ニチアメリ王国、アメリゴ都市を歩いてみよう3
レストランを後にした二人は、服屋へ向かう所だ。
道すがら通り過ぎる時、ここは薬屋、鍛冶屋だとか、防具屋、武器屋などの紹介が入る。広場では祭が年一回開催されるらしい。馬車を借りる場所は街の外れ、関所辺りにあるとのこと。
街を案内されて周囲を見渡していて気がついたが、本にもあった通り、アメリゴ都市には様々な種族がいる。荷台を引いているのは獣人族の若者だし、薬屋には同族の妖精族が微笑んでいる。武器屋に商品を卸しているらしい魔族の男性は店主と何か話している。
そうこうしている間に、お目当ての服屋の前に着いた。その隣には下着屋、靴屋、鞄屋と続いているので、ハシゴできるようになっている。
服屋に入ろうとしたが、アイザックはこっちこっち、と下着屋に先に寄るよう言ってきた。ここだけは一緒に入りづらいから、先に済ませて欲しい、とのことで、リタのギルドカードを手渡してきた。確かに、と頷き、外で待っていてもらうことにした。
お店に入るとレースでフリフリしたブラやパンツ。どこも隠し切れていない、無意味な紐などが飾られていた。ここは男性が入れる場所じゃないのは間違いない。
待たせているので、さっさと選ぶことに決める。とりあえず3ペアくらいあれば、そのうち魔法の扱いにも慣れて、必要なくなるだろう。お金も心配だし、こんなもんで……と、リタはシンプルで安価な物を選んだ。
サイズ感がわからなかったので、大きさを見て何となく判断し、ブラだけを試着させてもらう。下着が流通している時点で、1900年台以降のようでもあるが服装はロココ時代で止まっている。従って、ブラやパンツ以外にコルセットも置いてある。
一方で、ゲームやおもちゃなどの娯楽は見たところお店もなく、現代日本のような高度な科学文明はなさそうだ。生活に必要な最低限が揃っただけの中世のようでもある。色々な時代が混在している変わった世界だ。
試着を終えると着用感に問題なさそうだったので、購入することに決める。
アイザックの真似をして、
「お勘定をお願いします。」とドキドキしながら言ってみた。
「硬貨でお支払いなさいますか?それとも、ギルドカードですか?」
「あ!ギルドカードで!」
どこかのCMみたいなセリフが口から出た。アイザックがさっきしたようにカードを照合機に翳した。
ふわっと白く光ると、支払いが終わった。
「商品をお受け取り下さい。ありがとうございました。」
薄い紙だけに包まれた下着を見つめると、あ、これ魔力袋に収納するパターンだ、と気がついた。鞄を手に入れるまでは、アイザック頼みだ。
包みを腕に抱き、ぺこりと会釈しながら店を出ると、店のドアを出てすぐの所で立って待ってくれていた。
「すみません、お待たせしました!あの、待っていただいた上にお願いするなんて図々しいにも程があるのは重々承知しているんですが、これ下着なのでこのままはちょっと……鞄を買うまで預かっておいていただけませんか?」
「ああ、なんだそんなことか。いいよ、持っておいてあげる。どう?仕組みは理解できた?」
「はい!おかげさまで無事購入できました!連れて来て下さってありがとうございます!もうちょっとだけお買い物付き合って下さい。」
「無事購入できたようでよかった。それじゃあ、次は隣の服屋だね。」
ドアを開けたらカランカランと軽快な音が鳴った。
「いらっしゃいませえん。」
少し低めの掠れた声で、何やら大柄なドレス姿の女性が出迎えてくれた。
「あらーん!カポルネギルド長ではございませんことお?キャ!後ろの方はなんと珍しい!妖精族ではありませんかあ!はっ!まさかわたくしにこの子を?!カポルネ様!!ステキー!!」
「え?えっ??」
混乱しているリタを余所に、店員さんは一人大盛り上がりだ。
「ああ、リタさんを任せる。5着ぐらい見繕ってくれ。今日持ち帰る。」
「あはん!かしこまりぃ〜!!さあさあ可愛い妖精族様!こちらにいらしてぇん。」
「え??アイザックさん?こちらの方は?キャッ!」
リタは逃げた!しかし回り込まれた!がしっと肩を掴まれて逃げ場はない!
