レイズによる考察1
「なんだ、この本は?こんな本なんて持ってたか?」
レイズはリタが魔族の国へ旅立ってから、霊魂の調査と並行してイルの魔力を解析するため調査を行っていた。イルはまだ意識を取り戻す様子がなく、ベッドで横たわっている。そんなイルにリタは旅立つ直前、状態維持魔法を掛けた。その後、魔法が継続するように周囲をレイズが魔法石で囲んだ。
レイズはまだベッドで眠っているイルの様子と魔法石の残量を確認し、霊魂に後を任せた。いつも通り死者に処理を施した後は執務室で本を読んで過ごす。情報が圧倒的に足らない。それを補うべく、見落としがないかを確認する。
いつかネクロマンサーの能力に縛られ、土地に縛られ、国に縛られる人族が居なくなる事を願って調査を進める。もしネクロマンサーの能力が無くなれば、自分では魔法が使えないと言う縛りも無くなるのだろうか?それとも平民のように魔法を使えなくなるのだろうか?
そもそも、能力が開眼するまでは霊魂がいなくとも、簡単な魔法であれば使えていた。なぜネクロマンサーの能力が発現すると、霊魂を通してでしか魔法が行使出来なくなるのか。それはこの調査が進めば分かるはず。いつか単身で世界中を旅してみたい……レイズはそんな思いを馳せる。
まずは荷物の整理からだ。
死者や霊魂は既に魔力袋から取り出した後だ。まだ衣類や雑貨などの細々とした整理が終わっていない。レイズは魔力袋をひっくり返した。
ドサドサドサッ
魔力袋に詰め込んでいた物が無造作に床に散らばる。その荷物に紛れていた一冊の本が目に入る。
「……あ!獣人族の埋葬業者から持って来てしまったのか!しまった!」埋葬業者の書庫で本を読んでいたことをレイズは思い出した。帰る時間を気にして読むのでは集中出来ない。部屋に持ち帰り、それっきりだった事を忘れていた。その上この本は書庫の廃棄群に積まれていた物だった。レイズは当初廃棄に目もくれず、通り過ぎようとした。廃棄予定の本は沢山積み上げられていたので、レイズにも必要ない本だと思ったのだ。それにも関わらず、この一冊だけが本の山からレイズの目の前に滑り落ちてきたのだ。その時、偶々表紙の模様に目がいったので、廃棄前に読ませて貰おうと持ち帰ったものだった。
獣人族の国から帰って来てからは墓守りとしての仕事で忙しく、荷物もそのままに忙殺されていた。借りていた本の存在もすっかり忘れていた。
「人族の国においてこんな本は見たことがない……。なぜ獣人族の国にこんな本が存在するんだ?」レイズは分厚い本を手に取り、観察する。表紙に文字はない。その代わりに見たことのない魔法陣のようだが、一般的な魔法陣と異なる、円形状の模様が描かれている。その中に、草木や魔獣、妖精族、人族や魔族のようなものが絵で表現されている。背には本のタイトルが書いてある。
「闇の世界?何のことだ?」
ネクロマンサーになってから11年、師匠の元でネクロマンサーに関する資料は全て教授されたはず。それなのに、開いた本は冒頭にまだ一度も読んだ事のない、霊魂に関する記述が羅列されている。獣人族の埋葬業者から持って来てしまった本をレイズはパラパラとめくった。
「あれ?後の方は何も書いていない」読めるのは冒頭だけで、残りのページは真っ白だった。最初の記述だけでも有益な情報が詰まっているのに、その後のページは一体何が書かれているんだ?レイズは眉間にシワを寄せて考え込んだ。
もしかしたら何か仕掛けがあるのかもしれない。こう言った本はネクロマンサーの師匠も持っていた。何が解除の鍵になっているのかはそれぞれで異なるので、解析は難しい。
仕方がない、と諦めてレイズは本を閉じた。表紙の模様が気になって指で円形状の模様をなぞる。
「今解析するのは無理だな。大人しく今日はこれぐらいにして、冥土の扉を開きに行くか」とレイズが発した瞬間、手でなぞっていた模様の縁が白く発光し出した!ビクッと反応したレイズはその様子を暫く見つめていた。すると縁から漏れ出ていた光が模様の中央に吸い込まれる。中央で光がまたピカッと光ると、円を真っ二つに割って光が走る。その光景はまるで冥土の扉が開かれる時のようだ。一筋の光が本の中央を垂直に光っており、その状態で光り続けている。レイズからは思わず感嘆の声が漏れる。
「へハーデスゲートに繋がる時みたいだ……うお?!」
きっとその言葉が次の鍵だったのだろう。円形状の模様を真っ二つに割っていた一本の光はジジジッと扉が開くように、二本の光となり、左右に動いた。
二本の光がそれぞれ本の縁まで至ると、本全体が青白く発光し、強い光を放った後にフッと消えた。
「……終わったのか?」レイズは恐る恐る本を開いた。
