前世に踏ん切りがついた日
結局購入した食材までアイザックの魔力袋に頼ることとなったリタは、はやく本型に改良せねば、と自分の無力さにゲンナリしていた。
「あれ?ここギルドの裏ではありませか?」
アイザックに手を引かれて辿り着いたのは、なんとギルドの裏にある屋敷だった。
「よく分かったね。そう、この屋敷は私が、というよりギルド長が住む屋敷だよ。この敷地の隣にほら、同じような家が繋がって建っているだろう?私の屋敷に一番近い所を押さえておいたから、万が一何かあったら、すぐ屋敷に来ると良い。」
アイザックが指差した先にはいわゆるテラスハウスがあった。少し前の日本でよく見られた、長屋だ。
アイザックの屋敷の所有する敷地は広く、端から端まで歩くだけでリタの足だと時間がかかってしまいそうだ。
それでも距離はそう遠くなく、近くに頼れる人がいることにリタはとても安堵した。
屋敷からテラスハウスへ3分ほどかけて移動すると、
「ここがリタさんの部屋だよ。今開けるね。」と鍵を開けてくれた。
見た目は一戸建てが連なったアパートのように見えるからアイザックは部屋と言っているが、実際は3人家族ぐらいなら余裕で暮らせそうな大きさのあるテラスハウスなので、一応家だ。
アイザックに導かれるまま、家に上がると、鍵を手渡された。
「はい、この鍵はリタさんのね。」
「ありがとうございます。」
「灯りもここに触れるだけだから。」
玄関の壁に取り付けられていたランプにアイザックが触れるふわっと優しい光が灯った。
「詳しい魔道具の操作方法は、今日午前中に渡した書類に書いてあるからまた読んでおいてね。」
「はーい!」
玄関にスリッパがあったので、靴を脱いで二人とも部屋に入った。内見用として用意されている物との事だったが、引き続き採用させてもらう。アイザックも靴を脱ぐ事が気にならないようだったのでほっとした。
早速家の中を見渡すと、玄関兼リビングが広がっていた。リビングの一番右端からバスルームやウォークインクローゼットに繋がっており、左端はキッチンのようだ。二階に三部屋あるらしいが、今のところ二つは物置になりそうだ。
リタが元気良く返事した後で、アイザックがリビングの中央にあるダイニングテーブルの上に今日購入した物を次々とビジネスバッグから取り出した。
「今日購入したものを整理していますから、ご飯の支度をリタさんにはお願いしてもいいかい?」
「いえいえ!悪いです!座っていて下さい!」
「二人でやったほうが早いでしょう?」
「なんて出来る男!」
心の声がもろに出ていた。
「リタさんに言われると嬉しいな。」
「アイザックさんの口が上手すぎて絆されてしまいそうです。」
軽口を叩き合い、二人で笑い合った。
アイザックが服をクローゼットにかけたり、鞄や靴も所定の場所に片付けてくれたりしてくれている間、食材を持ってキッチンに向かった。
購入した野菜の形状は見た事ない物もあるが、名称が異なるだけで、見た目が同じものも多かった。また、市場で買う時にアイザックから一通り説明を受けていたのでおおよその味は予想がつく。
アスパラガスの味がするはずのパスラス、こっちの見た目は木の枝みたいだ。
明らかにトマトにしか見えないマートと、お昼にも食べたタスレとリッコブローの見た目も見知った物と変わりない。ニンジンの形をしながら緑色のジンニ、いぶしスクローファなるものの見た目はベーコンだが、正体はスクローファという魔獣で、魔法で泥を投げてくるらしい。それってなんて豚……。
卵は卵なんだって。フランスパンも売っていたので今日の晩ご飯と明日の朝用の分で多めに購入した。こちらの主食はパンらしい。ご飯もあるにはあるが、妖精族の薬屋においてある、とアイザックが教えてくれた。市場でパンを購入する時、隅っこにパンクズが置いてあったのでパン粉にしよう、とそれもカゴに入れた。
デザートにはオレンジっぽいジレオン。最後はメインディッシュで、これまたスクローファの厚切りとパン粉と卵でお察し、トンカツだ!!
マートを試しに切って味見して見ると味はオレンジで、デザートと思って買ったオレンジのジレオンの方がトマトだった。これは手強いかもしれない……
タスレとリッコブローで無難にサラダを作る。ドレッシングは買ったものだから味に問題はない。
マートをデザートにして、パスラス、ジンニ、いぶしスクローファとジレオンを潰してトマトコンソメ味スープだ。手違いで色がめっちゃオレンジジュースだけど。
メインディッシュのとんかつは前の世界と作り方も変わらないので、難なく作ることができた。この世界では、肉が1番扱いやすいんじゃなかろうか……魔獣だけど。
あとはフランスパンを温めて、完成!
