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他の異世界人

泣かせてしまった。


「なんであのタイミングで伝えてしまったかなー。」


今日は1日中どこかのタイミングで言わなければ、と思っていたけど、


「もっと早い段階で言っておくべきだった。」



今日買った紅茶を入れてやり、リタが泣き止むまでゆっくり待った。紅茶を飲むと、少し落ち着いたようだった。手にしっかりと私のハンカチが握られているのを見て、心がキュッとなった。その様子がまるで私をとても頼りにしてくれているかのようで、リタを甘やかしたくなる、そんな気持ちになった。


暫くすると泣き疲れて眠くなったのか、うとうとし出したので、何かあったらいつでも屋敷においで、と言う言葉を残し、頭を撫でてから部屋を後にした。


本音を言えば一晩中色んな意味で慰めてやりたいぐらいだったが、精神的なショックを受けている彼女に今迫っても、何も良い事はないだろう。焦ってはダメだ。


大人の魅力、大人の余裕、時間はいっぱいある、と呪文のようにアイザックは頭の中で繰り返した。


異世界から落ちてきたばかりで心細い彼女に付け入るようで、これ以上深入りするのはなんとなく嫌だったのもある。


「途中まで良い雰囲気だったのだがなあ……」


タイミングが悪すぎた。部屋にまで上げて貰っときながら、なぜそんな時に言ってしまったのだろうか。でも今日中に言わねば暫く会えないかもしれないし、その間変に期待させてもかわいそうだ。


聡明な彼女のことだろう、服や靴をプレゼントしたあたりで薄々気が付いていただろうに、気にしないように努めていたのかもしれない。少しでも気が晴れればと思ったのと、純粋にリタを着飾ってみたかったのと半々の気持ちだったが、彼女はずっと不安だったのではないだろうか?もしかしたら、このままずっと……と。


それなのに、執務室の時は美しい妖精族に浮かれて伝え忘れ、羽の魔力を解放してピンクに浸食されたせいで伝え忘れ、街ではデートみたいだと一人浮かれ……


「私は本当に残念な性格をしている。」


「おっしゃるとおりでございます、お館様」


「うお!どこから出てきた、ヴァンピーロ!」


こいつは代々ギルド長に仕える執事、名をヴァンピーロという。私が知っている中で1番身近な異世界人の、真っ黒の髪をオールバックにした、鋭い牙を持つ赤い目の魔族である。


見た目に反して果物を主食としている。たまに肉も食うらしいが、ほぼ生の状態が良いらしく、少し変わった味覚の持ち主だ。一度、魔族は皆そうなのかと聞いたことがあるが、一般的な魔族は殆ど我々人族と変わらない食事をしていることが分かった。


ならば異世界人ゆえか、とも思ったが、そうでもないようで、こいつが特殊なだけ、と納得した。


この魔族は屋敷を引き継いだと同時に引継ぐはめになった。だからヴァンピーロはアイザックのことを屋敷の主人という意味で『お館様』と呼んでいる。



前任のギルド長は病で56歴という若さで儚くなられた。私がギルド長に就任して数週間後のことだった。私が副ギルド長になった時には既にもう長くない事が分かっていたらしい。


ギルド長にならないと教われない事項に関する引き継ぎ期間があまりにも短かったせいなのか、また、大して興味がなかったこともあり、ギルド長専属の執事が付くということしか聞かなかった。異世界人で魔族だなんて聞いていなかった。多分。


前任が儚くなり、暫くしてこの屋敷が渡された初日に、屋敷の門の前で微動だにせず、そいつは立っていた。


そこだけ時が止まっているかのようだと思ったのを今でもよく覚えている。

私を視認した奴は、目が合った瞬間、自己紹介をしてきた。


「新しいギルド長でございますね?」


「ああ、そうだ。アイザック・カポルネという。」


「前任者から話は聞いております。わたくしはヴァンピーロ・ドラッツェと申します。今後、『お館様』にお仕えする執事でございます。因みに私、異世界から300歴ほど前に落ちてきまして。ええ、なにかとお役に立てれば幸いです。」


おい!!!!なんでひ弱な人族に魔族の執事が付くんだ!!しかも異世界人だと言っている。魔力だってそこらの魔族と比べたら段違いに大きいはずだ!こいつがヤバイ奴だったらどうするんだ?!と前任のギルド長に問いただしたかったが、もうその本人はどこにもいない。


行き場のない怒りと困惑にしっかりと蓋を閉め、声を奮い出した。


「よろしく頼む。」


今思い返すと、ちょっと声が震えていたかもしれない。


屋敷内を案内されている間、色々と説明された。こいつは前世では串刺し公や、この世界では音にならない名前で呼ばれていたらしいが、今はヴァンピーロに改変され、そう名乗っているとのこと。


もうこいつが異世界人だったことを知っている生きた者は、人族以外の種族王と主人の私だけだろう。


「今日はそこら中でお館様の噂を耳にしましたぞ。なんでも美しい妖精族と一緒だったとか?お帰りが遅かったので、今日は泊まりだろうと思って今から外へサボ・・散歩に行こうと思っていましたのに。はあ、帰ってきてしまわれるとは、なんとも残念な。」


「サボりも散歩も大してやること変わらないからな。」


「そんなこと申しましたかな?はて?

