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メアとドルチェ

「まさか、この、はぁはぁ、この古い針がここで、活躍するとは、はぁ、思わなかったわ……」


ゼェゼェ、と肩で息をしながら、2人は大通りの道に配置されているベンチに腰掛けた。


「はぁはぁ、あ、りが、と……お姉さん、何で、僕を、はぁはぁ。助けてくれたの?」


「困ってる人を……はぁはぁ……見つけると、無性に、はぁ。助けたくなる性分でね……だからつい、助けちゃった」テヘペロっと舌を出す様子も愛くるしい。白くてフワフワした耳がピコピコ動いている。


ふぅ、と深呼吸し、メアは息を整えた。


「お姉さん、名前は?」


「ドルチェよ。貴女は?」


「メアツィオーネ……メアで良い。あの……あ、ありがとう……」


「どういたしまして?」額に光る汗がキラキラ輝いて、微笑みは慈愛に溢れている。綺麗な笑顔だとメアは思った。


「ところでさっきのそれは……?」


メアはドルチェが手に何かを握って詠唱したのを見ていた。ドルチェはメアの目線の先に、まだ手で握ったままの針があることに気がついた。


「ん?ああ、これ?針よ!古いでしょう?これを修理しに路地裏の手芸屋に来てたんだー!」


ドルチェが言うように、確かに針は燻んでいて使い古された感じがする。しかしメアはそれさえ気にならない圧倒的な迫力がその針にはある事に興味を持った。間違いなく、今まで見た魔道具針の中でも一級品だ。しかも良く見てみると、これは先程老婆にメアが購入するのを拒否された物だった。魔力が合うとか合わない以前の問題じゃないか、と老婆に対して苛立ちを覚える。所有者が他にいる針だったら売れないのも当たり前だろう。


「あの魔族の老婆の針……?」


「そうよ!でもね、確かに購入したのはあのお婆さんのお店なんだけど、その時この針を購入したのは私じゃなくて母だったのよねえ。母が数十歴前に買ったものなの」


「そう……修理はできたの?」このまますぐに会話を終わらせるのも感じ悪いかと思って、メアは適当に話を振る。


「出来てたよ!あのお婆さんボケてるのか、私を母だと思ってるの!だから気がつかなかったんだろうなあ。この針を私が使ってるって事は、母は亡くなった事を意味するのに……魔力登録の方法が特殊過ぎて……はあ……あれ?貴女も似たようなの持ってるのね?」


メアはドルチェに言われ、自分の握った手からも針が出ていることに気がつく。欲望や野望を持った者を惹きつける針。この人が良さそうなドルチェにもそう言った感情があるのだろうか?だから僕に惹きつけられて、その結果助けてくれたのだろうか。でもそれは違うような気がした。距離もあったし、針の効力で惹きつけられたのではなく、本当に善意で助けてくれた気がする。人の良さが溢れ出ているこのドルチェならば、きっとそうだろう。魔族は相手の魔力で見分ける傾向にある。きっと老婆が間違える程にドルチェとその母の魔力は似ているのだ。とは言え、ドルチェはそれ程魔力が高そうには見えない。ドルチェがには少しオーバースペックである感じが否めない。分不相応だと思った。


