気持ちになってくる。


急に抱きつかれたリタではあったが、慰めようとしてくれているのかと勘違いし、なされるがままになっていた。どの道、今は抵抗できない。


今まで恋などしたことのなかったレイズは俺が?まさか!こいつを?と絶賛混乱中だ。


その時に背中の羽に気がついた。キラキラとシャンデリアの光を反射する羽に、目が吸い寄せられた。


「羽が……綺麗だな。」


そう言うと同時に、レイズは気がつけば羽に触れていた。


ビク!と体を震わせたリタは、自白剤が効いているせいで羽の防御が疎かになっていた。


「あっ!!だっだめなの、そこは!」


リタの良い反応を見て、レイズの心は歓喜した。もう一度さらりと羽を撫でて反応を窺う。


「んっ!あああ!!やめて!」


やめてと言っているのに声が、リタの体が、悦んでいるように見える。


「もっと声が聞きたい……」


レイズは口にしたつもりはなかったが、だだ漏れだった。


耳元でそう呟かれたリタは、腰がゾクッとする感覚に声をあげた。


「ひゃあ!」


レイズが耳元から少し顔を上げ、リタを見ると耳元は真っ赤になって、体は震えていた。

その様子があまりに愛しくて、羽を一枚優しく手でそっとすくい、ツーっと指を這わせる。


「んんんんん!いやん!あっ、あぅ!!あっ!はあっ……もうダメ!!」胸がキュンキュン締め付けられ、リタは妖精になる前には感じたことのなかった感覚に悲鳴を上げた。


いやと言う声がかろうじて聞こえたレイズは我に返った。


離れなければ!とリタを自分から引き離し解放したものの、手がまたリタを求めた。その手はもう一度リタの顎に添えられ、クイッと顔を自分に向けさせた。


よく顔立ちを観察してみると、大きな緑の目は潤んでいて、顔が火照って赤くなっている。長いウエーブがかった透き通る緑の髪が少し顔にかかっているのが邪魔だな、と思うがままにその髪をリタの耳にかけた。その耳をスルスルと指で遊ぶと、リタがあっと小さく声を上げた。


髪をレイズに乱され、はあはあと息苦しそうにしている声はまるで、夜に小鳥がさえずっているかのようだ。ツヤッとした赤い唇は充血してより赤みを増しており、舐めたらきっと甘いのだろう。


もう少しだけよく見たいと言う気持ちに襲われ、無意識に顔をリタに近づけた。


「い、いやん!」


可愛らしい声が出てしまったが、これが今のリタに出来る精一杯の抵抗だった。


ハッ!俺は今何をしようとした?


レイズはリタからパッと顔を離したが、目がリタの唇に釘付けになって離れない。未だに鼓動はうるさく鳴り響いている。


おかしい。絶対、こいつに何かがある!死者が起き出したのも、もしかしてこの感覚が原因か?とレイズは気がついた。


しかし動揺が隠せない。


「お、お!お前!!何か持ってるだろ!!」


今何が起こっていたのだろう、とリタも混乱して頭の中はハテナで埋め尽くされている。


「?????」


それでも問いに答えねば、と自白剤が効いて、所持品について問われていると解釈し、リタはポシェットの中身を伝えた。


「ほう?男に渡すハンカチに、針と刺繍糸だと?そういえばここに来る前に買ったと言っていたな。」


その意味を知らないレイズではなかったが、お礼だと強調していたし、こいつは知らなかったのだろうと自分を落ち着けた。


いやいやいや、こんな会ったばかりの女に嫉妬などしていない!少しイラッとしただけだ!そうだ!まだ若いのに、相手は35歳だと?!けしからん!!


って!俺は何を考えているんだ!!!あ、でもこいつ前世では30歳だったんだっけ?俺より年上か。くっそ!でも今は17ならちょうどいいだろう、あと一年で成人だし問題ない。それに妖精族の歳はあってないようなもんだ……


うわああ!俺はどうなってしまったんだ!!