しかし、散歩は歩くだけでございます。サボりは色々とございましょう?」


「どっちもいっし「それにしても意気地無しでございますなあ、お館様?」


アイザックの眉がピクッと動いた。


「なんでも?お手を繋いで、それは、それは仲が「屋敷の中に早く入るぞ!外でそれを言うな!」


「おやおや顔が「ちゃかすな!!!」



勢いよく風魔法で扉を開け、ヴァンピーロが入ってくる前に叩き締めたはずが、またいつの間にか、背後にいた。獣人族でも混じっているのかと思うほどこいつは素早い。


「お食事はお済みですかな?」


「ああ、食べてきた。」


鞄をヴァンピーロに手渡しながら、だから夜食はいらない、と伝える。


「先ほど妖精族の部屋から出てくるのが見えましたぞ。さては手作りですな?」


「だからどうした?」


ベストから鎖を外し、懐中時計を二階に上がる階段付近に置いてあるテーブルの上にコトリと置いた。それを拾い上げ、どこからか取り出した布でキュッキュッとヴァンピーロが拭く。


「今夜私を食べても良いとおっしゃる方になんて勿体無いことを!お館様はとんだ女泣かせですな!」


「違う、彼女はその意味を知らない!」


ベストも脱いで、階段を上がった所にある椅子に乱暴にバサッとかけた。それを無言でヒョイっと片付けるヴァンピーロは、

「おや?」と気がついた。


「そういえば昨晩焦った様子でお出掛けになられていましたが、まさか彼女は……?」


「そうだ、お前と同じだ。」


自分の寝室に入り、首元のクラヴァットをベッドの上に放った。ベッドにそれが着地する前にヴァンピーロがキャッチして、腕にかかった他の衣類の上にフワッと乗せた。


「なるほど、また落ちて参りましたか。お館様がギルド長に就任されてから3人目ですな。……頻度が高いな」


最後はヴァンピーロが自分に向かって言った言葉だったが、アイザックにも聞こえていた。


「やはりそうなのか?」


戸棚の奥からウイスキーを探し当て、グラスに注ぎ、寝室の椅子に腰掛けた。


「ええ、私はその傾向を探る為に人族のギルド長にお仕えしているのをご存知でしょう?」


「ああ、私が就任した時にそう、お前が言っていたな。」


「計算すると、お館様が18を迎えてからギルド長候補として7歴間職員を務められ、25歳で副ギルド長に。更に3歴後、前任のギルド長との引き継ぎ中にたまたま1人落ちて来る。対応は前任者。

その後すぐギルド長に就任され、4歴目の33歳の時にお館様にとっての1人目、それから3歴後の今日、2人目が落ちてきた。この10歴に3人も落ちて来るだなんて、私がギルド長執事になってからの約200歴で一度もありませんでした。むしろこの10歴より以前の100歴はとても静かでしたのに。」


「ちょうど今で人族、獣人族、妖精族の3種族がこの10歴で落ちてきた事になるな。」


コクリとウイスキーを一口飲むと、カッと喉が熱くなった。今夜はこの熱さが胸に染みる。


「そうですなあ、偏りなく別種族が落ちてきた事に、なんの意味もないとは思いますが……ってこれフラグ立ってるな。」


「お前はたまに意味の分からないことを言うな。フラグとはなんだ?」


「数百年生きたジジイの戯言ですよ。最近落ちてきた人族の青年から聞きましてな。出身は違えども、通じ合うものはございます。いやはや、こういう時に使うんですな。フォッフォッフォ。」


「もういい、疲れた。あとは自分でやる。今日は下がれ、ヴァンピーロ。」


「御意に。」


明るかった室内のランプが一斉にスッと消え、暗闇が広がったと同時にヴァンピーロも暗闇に溶け込むようにいなくなった。


「相変わらず腹の底が読めんやつだ。しかし、あいつの言うように、何も起こらなければいいが……」


アイザックは胸騒ぎがしたが、残りのウイスキーをグイッと呷り、気のせいだろうと思う事にした。


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