「アイザックさん、できましたよー♪」
味見した時も問題なかったので自信を持って出すことができた。
ダイニングテーブルに出来た物を置いて行こうと一瞥すると、アイザックは既に寛いでいたようで、手に持っていた本をビジネスバッグに直して手伝いに来た。
「テーブルに置くの、手伝うね。」
「座っててください!と言いたいところですが温かいうちに食べたいので、助かります!」
「いえいえ、リタさんには作っていただいているから、これくらい……おや?これは一緒に買った、パンクズとスクローファ?」
配膳が終わると、トンカツをまじまじとアイザックが見つめた。
「はい、パン粉と卵をスクローファに付けて、揚げただけですけど……この世界にはありませんか?」
「パンクズをミルクでふやかして食べる事はあるが、このような調理法は見たことがないな。異世界料理が食べれるなんて、それだけでもリタさんと会えた甲斐があるなー。」
「えー?料理だけですかー?」
「いや!料理も!も、だから!」
少し焦った様子が素のアイザックを垣間見たようでくすぐったい気持ちになる。
「そういうことにしておいてあげます!ところでこの世界ではご飯を食べる前は何かお祈りとかありますか?」
「あるよ。『偉大なるカイルスと素晴らしきサートゥルの祝福に感謝を捧げる我らに血をお恵み下さい』と祈りを捧げてから食べるけど、正式な場だけで、普段は『祝福を』だけだね。食べ終わると、 普段も正式な場でも『感謝を』という。」
「今のカイルスとサートゥルってなんですか?」
「カイルスはこの世界の創造神でサートゥルはその子供で大地を司る男神だよ。」
「なるほど、身近なことなので覚えておきます。では、いただきましょうか!」
「「祝福を」」
口に合うか不安だったが、むしろ気に入ってくれたようで、特にトンカツは大絶賛だった。
食後二人でマートのデザートを摘んでいると、アイザックが思い詰めた顔で話を切り出した。
「リタさん。とても珍しくもおいしいご飯をご馳走していただいて、ありがとうございました。」
「お口にあったようでよかったです。私も街を1日案内していただいて、ありがとうございました。今日はとても楽しかったです!」
「リタさん、あなたに伝えなければいけないことがある。」
思い詰めた顔をしているが、何だろう?
「アイザックさん、どうしました?」
「今日何度も言おうと思ったんだけど、良いタイミングが見つからなくて、こんな時間になってしまった。」
何だか嫌な予感がする。きっと昨夜転移してきてから何度も頭を過ったが、考えないようにしていたことだろう。
「酷なようだけど、前の世界から落ちても、こちらから元の世界に戻る方法は見つかっていない。今までの異世界人は皆、ここで生涯を終えているんだ。だからリタさんも……もう戻ることはできない。」
覚悟していたことだったが、それでも直接言葉にして言われると、ショックは受ける。
「そんなことだろうと思いました。」
「リタさん……」
悲痛な目で見られていることで、自分の頬に伝う涙に気がついた。
「すみません、もう二度と両親や友人とも会えないのかと思ったら、つい感情が高ぶってしまって。予想はしていたのですが……。私がいなくなった後の世界はどうなっているんでしょう?」
「それもわかりません。すみません。」
「いえ、謝らないでください。そうですよね。ただ、せめて、さよならくらいは言いたかったな、って。」
「これからは、出来る限り私がリタさんを支えます。だからどうか心配なさらないでください。」
リタの目元をアイザックの指が拭う。
しばらく涙が止まるまで、リタはその温かい手に甘えさせてもらった。
アイザックが帰った後、シャワーを浴びて、自分の魔力で紡いだ下着とワンピースをネグリジェ代わりに纏い、キッチンでお水を飲んでからリタは二階に上がった。一息ついてベッドに勢いよく飛び込んだ。
「長い1日だったなー。」
リタは独りごちた。
「もう会えないのかー」
平凡な30年だった。大学を卒業してからは、ただがむしゃらに働いた。でもそれだけだった。何か偉業を成し遂げようとしていた訳でもなく、ましてや仕事で大きなプロジェクトを任されていたわけでもない。淡々と、日々の雑務に追われて、毎日終電近くで帰って、また朝になったら起きて会社に行く。それだけの毎日だった。
もう戻れない世界のことを考えても仕方がない。
今後は17歳、リタ・サルヴァドールとしてこの世界で生きていくしかないのだ。
「大丈夫!なんとかなる!」
明日の事は、明日考えれば良い。
そうだ、アイザックさんにハンカチ買わなきゃ。裁縫道具は無さそうだから、明日それも買おう。それに魔法も練習して……。
あれこれと考えている内に、うとうと、とリタは眠りに落ちた。
ここでリタの心境は一区切りです。
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