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猫首相  作者: 下酉新
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第一話 プロローグ

人型のモフモフがみんなで賑やかに過ごす物語。人間も出る。

 その生物は、日課になった気晴らしの散歩から、自分の家族が暮らす木造建築の自宅に帰り着いた。疲れたような溜息をついて、それから言った。


「ただいま」


 返事も待たず、そのままのし歩いて自室に入り、テレビに手をかざして適当な映像ソフトを選ぶ。アイドルの3D動画を選んで、再生、と呟くと、ほどなく映像が始まった。


 古いガジェットやボードゲームが所狭しと散らばる六畳間の部屋の中、黄金色の美しい毛皮の輝く巨体を大きな椅子に座らせると、異形の猫人間は立体テレビに漫然と目をやる。画面には最近流行りのローティーンアイドル『カインドネス』が、きらびやかで際どい衣装をひるがえし、オペラのような演出で歌い踊っている。


 あいかわらず、美しいな。端正な獣の顔が呟く。


 学校や世間から切り離されてもう、三十年になろうか。キメラの寿命は人間の二倍だけど、心の苦しみから解放される事はない。木製の机の上には、抗うつ剤と抗がん剤が仲良く揃っている。


 最初の頃、綺麗に整頓されていた部屋は、すでに『汚部屋』だ。猫は唸った。唸ってもどうしようもないが、それでも不満を表明した。


「おい、小判」


 白い猫人間が部屋に入ってきた。黄金の猫はテレビを一時停止して振り返る。


「軟禁が解けたぞ!もう、世の中に出られるってさ」


 弾んだ声で白猫は言う。少し小柄で、毛皮が少しくすんでいる。黄金の猫より年上みたいだ。


「…そうか」


 黄金猫は、少し間をおいて返事した。うれしくないわけじゃないが、どう反応すればいいのか分からなかった。


 テレビを消して振り向いて、白猫の方を向いたとき、黄金猫は少し泣いていた。白猫は優しい笑みを毛皮の顔に浮かべていた。その時、言葉の重さをやっと悟ると、黄金猫は白猫に駆け寄り、抱きついた。その時には、もう完全に泣いていた。


「いままで、ありがとう。父さん」


「よく、がんばったな、小判。お前は自由だよ」


 少ししぼんだ体で、白猫は黄金猫を抱き寄せた。


「母さんは?」


「台所だよ。お前が好きな七十七草粥を作ってる」


 小判は脱兎のように駆け出すと、部屋のドアを抜け、木造建築の廊下をピョンピョン跳ねながら台所へ向かった。


「母さん!」


「はいはい、いまできるよ」


 台所で作業している墨色の黒猫に、小判は背中から抱きついた。


「いままで、ごめん。本当にありがとう」


「わかったよ。ごはん作ってるから、席に戻ってね」


 墨色の黒猫はわざと何でもない振る舞いをしたが、その目はうるんでいた。




 この黄金色した猫の名まえは、山吹やまぶき小判こばん。雄猫のキメラだ。年齢はそろそろ六十だが、人間の寿命より二倍生きるキメラにとってはだいたい三十くらいだ。ある事情で世間と交わることを禁止されていたが、いまやっと自宅軟禁から解放され、自分の人生を生きようとしていた。


 両親は山吹やまぶき朝日あさびと山吹やまぶき墨名すみなという。小判とは違い、激動のキメラ災禍に生き残った立派な社会人キメラで、小判は二人を敬愛していた。二人は軟禁状態だった小判を辛抱強く育ててくれた。




 これから、両親の元を離れ、山吹小判の珍妙な旅が始まる。

よろしくお願いします。

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