レイズによる考察2
その後、へハーデスは失った力を取り戻すべく、試行錯誤した。自分が人族に恋をしたあまり、このままでは土地に縛られ、身動きが取れない哀れな人族が生まれてしまう。イメージや記憶こそが魔法のトリガーとなるので、闇の世界に関する記憶を詰め込んだ伝記をへハーデスは書きあげた。
その伝記に詰まった記憶は魔力を供給できる者と繋がると発動する。人為的にへハーデスゲートを生み出す装置をへハーデスは作り上げた。そのお陰で、へハーデスの散らばっていた力の多くはそこに集められ、へハーデス自身は力を持たないながらも、伝記に回収することに成功した。しかしそれでは十分ではなく、人族から数人ほどへハーデスの力を持った子どもが生まれてしまう事は変えられなかった。
あとは伝記を人族に渡すだけだという所で、またもやサートゥルが怒りを示した。人族に伝記を渡しては、結局人族は自分達で輪廻の輪に加わる事になる。それでは罰にならない、と。挙げ句の果てに、怒ったサートゥルは地上ではない、闇の世界よりも下にある下界へ、へハーデスを落としてしまう。こうしてへハーデスは神界から姿を永久に消されてしまった。
へハーデスが下界に落とされた後、へハーデスの伝記だけがその場に残った。サートゥルはそれを破壊しようとあらゆる手段を用いた。しかしそれには強固な守護がかけられており、流石のサートゥルでもそれを消滅させる事はできなかった。
サートゥルは手元に伝記を置いておきたくなかった。愛したへハーデスが人族なんかのために残した伝記など、見たくもなかった。そのため、人族以外の種族に伝記を託すこととなり、その際、魔族が手を挙げた。
この理由について記述はないが、レイズの推測では、まず獣人族は魔力を体外から放出することはできないことが理由に挙げられる。当時魔道具がまだ発展していなかったので、獣人族が魔力登録をしても上手く伝記を扱えない可能性が懸念される。それに獣人族は身体能力の向上に関係がない伝記は興味が持てなかったのだろう。だから手を挙げる事がなかった。
次に妖精族だが、妖精族は種族柄、争いを嫌う性質を持っている。今後人族との争いの火種になりかねない代物を王家で代々管理し続けるのも嫌だったのだろう。それに魔力を登録すると、自分達の土地にへハーデスゲートを出現させることになる。すると人族が妖精族の土地に遠慮なく足を踏み入れるようになってしまう。妖精族の王家がへハーデスゲートを管理するとなったら、王宮近くに設置するだろう。人族が安易に来られては、静かな生活を好む妖精族には気が重い。
消去法で残るのが魔族だ。幸い地底都市を築き上げているので、設置場所に困る事はない。これが地上にあれば忍び込み放題だが、地底とあれば話は別だ。レイズの推測は大体合っているだろう。
その結果、魔族の王家がへハーデスゲートを代々守る事となった。それで解決したかと思ったが、そう簡単にはいかなかった。人族は大地の加護、つまり自然の摂理から外れた事で魂の浄化が作用しなくなってしまったのだ。新たにネクロマンサーとしてへハーデスの力を持った者が生まれだし、浄化をその者達が行う事になった。しかし、浄化した霊魂を闇の世界へ送り出す為には魔族の国に赴く必要がある。そう頻繁に霊魂を持って行けるものではない。次第に地上は人族の霊魂で溢れ返り、輪廻の輪に入れなくなった人族の人口は激減した。
ある日人族の王は決心する。魔族にある伝記を奪いとろう、と。伝記は魔族の王族全員が魔力登録可能となっている代物だった。全員で支え、魔力を常に供給できる状態になっている。つまり王族であれば誰でもへハーデスゲートにアクセスする事ができる。人族の王はそれを利用し、自分の子息に魔族の王女へアプローチさせた。人族の王家のその企みは成功した。
上手く魔族を出し抜いた人族の王子の1人は魔族の地底都市に潜入し、ヘハーデスゲートの間に辿り着いた。
一つの部屋の扉を開けると、部屋の中央で伝記を中心に、半径1メイルほどの真っ黒な闇が渦巻いて広がっている。中央にある伝記に手を伸ばそうにも、闇と床の境目に足を踏み入れると闇の世界に落ちそうになる。一旦ヘハーデスゲートの動きを停止させないと、移動することはできない。伝記に触れようと手を伸ばそうとしたその時に王女に企みがバレ、悔し紛れに数ページほど破って人族に持ち帰った。それが後に冥土の扉として魔道具に改造される原料となった。
魔族の王は伝記をサートゥルから託された際に魔力譲渡など、へハーデスが持っていた叡智の一部も授かっている。魔族の王家における人口減少があった場合、ヘハーデスゲートの魔力供給が追いつかなくなる可能性があった。その為、魔族は魔力を補う方法を知っておく必要があったのだ。
魔力譲渡の方法にはいくつかあるが、それも魔族が秘術として管理している。魔力譲渡の方法は魔力の根源を解明する鍵ではあるが、言伝で継承されるため、文書などで残されていない。
妖精族の長が魔力に関する研究を行っている。その研究の一環で妖精族は既に持つ魔力を早く回復させる薬品を生み出した。妖精族の国は薬を調合するのに必要な薬草類が多く育つ豊満な土地を持つ。魔力に関する研究の一環で、魔族からの情報提供もあり、他の者が保有する魔力を対象者に上乗せする魔力譲渡も近年解明されたという噂も聞くが、公式な発表はされていない。魔力譲渡は繊細な魔法で、誤った方法で使用又は失敗すると、対象者が魔法を使えなくなる欠点があるという情報だけは開示されている。その上魔力譲渡は現在一時的な効果しか望めず、半永久的に魔力最大値を増幅させる事は出来ない。それらの欠点を解消させない限り、妖精族がその方法を公にすることはないだろう。
そこまで読んでレイズはこの本はいつ書かれた物なのだろうか?と背表紙を見てみるが、そう言った記載はなかった。妖精族は既に魔力譲渡を完成させているというのは本当だろうか?それが分かればイルを目覚めさせる糸口になるかもしれない。
本を読んだだけでは結局誰が何のためにこの本を隠したのかは見当もつかなかった。廃棄前の本を見つけたのは偶然だろうか?レイズは山積みの廃棄本から滑り落ちたことで見つけた目の前の本を訝し気に見つめる。
イルの事もあるが、途中までは魔法を使えていた公爵家の令嬢の事も気になる。王家に連なる公爵家令嬢であれば妖精族の編み出した魔力譲渡に何か関与している可能性がある。もしかしたら魔力譲渡に失敗したのかも知れない。
「とうとう、公爵家に直接話さなければならない時が来たようだな」
イルが目を覚ます様子が見られない以上、今のレイズに出来ることは公爵家に話を聞きに行くことぐらいだ。それがイルを目覚めるヒントになるかもしれない。
レイズは公爵家に書物伝令を送る準備を始めた。




