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絶望と絶望

 少女にアミの向かった方向をある程度聞くと、俺は少女を村に返した。


 このまま危険な場所までは当然連れてはいけないからだ。


 俺は木々の隙間を駆け抜けただ一直線に走る。


「……!?」


 耳に届く低い唸り声。


 そのすぐ後にアミの悲鳴が響き渡った。


 俺は腰から剣を抜き一気に正面へと飛び出す。


「二人から離れろ!」


 今にも飛び掛かりそうだった魔獣に俺は剣を振りぬいた。


 牙と刃のぶつかる鈍い音が周囲に響く。


「っ!?」


 勢いを乗せたはずの攻撃。


 しかし、狼のようなその魔獣は後ろに吹き飛ぶでもなくじっとその場で俺の剣を受け止めている。


 即座に俺にとびかかろうとする魔獣に俺は反射的に膝蹴りを食らわせる。


 魔獣の体は少しだけ宙に浮きあがり、俺はそのわずかな瞬間に魔獣と距離を取った。


 背後からは二人の少女の怯えた様子が伝わってくる。


「……イスラさん?」


 アミは必死な様子で俺の名前を呼んでくる。


 振り返るとアミに抱き着くようにしてじっとしている少女がいた。


 俺はそれを確認するとすぐに正面に振りむく。


「アミ。その子を連れて逃げろ」


「でも……」


「その子を守れ!」


「!?」


 息をのむ音が背後から聞こえてくる。


 そのすぐあと、アミは立ち上がってその場から逃げ出した。


 俺は耳でそれを確認するとじっと正面の魔獣を見据えた。


「グルル……!!」


 ギラリと光る大きな牙。


 その隙間から滝のように流れるよだれ。


 どうやら完全に臨戦態勢に入っているようだ。


「ダメージは……無しか」


 俺は剣を握る手に力を込める。


 その瞬間、魔獣はまっすぐに俺に向かって突進してきた。


 相手の様子を窺うことなど一切しないその野生の動きに俺の反応は一瞬遅れる。


 とっさに剣を振るうがその攻撃はまたしても魔獣の牙に阻まれた。


「っ!!」


 剣がぶつかっても魔獣は動きを止めることなく、さらに前へと踏み出そうとする。


 そのとてつもない力に俺は踏ん張ることなどできるわけなく真後ろへと吹き飛ばされた。


 宙を舞う体。


 俺はその間になんとか体勢を立て直し地面に着地する。


 そして、即座に正面へと視線を送った。


「!?」


 眼前に迫る魔獣の牙。


 頭ごとかみ砕こうとするその攻撃に俺は即座に反応する。


 上顎を左手で、下顎を左足で押さえつける。


「!! そうだよな! 抑えきれるわけないよな!」


 無理やりに口を閉じようとする魔獣。

 

