プロローグ
「俺のものになれ」
「え、いや、急にそんな事言われても」リタはこいつは何を言い出すのか、と戸惑った。
「魔族の王太子である俺の言う事が聞けないのか?俺に求婚されたら魔族の女なら誰もが涎を垂らして喜ぶと言うのに」はあ、と魔族の男はわざとらしくため息をついて呆れた顔をする。
「いやいや、私魔族じゃないし。それに会ったばっかりだし。そもそも貴方と結婚して子どもが生まれたらハーフでしょう?王族的にそれはどうなのよ」
妖精族の場合、王族である事に限らず混血を嫌う。人族の王族も貴族と婚姻を結ぶ。獣人族はパトラが婚約者である事を見ると、血筋よりも魔力の強さを重視している。だが同じ獣人族を選んでいる所を見ると、混血は望んでいないと見える。魔族はどうか知らないが、やっぱり他種族との混血は敬遠されるのかな、とリタは思った。
「今はボロボロだとは言え、其方は4枚羽の妖精族だ。薬草を手に入れればすぐ治るだろう?半分俺の魔族の特徴を受け継ぎ、半分妖精族の特徴を持ったハーフが生まれればどのような個体が生まれるか興味深い。どうせ他の魔族の女の魔力は其方の足元にも及ばぬ。其方なら大歓迎だ」
魔族も獣人族と同じで魔力の強さを重要視しているらしい。しかし他種族が混じる事は気にしていない。魔力さえ強ければ混血になっても構わないようだ。完全な力主義である。
なぜこんな事態になっているのかは、魔族の国、ソレロシン王国に着いた数時間前に遡る。
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「ここがソレロシン王国……。作物が豊富ね?」
レイズの屋敷を出て魔族の国に向かって2週間が経過していた。ソレロシン王国へはヴァンピーロのお陰で難なく到着する事が出来た。ヴァンピーロは魔法に長けており、旅路では隠蔽魔法を行使して馬車を隠した。道中は何体か魔獣を通り過ぎたが、そこにはまるで馬車など存在しないかのように自然な姿で魔獣は馬車を無視した。こんなに簡単に来られるなら、獣人族の国に行く時も同行して欲しかった……とリタは残念に思う。ヴァンピーロがいるからこそアイザックが人族側に落ちて来た異世界人の身元保証人をやっているのか、と納得がいった。各種族王への面会はアイザックが同行することを想定したフォーメーションになっているのだ。他の教会や王族の魔法陣に落ちた場合、やはりアイザックが同行を委託されるのかもしれない。
だからと言ってリタはレイズの元でネクロマンサー補佐になった事に後悔はしていない。なるほど、と思っただけに過ぎない。
「地上では農作物の育成と駐屯地の設置がされていて、居住地は地底に築き上げられているんだよ。作物が育っている土地のみを魔道具で上手く寒さを調節しているんだ。あまり広範囲に魔道具を設置すると魔法石を消費してしまう。魔法や魔道具の使用を極力削減するため、住人は温度が一定の地底に潜ってるんだよ」
アイザックが甘い微笑みを浮かべ、リタに優しく教える。
「この極寒の土地で生きて行く為に色々工夫しているのね。それにしても、ここからどうやって中に入るの?寒いよー!」
平野に広がる作物と、所々建っている駐屯所らしき建物以外、王宮のような建物は見当たらない。
「ここからは私が。幸い国王とは知り合いでして……王の間に直接向かいましょう」
「ヴァンピーロ、貴方本当に何者なの?」
「いわゆる外交官ですよ、リタ様。『入場門展開、ドラッツェ』」
ヴァンピーロが詠唱すると、リタ達の足元に円形状の魔法陣が現れた。地面に青白く発光した魔法陣がガコッと音を立てて動き始めた。
「転移陣?!」リタは驚いてヴァンピーロの顔を見る。
「いえいえ、ただの下降装置ですよ。魔族の魔力による詠唱で発動するのです。私の詠唱であれば魔族の国は大概の場所に行けますよ」
リタはエレベーターのようなものか、と理解する。魔族で魔力を持たない者はいないからこそ、可能なシステムだろう。獣人族は魔道具がなければ魔法を体外に放出することはできないし、人族でも貴族しか魔法は使えない。この感じだと妖精族の国も入国するのに何か仕掛けがありそうだ、とまだ見ぬ国に想いを馳せる。
下降している最中は魔法陣が円柱状にリタ達を包み込んでいる。円の縁が光っていて、光の壁が出来ており、光の壁があるのでその向こうは見えない。
魔法陣の上でヴァンピーロがアイザックの着ているローブに手をかける。手早くサッとそれを脱がせると、今度はリタのローブを脱がせた。それぞれのローブを腕にかけ、ローブをもう片方の手でヴァンピーロは触れる。すると詠唱もなく、フッとローブがどこかへ消え去った。ヴァンピーロが巧みに魔法を操る様子を見て、リタは感心した。今までこれほど魔法を簡単に操る人を見たのは初めてだったので、魔族とはそういうものなのか、と理解を深める。更にどこからともなく櫛をヴァンピーロは取り出しアイザックとリタの髪を整え、満足げにうんうん、と頷いた。
暫くすると下降が止まり、フッと円柱を作り上げていた魔法陣が足元から消えた。
パッと風景がいきなり変わり、リタ達は赤いカーペットの上に降り立っている事に気がついた。
