どこで迷子になったのでしょう?
はい!私はリタ・サルヴァドール、17歳です!ハンカチを買いに街に来ましたが、迷子です!
この状態に陥ったのは、数刻前に遡ります!
……
「よーし、魔力袋やるぞー!」
今朝、リタは買い物に行くからインベントリを本に改良だ、と意気込んで魔法を練習していた。
ダイニングテーブルの上にはフランスパンと紅茶が載っている。
アイザックから渡された簡単な魔法に関する概要が説明されている書類、『魔法の手引き』を右手に、左の掌を上に向けて、目を瞑っては開けるを繰り返し、開けるたびにインベントリ、と詠唱する。
魔法の手引きによると、とにかくイメージが大事であると言うことが書かれてあった。その魔法は何を対象にするのか、どのようにして使うのか、どのように動くのか、なぜ動くのか、どれくらいの威力なのか、そしてその威力はどのようにして発せられるのか。
イメージが具体的であれば具体的であるほど、的確な魔法を放つことができる。
だから実際に存在する物を魔法で具現化するほうが簡単だ。使い慣れているものほどイメージしやすいからだろう。
魔力袋も同じで、何をどれくらい、どのようにして収納するのかをイメージすると、最初のうちは少しのものしか収納できなくても、徐々にたくさん収納できるようになるらしい。使い慣れれば、より具現化しやすくなるようだ。
この世界の人々は荷物を麻袋に入れる傾向にある。だから彼らの想像する魔力袋は袋形なのだろう。
見栄えが気になるようであれば、鞄を買えば良いのだから、確かにそのほうが合理的かもしれない。
一方、実在しないものを具現化するのは難しい。具体的にイメージしているつもりでも、実際に使用して、それを知っていることには敵わないと言う事だ。
リタの場合、前世で毎日スマホを使っていたので、タブレットを具現化するのは簡単だった。しかし、前世でも本型に擬態したタブレットなんてものはなかったので、思い通りのものを具現化するのには時間がかかった。
リタは何十回目かのインベントリ、でようやく納得のいくものが出来た。
「キターーーーー!!薄い本型タブレット!!!どっからどうみても短編小説だわ!!!開けても本!!!ふふふふ、あとは120ページ中100ページ目の五行目当たりにさり気なく書いてある『四桁のパスワードを入力してください。』の文字をタップして、このページ上の文章に散らばる数字を所定の順に押して、書類をタップ、さりげなく本をタッチ!」
するとこの本の1ページ目に、アイコンが現れた。
「やったー!アイコン出ましたー!はい、小説が消えましたー!」
次に書類のアイコンをタップすると、テーブルの上に書類が現れた。
「うふふふ、楽しーい!!!あれ?でもパッと収納出来ないのは面倒だな、あ!!やっぱり指紋認証にするか!」
インベントリを消失させ、もう一度構想を練る。
「表紙はそのままで、それらしく見せるのに中身を十ページぐらいにしよう。著者の文字列をどれか人差し指で触れたら使えるようにしよう。うん、そうしよう。」
気合を入れて詠唱だ。
「インベントリ!はいキター!天才かな?天才なのかなん?うふふふ」
何回か動作テストをして、パタンと本を閉じればロック完了。誰がどうみてもそれは魔力袋ではなく、超短編恋愛小説だ。表紙も凝って、『貴方に愛を囁かれたい』、著者:リタ・サルヴァドールと記載がある。売り物じゃないよっ!ということで、それっぽく表紙に校閲用、というスタンプ入りだ。万が一落としたら、連絡欲しいな〜、と期待して名前を入れてみた。内容は前世で読んだシンデレラだ。単純な内容だったので覚えていたからというのが理由だ。
「完璧すぎる!これなら本にしか見えない!」
コツは掴んだし、早速お買い物だ!その前に、この家に裁縫道具がないか確認しよう。
二階に上がり、昨日確認できなかった残り二部屋を確認することにした。
他の寝室2つには、ベッドすらなく、ましてや棚もなければテーブルも椅子もない、ただの部屋だった。
昨夜たまたまベッドがある部屋を開けただけだったようだ。
裁縫の道具がない事がわかったので、早速外出の用意をする。一階に降りるとクローゼットから昨日服とセットでプレゼントされた鞄にヒョイっとインベントリを入れた。ギルドカードも同じように収納する。
インベントリは薄い本なので、鞄の中には一見、魔力袋がないように見えるのもよき。地図も資料と一緒に貰っていたが、それは手に持ちながら見る事にする。
鞄は横掛けのポシェットだ。片手を大きく広げた程度のサイズしかないのでインベントリを入れただけでかなりスペースが取られた。
キッチンで小さな水筒を見つけたので、すぐ飲めるようにポシェットに直接入れようか迷った。入りそうにない事もない。200mLぐらいしか入らない小さな水筒を入れるぐらいの余裕はまだある。でも紅茶を入れたら重たくなったので、やっぱりインベントリに収納することにした。
ワンピースは明るい青にした。これで間違えて消える心配もない。そう、いつだって(社会的な)滅びのあの呪文は絶対口にしてはいけないのだ。
靴は肌馴染みの良いゴールドのピンヒールだ。前世では絶対に着こなせないコーディネートも、妖精族の外見ならむしろそれがデフォルトってね!
「しゅっぱーつ!」
鍵を閉め、早速鞄の中のインベントリに仕舞うことにする。パッと手の中の鍵が消え、インベントリに鍵のアイコンが現れた。
「指紋認証便利〜!」
リタは上機嫌でアイザックと歩いたメインストリートに向かった。
ハンカチとかの生活雑貨はどこかな?