気を紛らわすためにわざとらしく手をリタから離し、リタのポシェットを検分する、と言い訳がましく触れた。するとまた心臓が騒いだ。



ドクン!!!



リタに触れた時よりも強い鼓動を感じた。


……触れたい!この魔力に触れたい。なんだ?何が入っている?


暖かい、気持ちが良い、幸せな気持ちになる。まるでリタに触れていた時のように……。そしてリタを見るとその気持ちは倍増した。



ああ、俺はこいつも欲しいのか?



レイズは今まで感じたことのない、強い欲望に駆られた。



強い衝動の赴くままにリタのポシェットを開けると、そこにはインベントリが消失したことで溢れ出た物が入っていた。


すぐに気になったのは小さな箱だった。小さい箱から魔力が漏れ出ている。


リタの魔力と魔道具が保有する特殊性が融合し、なんとも優しい力が箱を覆っていた。


それを見てレイズは確信した。自分の気持ちを整理するように、レイズは早口でリタに捲し立てた。


「おかしいなと思ったんだ。」


なぜかイライラする。こいつを前にすると冷静じゃいられなくなる。そんな自分にもムカついた。


「お前を見つけたとき、死者が昼間なのに土から出てるし。木を取り囲んで上を見上げているし。でも俺が発見したらすぐにお前は光に包まれて、同時に死者たちも興味が失せたかのように、地に戻っていった。」


レイズの説明を、息も絶え絶えになりながらリタは耳を傾けた。


「最初は自分の魔力が弱まって命令を死者が聞かなくなったのかと思って焦った。でも、お前が光に包まれてからは昼間に勝手に闊歩することはなかったし、夜も基本は地中にいる上にちゃんと命令を聞く。まあ良いか、と思って考えるのをやめたんだ。」


リタはさっきまでの体の異変が嘘のように、突如スッと落ち着いた。もちろん、レイズもリタの顔色が幾分か良くなったことに気がついた。レイズの魔力効果が切れたのだ。


「くそっ!動揺したせいで自白剤効果の上昇が切れた。まあいい。知りたい事は聞けた。で、この箱はなんだ?」


「それが針と糸だよ?ハンカチも小さく折り畳まれて入ってるの!」


「おい、あー、なんだ。リタ……でいいか。」


うんうん、と頷く。

それを確かめてから再度改めて、


「リタ」と呼んだ。


「ん?」とリタが首を傾げ答えると、何やらうっ、とレイズは呻き声を上げ顔を赤らめたが、リタはなに?と返事をしただけだ。


「あのな、こういう特殊魔道具は使用者の魔力と融合すると何かが起こるとか、説明受けなかったか?」


「え?そんなの聞いてないよ?」


まあ、常識だからな、知ってると思われてたんだろうな。だって羽4枚だし、こういうのの扱いは慣れてる、くらいには思われてそうだな……。

レイズは呆れた顔でリタを見つめた。


「触ってわかったんだけどな、これ多分死者が好む魔力を纏ってるぞ。これに触れていると心が洗われる感覚に陥る。」


正確には、洗われすぎて、内なる煩悩がすっかり顔を出していたが。でも事実、幸福感が得られるのは間違いなかった。


「えー?そんなの知らないよ?刺繍で魔力を刻む道具だって聞いて買ったの。」


ぶっ!!!


