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源泉(いたみ)

作者: ぱすくろ

 ミュージシャンの忠岡淳ただおか あつし・男性二十九歳は人が苦手、というより嫌いだった。

人前で歌う職業だ、他人に支持されてナンボの仕事だ。現に今、彼は時のアーティストと言っても過言ではない人気を誇っている。

それでも 日々感じるストレスは忌々しい。

自分の事を高く評価するファンたちも淳にとっては面識がないくせに自分をよく知った風でいる他人、つまりストレス要員なのだ。


日々蓄積されるイライラを燃料にして作詞作曲歌唱をしている自分がとにかく気に入らない。

恨みつらみを糧にした創作ではいつか限界が来る、そもそもこの不快感が自分の限界を作っている。

 かと言って電気、ガス、水道、インターネット……他人との繋がり、文明の恩恵を放棄した世捨て人になる度胸もない。

アーティストとして曲も出し続けたい。


 自分もあと三ヶ月で三十歳だ。歳を取ることに焦りを感じる性分ではないが、きっかけには丁度良い。

荒療治で人嫌いを"失くす"きっかけに。


 決断した淳は 『氣田鐘(けたがね)博士』の研究所を訪ねた。

氣田鐘博士は報酬さえ出せばどんな頼みも聞いてくれると評判のマッドサイエンティストだ。

ドラッグの所持と使用で使った数少ないアーティスト仲間から聞いた。薬物使用者からの伝聞、それも裏社会の評判とやらを額面通りに受け取って良いのかは不安だが、そのくらいの賭けをしなければどうしようもないだろう。


 氣田鐘という人物は思ったよりも清潔だった。

主流から外れたマッドサイエンティストと聞いて、人里離れた場所にポツンと建つお化けが出てきそうなボロ屋敷に住むイメージが思い浮かんだ。

しかし、彼の研究所は郊外ではあったが近隣にポツポツと民家が建ち、車を出せば複合商業施設にも行ける。

 研究に没頭して生活に気を配らないイメージもあったが、淳への応対に出てきた彼は真新しいかは知らないが白衣に目立った汚れも見えないし、変な匂いもしなかったし、お茶も出してくれる。

 ここまで神経質に人を見てしまうのも人嫌いのせいだろうか。

淳の話もじっと聞く老人は、終わるなり報酬額を明記した契約書へのサインを求めてきた。

「出来るんですか?」

「そこいらの科学者に頼み込めば、人嫌いを治す方法を必死に考えることは出来るじゃろうが、実現するにしてもしないにしても十年単位で待たにゃいかんじゃろうて、ケッケッケ」

 意外とまともな人と思っていたが不気味な笑いをする老人に、淳は始めて恐怖を感じた。

が、ここで話の腰を折るわけにはいかない。

「出来るんですね?」

「要は知識の組み合わせじゃよ。新たな発見をするのが科学者とよく言うもんじゃが、それは先入観じゃよ。他の科学者のアイディアでも積極的に組み入れて実現を目指す、それがワシにとっての科学じゃ。料理でもあるじゃろ、市販品のスープや出汁をそのまま別の料理の隠し味に使うような。邪魔するプライドを捨てれば結果が簡単についてきよる」

「はぁ」

 いきなり饒舌になってくれたのは良いが、はっきり言ってどうでもいいし自分には到底理解できない話だということしか分からなかった淳の生返事。

そんな淳の姿から自分のペースで話し過ぎたことを悟ったのか、禿げ上がった自分の頭を掻きながら氣田鐘は、

「よし、じゃあそこの手術台の上で寝ておくれ。上半身だけ脱いでくれればいいぞい」

「もう、やるんですか?」

「即席で出来ちゃうのがワシの強みじゃ、ケッケッケ」

 麻酔か何か打たれて寝ることになるとは思うが、この不気味な笑いで目を閉じたくはないな--そう思いながら淳は手術台の上で仰向けになる。

「この後寝てもらうが、本当にええんじゃな?」

「何がですか?」

「人嫌いを治してもええんじゃな?ワシの想定では、他人に寛容になれるという形で人嫌いを克服する形となるんじゃが、それでアンタはええんじゃな?」

 何を今更。結構な事じゃないか--淳は漁の瞼をゆっくり閉じることで返答とした。



「完了したぞい。聞こえるか?ワシが分かるか?」

 目覚めてはじめて、自分の意識が途切れていたことを知る。

目に挿し込んでくる照明の眩しさを左手で遮る淳には腹を開かれたとか、頭に何か入れられたといった感覚はなく、本当にただ心地よく眠っていただけにしか思えなかった。

「聞こえますよ、先生」

「成功じゃな。やっぱりあんた、ワシを警戒しとったようじゃの、手術前は」

 自分が今どういう顔をしているかは分からないが、どうやら博士に好意的な顔をしているらしい。

確かに今、心は穏やかかもしれない。

あれほど不快に思っていた博士のケッケッケという笑い声が今すぐ聞きたい。

自分を治療してくれたことを感謝したい。

この博士のことが好きなのだ。


「ありがとうございました!」


 収まりが効かず沸き上がり続ける高揚感が治療の効果かも分からないまま、そして今しばらく博士と共にいたい衝動を抑えて淳は研究所を去った。

今すぐ誰かに会いたい。誰にでも会いたい。この多幸感を今すぐ曲にして歌い上げたい。名も知らぬ人々と共有したい。

 

 淳は早くも作曲活動に取り組み、レコード会社から新曲を販売配信した。

そして、新曲の売り上げは自身の最低記録を更新。淳のアーティストとしての評価は崖から転がり落ちるように低迷し、やがて枯れた。

 淳の数少ない友人たちはその変化を喜んだが、面識のないファンたちは彼の人格ではな屈折した感情から絞り出される絶望を表現した曲と鋭い歌唱力にしか興味が無かったのだ。




「ワシはやらんよ、あんな手術。他人が好きなのかって?バカ言いなさんな。

嫌いじゃ、嫌い。理由?あるかンなもん。

邪魔やつを殺してやりたい、苦しめてやりたい、泣かせてやりたい--これがワシの研究の原動力じゃよ、ケッケッケ」


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