異世界への入口は唐突に
「さあ、帰ろっと」
時刻は23時。定時は18時なのに、ずいぶん遅くまで仕事をしてしまった。とは言え独身30歳、彼氏いない歴イコール年齢の一般企業のOLがはなの金曜日にすることと言えば悲しいかな、
「あとは寝るだけ。」
この時間ともなると既に電車は空いている。一日中ヒールでオフィス内を歩き回った足はもうクタクタだ。ゆらゆら満員電車に乗って会社と自宅を往復するだけのなんの変哲もない毎日。1時間ほどして自宅の最寄駅に到着した。
「コンビニ寄ってから帰ろう……」
何年も独身生活をしているとつい、独り言が増えがちになる。これも歳か。駅からコンビニに向かうには、公園を抜けなければならない。公園を回って行くこともできるが、とにかく足が疲れていた。
「もう0時か……。人の気配もないし、街灯も切れかかってるし、回ったほうがいいんだろうけれど、足がもう無理。」意を決して公園へ足を踏み入れた。
コツコツと自分のヒールが辺りに鳴り響く。この公園は広く、15分ほど歩けばコンビニが目の前にあらわれる。迂回しても20分ぐらいだが、少しでも短縮したかった。
10分ほど歩き、もう少しというところで前方にホームレスのような人がベンチで寝そべっているのが見えた。
残念ながら迂回できる経路はない。真っ直ぐ進むか、後戻りするしかないのだ。仕方ない、と足早にそこを通り抜けようとしたその時。
「あがががガガガがガガガがが」
いきなり奇声を発したホームレスにビクッ!となりながら、相手を刺激しないように冷静な人の仮面を被って、顔を背けてできるだけ距離を取るように端へ寄り、一気にそこを抜けようとした。
しかしこちらの意を汲むことなく、そいつはガバッと体を持ち上げ、何を思ったのか、こちらに歩みを向けてきた。
無理、無理、無理、無理!!!!
限界が来た私は仮面を脱ぎ捨て走り抜けることにした。内心泣き叫びながらも必死にコンビニの明るさを求め、とにかく走った。
「アヒャヒャひゃひゃあはあは」
壊れた人間の笑い声がすぐ後ろまで来ている!コンビニに匿ってもらうしかない!ヒールが脱げ落ちたのも構わずとにかく走った。
「ギャハは!ぐゲッごぼぼゔおおおお!!!!!」
もう手が触れられるぐらいまで近づいてきている。ホームレスは手をめちゃくちゃに振り回して捕まえようとしてきている。
「コンビニ!!助けて!!誰か!!」
息も絶え絶えになりながらようやく見えてきたコンビニに向かって叫んだ。
「お願い!!助けて!!」
もう一度叫び、公園を抜けると重い空気の層を擦り抜けるような感覚があった。
その瞬間、体がいきなり発火した。
「熱いー!!痛い痛い痛い痛い!」
ホームレスが火をつけたのか?いや、手には何も持っていなかったはず!
「いやああああああ!!!痛いいい!!!イタイイイイイイイイ!」
叫んでいるその間も身体は発火し続けている。気が狂いそうになりながらもなんとか火を消そうと体をくねらせ、床に転がろうとした。
しかし床は見当たらず、無重力な空間を発火しながら漂うことしかできない。実際に燃えていたのはほんの数分程度のことだろうが、それは何時間も続いていたかのように思えた。
「もう、む……り……」
命を諦めたその瞬間、床にドサっと落ちた感覚があった。脳裏の横隅でチリン、とベルが鳴る音が響いた。
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