「お、お、お前!!もしかして、これでハンカチに刺繍しようとしていたのか?!」


「え?だめなの?」


頭を抱えてレイズは真っ赤になった。

この様子じゃ、絶対意味を知らないで刺繍しようとしていたはずだ。


「だめだ!!だめだ!!もうこれは俺が預からせてもらう!!」


なぜか焦るレイズ。たとえ異世界人だということを相手が知っていたとしても、35歳独身が勘違いする可能性を危惧した。


「いやだ!!高かったんだから!しかも自分のって感じがして気に入ってるのに!」


ひどい!とりあげるなんて……、と泣かれてしまい、女の涙に不慣れなレイズは渋々小箱をリタに返した。小箱を受け取ったリタはそれをポシェットにしまった。


「でもどうにかしろ、そわそわして敵わん。」


「あ!じゃあ、もう一回光に包めばいいんじゃない?」


「なに?できるのか?」


「んー、防御ってどうやんの?」


「……まだ無理じゃないか?」


学院で学んでいないだろうし、説明をある程度してやらないと、まだ意識的に発動させるのは難しいだろうと踏んだ。


「でも、これのせいで3人組に追いかけ回されたのかな?」


「それはまた別の理由だろうな。この魔道具の効力はアンデッドにしか効かない。」


なるほど、やっぱり妖精族が珍しかっただけか、とリタは納得した。


うーん、この小箱どうしようかな、と悩む様子のリタにレイズは、頭にポンっと手を置いた。


この手は決してリタに触れたくなったから置いたのではない。宥めるためだ、うん。


「まあ、それは追々考えよう。今日はもう休め、朝の4時は就寝時間だ。まだ4時には早いが俺はもう疲れた。昼の1時まで寝る。リタも寝ろ」


その申出を受け入れても良いものか、と悩んだが、確かに今のままでは外出に不安が残る。言う通りにしよう、と思い直し、リタはレイズに向かって頷いた。


それを見て断られなかったことにホッとしたレイズは片付けるために、リタと自分のお盆を手に取ると詠唱した。


「霊魂よ、王が命ずる。『洗浄』『片付け』」


突如どこからともなく青い光が二つ現れたかと思うと、レイズが手に持っていたお盆類が消え去った。


「部屋に案内する。ついてこい。」


その様子にほう、と見惚れていたリタはその声で現実に戻り、先をさっさと歩くレイズに小走りで着いていき、お礼を述べた。


「色々迷惑掛けたのに、部屋まで用意してくれてありがとう。」


「その為の客室だからな。構わん。」


冷たい返事に、やっぱり迷惑だよね、申し訳ない、とシュンとしたリタだったが、レイズはそれよりも別のことで頭がいっぱいだった。


玄関を抜けて階段を上がり、二階へ着くと、長い廊下を歩いた。


今レイズは焦っている。


ヤバイヤバイヤバイ!客室、綺麗だったっけ?霊魂が掃除してるのチェックしたっけ?大丈夫だ、やってくれているはず。部屋臭くないかな?いや、俺も一仕事終えた後だし、今の俺の方が臭うんじゃないか?!こんな事ならシャワーを浴びてから木の上の様子を見に行けばよかった。

女を泊めるなんて初めてなんだが!あの部屋に女が必要な用品とかあったかな。あああああ、近づくな!今の俺に近づいたら食うぞ?食って良いのか?2人っきりだしな。それにベッドもあるし……いやいやいや、そんな気は相手に一切ないだろう!


うわっなんか甘い匂いが漂ってきた!唇も甘そうだったからな、舌触りとかもツルツルして気持ち良いんだろうか?さっき抱きついた時、ふにゃふにゃして柔らかかったから、あの唇もきっと……うがあああああ!!!!!早くあの魔道具をなんとかしないと!!


リタは早歩きのレイズにおいて行かれまいとただ一生懸命に着いて行っているだけだった。



「ここだ、自由に使え。霊魂を1つここに置いていく。用事があればこいつに伝えろ。」


「ありがとう!じゃあおやすみなさい。」


長いこと1人で領地を納めていたレイズにとって、久しぶりに聞いた眠りの挨拶はなんだくすぐたかった。そのせいでまた妄想が膨らみかけ、その邪な考えをふるい落とすと、リタを直視できずに顔を背けて、言葉を紡いだ。


「おやすみ。」


ふわふわした気持ちになりながらも同じ階にある自分の寝室へと移動した。


リタがいる間は『洗浄』だけで済まさず、入念にシャワーも浴びよう、と心に決めたレイズだった。


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