 手と足に食い込んでいく鋭い牙に俺は顔を歪ませた。


 しかし、その激痛に耐えた数秒があったからこそ俺は反撃できたのだ。


「牙が固いならその先を狙うまでだ!」


 俺は大きく開かれた魔獣の下顎に剣を突き立てる。


「グルルァァァアア!!」


 しかし、魔獣の下顎は強靭な筋肉に守られ剣が思うように突き刺さらない。


「口の仲間で固いのかよ!」


 顔を振り回す魔獣に対して、俺はとっさに魔獣の口を離しそのまま宙で一回転する。


 そして、そのまま勢いよくかかとを魔獣の顔に振り下ろした。


 無理やりに閉じられた魔獣の口。


 それと同時に魔獣の顎からは俺の剣に切っ先が飛び出ていた。


「ガァァァァ……」


 徐々に小さくなっていく唸り声。


 それはやがて聞こえなくなった。


 俺は思わず全身から力が抜けてしまい、その場に崩れ落ちてしまう。


「はぁはぁ。危なかった。『魔眼』が無かったら死んでたな」


 少々癪だったがこの時ばかりは『魔王』のスキルに感謝した。


 『魔眼』が無ければあのまま一方的に噛み殺されていただろう。


 最後の最後にあの動きに対応できたのも運がよかった。


「短期決戦に持ち込まれるとやっぱりきついか。これからは気を付けよう」


 俺はいまだ震えている膝を無理やりに起こしてなんとか立ち上がる。


 そして、魔獣の死体のもとへ行き口を開いた。


「うぇ。あんまりいい気分じゃないな」


 むわっと熱気が顔にかけられ思わず吐き気を催してしまう。


 俺はなんとかそれを我慢して突き刺さった俺の剣を引き抜いた。


 血がべっとりと付いた刃を振り払い、その剣を腰に戻す。


「イスラさん!」


 背後から聞こえるその声に俺はすぐに振り返る。


 すると、そこには呼吸を荒くしたアミが立っており心配そうに俺を見つめていた。


「アミ! 大丈夫だったか!?」


「はい! 女の子は村まで連れて行きました!」


 満面の笑みでアミは俺に駆け寄ってくる。


 そして、そのまま俺に抱き着いてきた。


「おい! いきなりどうした!」


「すみません! こうしてイスラさんとまた話せることがうれしくて!」


 心配してくれていたアミを邪険にするわけにもいかず、俺は振り払うこともできずにその場に立ち尽くす。


「……汚いぞ。汗もかいたし魔獣の血も浴びた」


「そんなの気になりません」


 泣いているのだろうか?