アイザックは既に椅子に腰掛け、違う店員に紅茶を振る舞われようとしている。
「こっちのカーテンの奥よおん!オホホホホ」
「きゃーーーーー!!!!!」
カーテンの奥に消される間際にアイザックがニッコリと微笑みながら、手をひらひらとリタに振っているのが見えた。
「ここのオーナーをやっております、マダムペネロペでございますわあん。ペネロペとお呼び下さいませえん!体は男ですが、心は女ですからご安心くださいませえ!リタ様とおっしゃるのおん??まあ、まあ!カポルネ様とはお親しいのかしらん!始めてカポルネ様がお連れした女性のお客様ですから、マダムペネロペ!腕を振るわせていただきます!!!」
途中から声が野太かったが、気にする余裕はなく、
「お手柔らかに〜〜」お代官様ぁ〜!と口を滑らせそうなほど似たシチュエーションで採寸が一瞬で終わった。
「オホホホホ!妖精族の方は羽をお持ちだから、背中が空いてるドレスタイプがよろしいでしょう。今すぐご用意できる物をいくつかお持ちいたしますわあ!」
大きな体とは似つかわしくない、とててて、と可愛らしい音を後にカーテンから居なくなった。
「髪色が緑だから、こちらのお色がお勧めですわあ!」
と言って持って来てくれたのは、濃色を一部と、他はピンクや明るい青など様々なパステルカラーのワンピースだった。どれもレースでフリフリしていて非常に可愛らしい。花柄がたくさん散りばめられたワンピースもあり、リタの乙女心をくすぐった。膝下丈であるお陰で、派手には見えず、これぞ妖精族という見栄えだ。
自分の魔力で編み出した衣類はどうしても自分が生まれ持った色である体色に左右されてしまうらしく、緑しか出せないらしい。
せっかくなので、違う色にしたい、といった旨を伝える。
「そうしましたら、ここからお好きな色味を5色お選び下さいませえん。」
フォーマルな場でも使用できそうな濃紺の露出控え目なものと、真っ黒だが、白い詰襟がついたワンピースをまずは選んだ。乙女心がくすぐられた、白に近いピンクの生地がベースの花柄までは選べたが、あと二色が決まらない。
「うーん、あと二色はお任せします。」
「まあ!あはーーん!お任せ?していただけるの?会ったばかりのわたくしに?!ひゃあああ」
「こら!この方はいつもお任せで、ご自分では殆どお選びになられない方なんだ!勘違いするなよ!」
「カポルネ様!焦らずとも良いですのよ!わたくし男が好きですわあん!カ・ポ・ル・ネ・さ・ま・の・よ・う・な♪」
ぶふぉお!!!
カーテンの向こうで紅茶を吹いたような音が聞こえた。
ゲフ!ゴフ!と咳き込んでいる音まで聞こえる。
「アイザックさん?だ・大丈夫ですか?」
「ああ……」
かなりのダメージを負ったようだ。声に力がない。
「では一枚来ていただけるう?この花柄の奴なんていかがかしらあ?今のお召し物を消失させて下さいな。」
今度は絶対間違えないぞ、と意気込んで明確にワンピースだけが消えるイメージを膨らまさる。
「ワンピース、消失」
「それでは着付けします。」
おお、いきなり仕事モードだ!ペネロペさん意外と真面目だな。とりあえず棒立ちになって待ってみる。
手慣れた様子で着替えさせてくれると、満足そうな顔のペネロペが見えた。
「完璧ですわ。どこか緩めたり、詰めたりする所が一切ありませんわ!!まさかデザインそのままで着こなせる方がいただなんて……!わたくしの思い描いていた理想のプ・ロ・ポー・ション!!!あああああん!!!!!なんて可憐なのかしらああああ!!!!!カポルネ様!カポルネ様あん!!!」
ペネロペはカーテンをシャッと開けて、リタをアイザックに見せびらかすようにした。
「騒がしいぞ、マダムペネロペ!お前らしくもない!」
アイザックが溜まらず席を立ち、近づいてきた。
しかしペネロペがリタから一歩下がり、顔を伏せると、アイザックがハッとリタの美しさに気がついた。
「似合うな。すごく綺麗だ。」
リタは褒められ慣れていないため、お礼を言うので精一杯だ。
「こんな理想の子をわたくしに持って来たカポルネ様!こちらのバッグと!靴もセットですの!!!はああん!!!見て下さいまし!今お召しになっているワンピースと見事な調和ですわん!!!!」