「久しい魔力だな」
カーペットから目線を声がする方に移すと、玉座に座っている者を見つけた。立派な角が2つ頭から突き出した老人が足を組んで座っている。歳を食っているが髪は深い紺色で艶々としており、赤い目が鋭くリタ達を観察する。
丁度話し合いをしていたらしい。隣には似たような風貌をした比較的若そうな魔族の若者が立っている。政務官なのか、手には書類を持っており、リタ達の姿を確認するとサッと書類を何処かへ消し去った。
「お久しぶりでございます、魔王様」ヴァンピーロが恭しく頭を垂れる。リタとアイザックもそれに続く。リタもふわっとスカートを広げてカーテシーをした。
「地上に降り立ったお前の気配を感じて、そろそろかなとは思っていた。して、その者たちは?」
「リタ様と私のお仕えするギルド長でアイザック様です」
ヴァンピーロがチラッとリタに目線を寄越す。リタが話せという事か、と理解し、一歩踏み出す。
「お招きされる前にも関わらず……」やっとこれを披露する時が来た!リタはレイズの屋敷に戻ってから教養の本を読んでこの時のために勉強していた。リタは丸暗記してきた挨拶の口上を今こそ述べるのだ、と自信を持ちながら頭を下げたまま話し始めた。
「良い。長ったらしい挨拶は嫌いだ。要点だけを申せ」
「……はい。リタ・サルヴァドールです。異世界人なので、挨拶に来ました。羽生草が欲しいです。よろしくお願いいたします」小学生か、私は!あれだけ練習したのに、くっ!という心の内は伏せてリタはカーテシーと共にニッコリ微笑む。
「我はインフェルノ・ソレロシン魔王である。この情勢の中、よくぞニチアメリ王国から参った。羽生草か。確かに魔力が乱れておるな。それでこちらが呼ぶ前に来たのか」
「左様でございます、獣人族の国でリタ様が攻撃に遭いました。リタ様、お話いただけますか?」急いで魔族の国に向かう必要があった理由を説明するため、アイザックとヴァンピーロには予め説明してあった。それでも当人が話す方が語弊が少ない。ヴァンピーロに促されて、獣人族の国であった事をリタは話した。
「ーーーふむ、獣人族の女が魔族の女に操られていたのか。だがそのような魔力値の高い魔族の女はここにはいない。それに、そのような存在を我は知らぬ。もしそんな女がいたならばすぐにでも息子の嫁に迎えておるわ」魔王はチラッと横目で隣に立つ男を見つめた。
「えっ、ここにはいないんですか……?」
リタは魔王の発言を聞いて、人目に見ても分かるほどガッカリとした様子を見せた。魔王が目の前にいるのに、取り繕う余裕なんてなかった。
魔族の女性、国に帰っていないじゃないの!それどころか、そんな魔力値の高い女はいないだなんて……魔王が知らないだけじゃないの?とリタは一瞬疑ってみたが、それはない、とすぐに思い直した。ヴァンピーロが地上に降り立っただけでその魔力を感知できる程の方には、魔力値の高い女を見つけるなど造作もないはずだ。
まさか魔族の国に来てすぐ結論が出てしまうとは思っていなかったリタは落胆した。
だがリタの目的はそれだけではない。羽生草と冥土の扉について調査する必要がある。レイズのネクロマンサーの存在意義に対する疑問がイルを目覚めさせる鍵になっているのかもしれないのだ。
魔族の国に向かっている間の2週間、リタはレイズと書物伝令で3日おきにやり取りしていた。レイズの事が心配だったのもあるが、イルの状況に変化がないかを確認するためでもあった。レイズが3ヶ月間、ネクロマンサー業を休んでいた事で忙しさに追われているのは分かっていた。緊急でもないのに書物伝令を送ってくるなと言われるかと、ビクビクしながら一通目を送った。しかし思った以上に優しい言葉が綴られており、リタは安心した。
レイズは自分の魔力に対する見解などの詳細を送り、それに従ってリタは調査を進めることにした。
冥土の扉は魔族の王族が何かを知っているらしい。気は進まないが、イルの為にも王族に近づく必要がある。でも、どうやって……?
その懸念はすぐに解消される事となるが、リタに不本意な形でそれは起こった。
「まあ、丁度良いだろう。羽生草の管轄はこいつだ。羽生草の扱いを任せてある。詳細はこいつから聞け。息子のディアブロだ。」
息子!つまり、王太子か。リタが会釈すると、ディアブロも目礼をした。
「羽生草を探しに来たお前は4枚羽か……ふむ。流石は異世界人と言った所か。ディアブロよ、分かっておるな」
「ええ」ディアブロは一言だけ発し、リタをじっと見つめた。
「ならば後は任せた。ヴァンピーロ、お前とは話がある。場所を移そう。そこの人族はどうせヒューストンから何か預かっているだろう。お前もついてくるが良い」
ヒューストンといえば、人族の国王の事だ。アイザックは人族側の使者として来ているのか、と今更リタは理解した。アイザックとヴァンピーロが玉座の間を去り、そこにはリタとディアブロだけが取り残された。
すると2人きりになった途端、ディアブロがリタの方に近づいてきた。
カツン、コツン、と踵の音が鳴り響く。ディアブロがリタの目の前で足を止めると、口を開いた。
「俺のものになれ」