霊魂の記述があったはずのページを開く。しかし霊魂の記述は無くなっており、その代わりに冒頭には魔族の王家が守っているらしい、『闇の世界』について記されていた。真っ白だったページにもギッシリと文字が詰まっている。
まさか運良く解除出来るとは思っていなかったレイズは合点がいったように、頭を上下に揺らした。闇の世界という言葉に聞き覚えはない。しかし次に書かれた文章を読んでレイズはハッとしたのだ。
「ヘハーデスゲートを潜ると、闇の世界に渡ることが出来る……つまり、冥土と呼んでいる場所が闇の世界?」
読み進めてみると、魔族が守っているへハーデスゲートは魔族の王家が落とすと誰でも渡れてしまう、とある。ネクロマンサーが行う場合、冥土の扉を開けっ放しのままにする事は出来ない。なぜなら膨大な魔力を消費してこじ開けるのだから。一定の魔力を吸い取られると、バタンと冥土の扉は勝手に閉じてしまう。リタに手伝って貰っても、少し開いている時間を延ばせるだけで、開けっ放しにすることは出来ない。と言うよりも、したことがない。へハーデスゲートが開いている間は魔力を吸い取られ続けるので、やろうとも思った事がない。一度開けて、霊魂を一つ送り出すだけでレイズには精一杯だ。それに浄化が完了した霊魂でなければ扉を潜る事はできない。
「なぜ魔族の王家だけが闇の世界へ誰でも落とせるんだ?そもそもなぜ魔族の王家がへハーデスゲートを守っている?しかも開きっぱなしだと?そんな事が可能なのか?」
レイズのその疑問の一部を次の記述が答えてくれた。
「魔族領に存在するへハーデスの伝記が保管されており、それに魔力登録した者はへハーデスゲートの間と繋がる事が可能になる。伝記が保管されている場所にへハーデスゲートは発生する。その伝記の一部を魔道具に加工した冥土の扉なる物も存在する」
これは重大な事柄だ。レイズはその記述を読んで呆然とした。
つまり自分の持っている冥土の扉は女神へハーデスの伝記の一部からなる魔道具ということだろうか、と頭を整理する。詠唱するとその扉が開き、魔族側にあるへハーデスの伝記の大元、へハーデスゲートに繋がるということになる。そしてその大元のへハーデスゲートを抜けると、闇の世界に行く事が出来る。こういうことか?とレイズは顎に手を置いて考えを巡らせた。
「こんな大事な本がなんで獣人族の埋葬業者の書庫なんかにあるんだよ……」
レイズはいくつかの仮説を立てる。獣人族の埋葬業者の書庫にあった理由は分からない。だが、恐らく埋葬業者は読めなかったのではないかと考えられる。彼らはネクロマンサーのように冥土の扉を扱う事がない。人族でも王族や葬式を行う教会など墓守り関係者でなければ冥土の扉の存在さえ知らないだろう。詠唱だって、ネクロマンサーからネクロマンサーへ、言伝で継承されるものだ。つまり、へハーデスゲートの文言を知る人族はネクロマンサーしかいない。
更に、この本の冒頭には偽装用として霊魂に関する記述があった。それらの存在がいない獣人族では本を開けようとすることもなかったのではないだろうか。だから廃棄する本の中に混じっていたと思われる。人族にあるほうが有益な情報が詰まっているこの本は、人族の所有物だった物なのではないだろうか。
この本は既にある程度情報を知っている者にしか読めないような仕組みになっている。つまりこの本は継承される類の本で、かつ、元々獣人族の所有物ではなかったのではないだろうか。それらの情報を統合すると、この本は本来、ネクロマンサーが持っていた本であったというのが濃厚な線だ。
「ネクロマンサーが持っていた本を何らかの理由で隠したのか?誰が?一体何のために?」
更に読み進めると、へハーデスゲートの詳しい成り立ちが載っていた。要約するとこうだ。
サートゥルの配偶者、ヘハーデスが人族に恋をし、サートゥルが嫉妬に狂った。
大地は荒れ狂い、地上に住む生きとし生けるもの全てが被害を被った。サートゥルの怒りを鎮めるため、創造神のカイルスがヘハーデスの力を取り上げて、人族が自分達で自分達の魂を浄化しなければ輪廻の輪に加われないよう、罰を与えた。
へハーデスは特殊な力を奪われ、それに伴い自由に世界を行き来できる能力も失った。
人族は輪廻の輪に自然と加わる、自然死を奪われ、自然の摂理から外された。サートゥルが大地を管理する上で人族の生き死にに関与したくないと言ったのでこの処置が取られた。今まで全ての種族はヘハーデスゲートを通じて輪廻の輪に加わっていたのが、人族のみ適用されることに変更された。他の種族はへハーデスゲートを通らずしても死後は直接、闇の世界に行けるようになった。