時間はたっぷりあるので、ウインドウショッピングしながらブラブラ散歩してみよう。
背中の羽をしっかり一枚に重ねて極力目立たないよう、心掛ける。無駄に目立ちたくない。
家の裏がギルドなので、迷わないよう先にギルドの前に出た。無事メインストリートに到着だ。
今日は多くの人が休みの日なのか、とても混雑している。昨日にはなかった出店もあり、そこらかしらで呼び込みの声が上がっていた。
「お嬢さん、お嬢さん!見てって!良い髪飾りがあるよ!」
「お花はいかがですかー?」
「安くしとくよー!良い鍋があるよー!」
メインストリート全体が活気付いて、お祭りのごとく賑わっている。
呼び込みの声に耳を傾け、人混みに紛れ込みながら雑貨屋らしきものを探す。
「見つけた!」
嬉しくなって小さく喜びの声を上げたが、リタの小さな声は周囲の雑音でかき消され、誰にも聞こえていない。
徐々に街の中央、広場に近づいてきているのか、人がより一層増えてきて、歩けば人にすぐぶつかる状態になってきた。
なんとか人混みを掻き分け、雑貨屋に入ることが出来た。
「いらっしゃいませ。」
周りを見渡すと、とてもシックなお店だった。どれもお値段が張りそうだが、ハンカチだろうとあまりチープ過ぎると申し訳ないのでちょうど良いかもしれない。
店内にいる他のお客さんもどことなく、上品な人が多く、男性客もいたので、ここなら外さないかも、と男性の装飾品が置いてある箇所に移動した。
「プレゼントをお探しですか?」
「あっ、はい。そうなんです!ハンカチを頂いてしまいまして……。それで、お返しに同じハンカチをプレゼントしたくて……。」
「まあ!ハンカチの交換ですか?!」
「え、まあ、そうなりますね。」
「大事な記念に当店を選んで下さり、誠にありがとうございます!」
「ん?記念?」
「照れなくても宜しいんですよ!うふふふ!お相手は、どう言った感じの方ですか?」
「ああ、えっと35歳の男性で、知的で一見クールなんですけど、実は結構優しくて、面倒見が良い人です。」
「キャー!!!素敵ですねええええ!!!お二人の幸せに相応しい、オススメをいくつかお出しします!こちらの椅子にかけてお待ち下さい!」
「あ、はあ。」
何やら物凄く張り切って店内のハンカチを集めに行ってくれた。
まあ、この世界でのことはよく分からないから任せるのが無難か、とボーッと店員さんが戻るのを待った。
なぜか、話が聞こえていた人達は優しそうに微笑みかけてくれるし、端っこにいる今のリタと同い年ぐらいの良い所のお嬢様風な女性達は頬を赤らめ、ひゃーとか言っている。紳士的なおじさまは1人で何やら頷いて遠い目をしている。
流石の私も馬鹿じゃない。
ハンカチ交換って、これ、何か深い意味があるでしょう。なんかよく分からないが、してやられた気分に陥った。
「お待たせいたしましたあああああ!!」
すっごい気合入ってるし。なんかごめん。ハンカチを汚してスマンとか思って、軽い気持ちで来ました。
「こちらにご用意したものがお客様のオケージョンに相応しそうです!」
「あ、でも、ほんと、かしこまった感じは嫌でして……あと刺繍を頼まれているので針が通しやすそうな生地がいいな、とか」
「刺繍ですか!きゃーー!刺繍を頼まれるなんて、素敵です、憧れます!!!とっても愛されていますね!」
うわーそういう系かーまじかー。いやいや、アイザックさんはきっと私が何も知らないからハンカチ返してもらおう、くらいにしか思ってないはず。だよね?
女の子達はもはや両手で顔を隠して悶絶してるし、奥様方はニヤニヤ楽しげな目元をして扇子で口元隠し出し、紳士的なおじさま目頭押さえてるし。おじさまは何があったんだろう……。
「あー、ははは……このワインレッドにします。支払いはギルドカードで。」
リタの決断は早かった。
さっさと店を出よう、もう今すぐ帰りたい……あ、裁縫道具ってどこで買うんだろう。もうHP 0に近いけど、お姉さんに聞くか……。
「あの、実は、裁縫道具が一式壊れちゃいまして。この辺にどこか良いお店ありませんか?」
裁縫道具は持っていて当然のアイテムだと、持っていないと言えば怪しまれてしまうかもしれないので、さらっと嘘をつく。
「裁縫道具ですね!えーっと、このお店を出てすぐ右に曲がって、1本目の路地を左です。しばらく歩くとパン屋が見えてくるので、パン屋をすぎたら……」
うん、行けばわかるか☆
流れ作業のように支払いを済ませ、品物をサッと受け取る。もう手慣れたものさ、ギル中カード!
鞄に収納したと見せかけてインベントリにドラッグアンドドロップだ。完璧すぎて練習した甲斐があった、と1人感動した。
「頑張って下さいね!!ありがとうございました!」
お店を出たらすぐ右に曲がる、そうお店の人は言っていたが、雑貨屋と隣の店との間にある路地に入れという意味の右に曲がったが、リタは路地が道だとは気づかず、お店のドアを開けて右、つまりメインストリートに戻ったのである。
そう、すでに最初からリタは道を間違えていたのだ。こうして、リタは無事迷子になったのだった。
今日は後もう一話投稿します。20時30分までには投稿したい!!!