 俺の胸に顔をうずめているアミは微かに震えていた。


 お互いに何も言わない時間が過ぎる。


 少ししてようやく落ち着いたのか、アミはおでこだけを俺の胸にあてるような体勢で話し始めた。


「また助けられてしまいました。弱いですね私は」


「そんなことない」


「弱いですよ。今回だって結局はイスラさんがいなかったら私もあの子も死んでましたから」


「……どうして誰にも言わずに助けに言ったんだ?」


 俺は少し黙り込んだ後アミにそう問いかけた。


「怒っていますか?」


「いや、むしろすごいなって思ってる」


「……すごい?」


 俺の言葉にアミは顔を上げた。


 その瞳は泣きはらしたかのように赤い。


「アミがいなかったら俺はあの女の子を助けてあげられなかった。アミがいたから俺は間に合ったんだ。その部分は誇っていいと思う」


「……」


 アミは口を開けたまま黙り込んだ。


「……私だって怖かったんです。でも、あの瞬間助けに行けるのは私しかいませんでした。そう考えたら自然と足が動いていました」  


 当時の事を思い出しているのかアミはうつむいている。


「以前のアミならまず俺たちを頼っていただろうな」


 模擬戦を終えてからアミは確実に変わっていた。


 それが成長なのかは俺にはよくわからない。


 ただ、変わろうとしていることは間違いなく成長だ。


「そうですね。私もイスラさんみたいに強くなれますかね?」


 アミはようやく俺から離れると、にっこりと笑って俺に問いかけてくる。


「そうだな……」


 「なれるんじゃないか?」という言葉を言う前に、俺はアミの異変に気が付いた。


「……!!」


 眼を見開くアミ。


 俺は即座に背後を振り向いた。


「ガァァァァァアア!!」


 迫りくる魔獣。


 俺はとっさに剣を抜こうとするが間に合うはずもない。


 やばい。俺死んだな。


 諦めかけたその瞬間、俺の体は勢いよく横に吹き飛ばされた。


「イスラさん!」


 時間が極限まで引き伸ばされ、俺は突き飛ばしたアミに視線を向ける。


 アミは俺の変わりに魔獣の牙に身を投げ出していた。


「アミ!」


 俺がアミの名を呼んだ時にはすでにアミは魔獣に肩をかみつかれていた。


 そのまま飲み込まれるのではないかというその光景に俺は即座に動き出す。


「アミを離せよ!!」


 魔獣はアミの肩をかみ砕こうと動かない。


 避けられることはない。


 俺は持てるすべての力を込めて魔獣の横腹に剣を突き刺した。


「ァぁぁぁ……」


 魔獣はすでに限界だったらしく俺の攻撃にすぐに動かなくなる。


 魔獣の顎からは力が抜けていき、アミはすぐに解放される。


 しかし、俺はアミのその現状を目の当たりにして驚愕した。


「血が……血が……」


 アミの体は血まみれで、その足元には大きな血だまりができていた。


「やっと役に……立てたみたいですね」


 真っ青な顔色でアミはそんなことを口にする。


 笑ってはいるが無理しているのはすぐに分かった。


「喋るな! じっとしてろ!」


 俺はアミの怪我の状態を確認する。


 専門的な知識はないが傷口の場所くらいは見ておきたかった。


「……傷は右肩だけか。これならまだ」


 俺はすばやくアミを担ぎ上げる。


「イスラ……さん?」


 無抵抗ながらアミは口を開く。


「すぐに治療すればまだ間に合う! 安心しろ! アミは絶対に俺が助けるから!」


 俺は全速力で走り出した。


 もう疲れなど感じない。


 呼吸は荒くなるがそれだけだった。


 今は少しでも早く村に戻らなければならない。


 もっと速く。もっと速く。


 村まではそう遠くない。


 俺は木々の間を風のように走り抜けていく。 


 ーーその時だった。


「君だね? 私の魔獣を倒してくれたのは?」


 いつの間にか現れた黒いスーツの男が視線の先に立っていた。


 俺は思わず足を止めてその男を見つめてしまう。


 普通ではないその男の雰囲気。


 「私の魔獣」というセリフも気になった。


「誰だ?」


「私は……ジョーカーとでも名乗っておきましょうか」


「時間がないんだ。用がないなら通させてくれ」


 背中のアミは呼吸はしているがすでに意識が無いらしくぐったりとしていた。


 すると、ジョーカーと名乗る黒スーツの男はそんなアミを見て「おや?」と興味深そうに声を上げる。


「なるほど。仲間の命の危機……というわけですか」


「分かったんなら早く……!?」


 黒スーツの男は突然俺たちを指さす。


 そして、その指先には黒い光が集中していた。


 色は違うが、その光は見覚えがあった。


 俺はとっさに姿勢を下げる。


 その次の瞬間、黒スーツの男の指先から黒い光線が放たれた。 

 

「あぶねっ!」


 黒い光線は紙一重で俺の真上を通り過ぎる。


「私の魔法を躱すとは。それなりに戦闘経験はあるようですね」


「なんなんだお前は!」


 その時俺は完全に頭に血がのぼっていた。


 攻撃されたということもあるが、何よりも徐々に弱っていくアミを背中で感じていたからだ。


 しかし、黒スーツの男が前髪を上げてみせてきたものを確認して、俺は思わず硬直してしまう。


「これを見ればわかりますね? 私は魔族です」


 黒スーツの男の額には一本の角が生えていた。


「魔族……」


 どうしてこんな時に、という思いが何度も俺の脳内で繰り返された。


「人工魔獣のテストをしていたのですが、まさかあなたのような若い男に倒されるとは……正直興味を持ちました。あなたの実力を私にみせてください」


 この状況に似合わず深くおじぎをする黒スーツの男。


「ふざけんな! こっちにはそんな時間はない!」


 まともに相手をしている余裕はない。


 俺は即座に真横に走り出した。


 距離的には遠回りになるが、今はしょうがない。


「この森の中なら撒けるはずだ」


 大体の村の位置は分かる。


 迂回するようなルートで俺は森の中を走り抜けた。


「--撒いたか?」


 少しの間は知ったがあの黒スーツの男の気配は感じられない。


 追うのを諦めてくれたのだろうか?


「もう少しで村に着くはずだ。アミ。頑張ってくれ」


 背中のアミに俺は声をかける。


「……!?」


 その刹那、俺の背中に突然悪寒が走った。


「君の逃げる理由。その子を殺せば私と戦ってくれるのかい?」


 後ろから聞こえるその纏わりつくような声に俺は即座に振り返ろうとする。


 しかし、黒スーツの男はそんな悠長に俺を待ってはくれない。


「っ!!」


 俺の体はものすごい衝撃波で吹き飛ばされる。


 俺はアミの体を離してしまい、アミは地面に投げ出されてしまう。


「……アミ!」


 朦朧とする意識の中俺はアミの姿を捜した。


 アミは少し離れた場所で倒れており、俺はすぐにアミの元まで駆け寄る。


「もう無駄だ。心臓を貫いた。その子は助からない」


 どこからか響く黒スーツの男の声の通り、アミの左胸からはおびただしい量の血があふれていた。


 口からも血が漏れ出ており、アミの体は全身が真っ赤に染まっている。


 しかし、俺は再度アミを担ぎ上げる。


「まだだ。まだ絶対に助かる」


 それだけ言うと俺は村に向かって走り出した。


 背後から届くのは黒スーツの男の呆れたような声。


「かわいそうに。現実を見れていない。ーーまあいいだろう。君には私と戦う理由ができた。本気の君と戦えるのを待っているよ」


 俺はその声を無視してただただ必死に走り続ける。


 眼からは自然と涙があふれだしていた。

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