さっきの恭しい態度はどこかへ投げ捨てたらしい。早い。
「ああはああん!!!!閃きましたわ!!」
ペネロペはいきなり真顔になると、
「今から作る物が出来ましたので、カポルネ様はさっさと払って、お帰りくださいまし。」
興奮したかと思えば、急降下した。落差が激しい。
どこから取り出したのか、照合機をさっとアイザックの前に出すと、アイザックは深いため息とともに支払いを済ませた。
「あ!私払います!」
「いや、ここは」とアイザックが言い切らないうちに、勢いよくペネロペが割り込んだ。
「そうですわあん!!カポルネ様がプレゼントなさったお洋服とバッグと靴を身に纏うリタ様!!可憐過ぎて枯れ果てかけたカポルネ様もイチコロですわん!お支払いになるなんて、とんでもありません!ここはカポルネ様にお甘えになっていればよろしいのです!!」
「まあ、そういうことだ。って、私のセリフを奪うなペネロペ。しかも枯れかけとはなんだ、私は好きで独り身をやっているのであってだな。」
弁解を始めたアイザックを相手にすることなく、マイペースにペネロペは鼻歌を歌っている。
「うふふふふ!ではお包みしてきますわあん。」
またもやとててて、と可愛らしい音を後に、店の奥へ消えていった。
「嵐のような人でした……」
「すまない、いつもはもっと真面目で無口な上、選り好みする奴なんだが……よっぽどリタさんのことがツボにハマったのだろうな。許してやってくれ。」
「とんでもありません。私も喜んでもらえたようで、とても嬉しいです。」
ハシゴするつもりが、マダムペネロペのお店で一式揃ってしまった。
洋服と靴と鞄の一式が綺麗な紙に包まれ、渡された。
「またのご来店をお待ちしていますわ!リタ様!カポルネ様!」
もうしばらく持っていてくれるとの事で、またもやアイザックの魔力袋に頼ってしまった。
またいらして下さいませ!絶対ですわよ!という声でお店を送り出された。
なんだかんだと長い時間お店にいたようだが、辺りはまだ明るかった。
「これで安心だね。最後に、リタさんが住むことになる部屋に案内するよ。」
「あ、じゃあ部屋に行く前に食材を買ってもいいですか?家に何もないのは不安なので……」
「そうだね、市場に寄ってから行こう。」
スッと出された手を繋ぐと、後ろから野太いあぁん!と言う声が聞こえたが、私1人では絶対にここに来ないことを誓ったので、問題ない。
市場にたどり着いた頃には、日が落ち始めていた。生活に必要な調理器具なども全て揃っているということだったので、食材だけを手にする。どれも2人分購入しようとした所で、了承を得ていないことに気がつき、おずおずとアイザックに晩ご飯をご馳走させて欲しい、と申し出た。
まだ深い関係に至っていない女性が男性にそれを言う事は、私を今夜食べて欲しいの隠語だが、それを勿論のことリタは知らない。
リタが知らないとは分かっていても、日も暗くなったことも相まって、年甲斐もなく顔を赤らめ、アイザックは顔を背けてしまった。
その様子を見て勘違いしたリタは、アイザックに問いかけた。
「あれ?アイザックさん、顔が赤い。もしかして疲れちゃいましたか?」
あれ?照れてる?と言ってから気がつき、リタは悪戯を思いついた。
日中に起こったアレをしよう、と丁度片手にアイザック、もう片方に買い物カゴを持っているので、背伸びしてコツン、とアイザックのおでこを自分のと合わせた。
「っっっ!んな!!リタさん!!!熱はありません!」
「分かっています!お返しですよーだ!アイザックさんも鼻血を吹いたら良いのです!」
アイザックにしては珍しく、慌ててリタの両肩を持って、体を離した。しかし肩から手が外せそうもない。
何か言おうにも言葉が浮かばず、リタを見つめて口を開けては閉じると言う行動をアイザックは繰り返した。
「でも、本当に。良かったら食べて行きませんか?料理には自信があるんです。」
もう一度問いかけ、お願い、と首を傾げてみる。
「タベマス。タベサセテ下さい。(リタさんを)」
今度はすんなりと言葉が出てきたアイザックだった。