良質な針を目の前で見せられ、何だか自分の針が持つ効力が恥ずかしいもののように見えた。


本当にこの世は不公平だ。


メアの針を握った手に力が入る。暗い顔を見せたメアは、ドルチェから目線を外して質問に答える。


「さっき老婆の店で購入したんだ……」


「あんまり嬉しく無さそうね?あの老婆の針は薬で言う副作用みたいなものがあるから……それで悩んでいるのかな?」


「いや、この針がそもそも望んでいた針とは違うんだ。でも老婆が売ってくれなくて……」


「まあ、そうだったの。あの老婆、売る相手を選り好みするみたいだからねえ。貴女が作ろうとしている物は、その針じゃあ作れないの?」


「そんな事もないんだけど、上手くできるか分からないし……」


「手伝ってあげようか?」


「えっ、なんで?!手伝ってくれるならそりゃ助かるけど……あ、もちろん報酬は払うよ。でも、良いの?!見ず知らずの僕を助けてくれるの?本当に?」


「うん。だって、困っているんでしょう?どうせ家族もいないし、私独り身なのよー。時間だけはあるの」


「ドルチェ……君って良く、お人好しだって言われない?」


メアがそういうとニッコリ微笑んで、こう言った。


「与えよ、さらば与えられん。私、人族の宗教観が好きなの。私の力が誰かの助けになるなら、それは本望よ」


その笑顔はメアの凍った心を溶かしていくかのような、それはそれは優しい笑顔だった。


・・・

・・


結局こうして僕の手に渡ったのだから、老婆だって最初から僕に直接売ってくれれば良かったんだ。そしたらこんな事にはならなかった。


あの時、別に所有者がいるから、と老婆も教えてくれればすぐに諦めていたはずだ。そうすれば樽に座ることもなかったし、襲われる事もなかっただろう。そしてドルチェと出会う事もなかった。



ー所有者がいる?登録を解除すれば良いだろう。

ー解除の素材が必要?鑑定士を呼べばこっちでも解析は出来る。

ーやれ。



ドルチェと出会うことがなければ、こんな思いだってすることは無かった。僕がこの針を売ってくれと言った時にドルチェに針を返さず僕に売ってくれればこんな思いをすることはなかった……!この針を持っていたドルチェが心を許した相手でなければまだ良かったのに……。



完全にただの八つ当たりである事はメアも理解していた。ドルチェの場合は母親から針を引き継いだと言っていた。解除方法や譲渡方法について詳しいことを本人からは何も聞かされていないが、メアがドルチェから針を引き継いだ方法とは少し異なるのは確かだろう。


予想では母が死んだ時に、母から継承型の能力か何かを引き継いだかしたのだろう。なぜなら魔力登録解除に必要だった素材はメアも知っている。


「この針は確かに特殊な譲渡方法だったね、ドルチェ。でも魔力の登録解除の素材が君自身だったから助かったよ」


大丈夫、ドルチェは僕の記憶の中で生きている。


あの時は失敗に終わってしまったけど、今度はちゃんと成功させるから。ベスティアも無駄にはしない。心の中でそう決心をメアは固める。


「懐かしい事を思い出しちゃったな」


でもベスティアの針はこの針よりはやっぱり劣る。まあ、何かに使えるかもしれない。持っておくか。譲渡済みだから今は僕には使えないけど、使い道はあるかもしれないし。などと思考を巡らせ、ベスティアの針を魔力袋に一旦しまう。


獣人族の象徴が無くなって人族のように変貌したベスティアがベッドにまだ横たわっている。チラッとベスティアのスカートのポケットからハンカチが顔を見せている。このハンカチは持っている者の欲望を増幅させる効果がある。きっと役に立ったことだろう。メアはそのハンカチをベスティアの胸元に置いた。ついでにベスティアの両手も胸元で交差させる。


既に根こそぎ魔力を奪っているので、これを唱えればこの仕事は終わる。


『状態維持、消失』


ビクビクとベスティアの体がベッドの上で揺れ動く。麻酔をしてあるので、単なる魔力欠乏症による筋肉の収縮による自然な反応だ。その振動が終わるのをジッと見つめて待った。


そろそろ終わったか?


ほんの数秒程度で、ベスティアの動きが完全に停止する。メアは埋葬業者に忍び込んで取ってきた生地をベスティアに巻きつけた。


生地でぐるぐる巻きになったソレを、ゴロンと床に転がせた。


『葬送火』火魔法を生地に向かって唱え、ハンカチと一緒に火魔法が中身を燃やす。


シュウウ


風切音がして、火が遺体の中に吸い込まれていく。しばらくパチパチとした音が鳴り、遺体が燃やされている音がした。


キュウウウウウ


すぐに空気が小さな穴から抜ける時のような音がして、遺体を燃やし尽くした布が縮み出した。布の中に残った骨が粉々にされる、パキッボキッという音が鳴り響く。すると最後の仕上げとばかりに布が燃え、灰だけが残った。


バタン


窓を開けて空気を入れ、室内を換気する。


『清掃』小さな風魔法が舞い上がり、灰を窓に外に追い出した。


ベスティアもパトラとかいうどうでもいいやつもリタっていう女も馬鹿ばっかり。


『洗浄』


廃屋の室内全体を清潔にし、埃だらけだった室内は新品のごとく綺麗になった。


僕こそがこの世界を救う主人公だ。ドルチェもベスティアも、ただの通過点に過ぎない。僕にはまだやらないといけない事がある。

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