ウド村の魔獣
『アテネ』から馬車で二日ほど移動したところにあるウド村。
連日溜まった疲れをほぐすかのように俺たちは馬車を降りてから一斉に伸びをする。
「あーあ。やっと着いたわね!」
「正直言うともうくたくたです」
キョロキョロとウド村を見渡すシャルとアミ。
正面に見えるのは『門』と呼ぶには少々安っぽい小さなゲートがある。
ここはまだウド村の玄関に位置する場所のようだが、ここからでも村の全貌が見えるのではないかというほどにウド村は小さな村だった。
「森に囲まれた村か。魔獣にとっちゃ潜みやすい場所だな」
「そうだな。これだと探すのが一番大変そうだ」
俺たちはそれぞれ気になった場所へと視線を向けていた。
すると、最後に馬車から降りてきたエリナが俺たちに向かって話し始めた。
「レベッカさんとリリーさんのパーティーはすでに宿に向かったようです。私たちもすぐに向かいましょう」
「そうだな。俺たちの馬車は少し遅れたみたいだからな」
俺たちは馬車のおじさんに軽く挨拶を済ませてすぐに村の中にある宿へと向かった。
--軽く村を見回りつつ宿へと到着した俺たち。
しかし、村の現状を確認した俺たちの表情は暗かった。
「想像以上ね。まさかここまでひどいなんて」
魔獣が暴れたと思われる跡が村のそこかしこに見られた。
村人たちもどんよりとした表情を浮かべるばかりで俺たちには見向きもしない。
「ああ。事前に聞いていたものよりずいぶんひどい気がするな」
俺がそう話しながら宿の扉を開けると、そこには監督とリリーたちがいた。
監督はすぐに振り返ると少し焦ったような表情で俺たちに言ってきた。
「どうやらここ数日で魔獣が狂暴化しているそうです。村人から死亡者も多数出ているそうで、正直に言うと今回の件はあなた達だけでは荷が重い仕事かもしれません」
「……」
監督の話にどうすればいいのか分からず絶句する俺たち。
すでに話を聞いたらしいリリーたちも不安そうな表情を浮かべていた。
「緊急事態のため魔獣討伐には私も参加します。ただ、万が一ということもあります。そのためにこの中の誰かに『アテネ』から救援を呼びに行ってもらいます」
いつになく早口で話す監督が事態の深刻さを訴えていた。
俺たちとリリーたちは互いに顔を見合わせつつも誰も言葉を発せなかった。
数秒の沈黙の後、監督がようやく口を開いた。
とある一人に視線を向けて。
「エリナ。行ってくれますか?」
「私……ですか?」
突然の指名にめずらしく困惑した様子を見せるエリナ。
「タイミングが悪く馬車はありません。でも、魔導人形のエリナなら『アテネ』まで休まずに走って行けます。このメンバーの中なら一番早いはずです」
「確かに私なら一日……往復で二日もあれば救援を呼んでこれます。ただ……」
エリナは俺の事をじっと見つめてきた。
俺はその視線の意味を理解し首を縦に振る。
「俺なら大丈夫だ。行ってきてくれ。エリナ」
「分かりました」
エリナは頷き返すと監督に再度顔を向ける。
すると、監督はすぐに口を開いた。
「決まりですね。エリナは救援を呼びに、それ以外のメンバーはまずは村の住人に聞き込みをお願いします。決して危険な行動はせずに、何かわかったらまずは私に知らせてください」
「「はい!」」
その場にいた全員が真剣な表情でそう返事をした。
--俺たちはそれぞれ村の各地に散って聞き込みを開始した。
俺たちのパーティーは東側、リリーたちのパーティーは西側を担当することになっている。
「俺は担当地域の中の北のほうから順に聞いていく」
「じゃあ私は東側に行くわ」
「それなら私は南にしますね」
「……ということは俺は西だな」
俺たちは素早く互いの担当を決めるとすぐに各地へと散らばった。
村の様子を見る限り魔獣がいつまた現れるのかわからない。
あまり悠長にしている時間はなさそうだ。
俺は長旅の疲れなど忘れて村の道を一直線に走り抜ける。
「--まずはここだな」
村の北東に位置する家。
その家は少し高くなった丘の上に建てられており、家の後ろには森林が広がっている。
俺は軽く息を整えてから家の扉をノックした。
数秒後、中から年老いた老婆が顔を覗かせた。
その老婆も他の住民と変わらず暗い表情を浮かべていた。
「あの……何かようでも?」
「突然すみません。俺は『アテネ』から来たイスラって言います」
「……」
てっきり助けが来たことで多少は表情を明るくさせてくれるものだと思っていた。
しかし、老婆は相変わらず表情は冷めきっている。
「あの魔獣は人が倒せる相手じゃないよ。悪いことは言わない。速くここから逃げなさい。まだ若いんだ。こんなところで死んじゃいかんよ」
老婆は淡々と話すとそそくさと家の中に戻ろうとする。
俺はとっさにその背中に声をかけた。
「その魔獣を倒すまで俺は帰りませんよ」
足を止める老婆。
俺はそのまま老婆の背中に話し続ける。
「大丈夫です。あなたは俺が絶対に守ります」
せめて口だけでも『勇者』らしく。
期待されていないのならそれでもいい。
期待されるような人間になればいい。
俺がそこまで言うと老婆はゆっくりと振り返って俺を見た。
「ありがとう。少し励まされたよ」
いまだ固い笑顔。
しかし、今はそれで十分だった。
「あの魔獣は普通じゃない。まるで人間のように頭がいい。追っているはずがいつのまにか自分が誘い込まれている。そうならないように精々気を付けなさい」
その言葉を最後に老婆はとうとう扉を閉めた。
俺は少しの間その場で立ち尽くし、老婆の言っていたことを考える。
「まるで人間のよう……か」
魔獣がここまで被害を出すなんて実はあまりない出来事だ。
一人や二人が魔獣に襲われることはよくある。
しかし、村を襲っていまだ逃げ延びているなどやはり普通ではない。
俺はその魔獣に少々違和感を感じつつ、次の家へと走り出した。
--俺は一通り聞き込みを終えたあと、さっき他のみんなと別れた場所まで戻って来ていた。
少ししてシャルとエドも戻ってくる。
「どうだった?」
俺がそう尋ねると、二人はそれぞれが集めてきた情報を簡潔に話し始めた。
一通り聞き、俺は小さくうなずく。
「ーー俺も大体同じ。その魔獣は神出鬼没で逃げ足が速い。今のところすみかも分かっておらず、オオカミ型の見た目で体はかなりでかいみたいだ」
俺の言葉にシャルとエドは首を縦に振った。
「おかしいのはその行動よ。突如現れてはすぐに帰っていく。人を喰いに来ているにしてもここ最近は頻度が高すぎるわ」
「そうだな。あきらかに別の目的があるとしか思えねえ」
シャルとエドが互いに顔を見合わせてうなずきあっているその様子を見て、俺は目を丸くしてしまう。
「なんか二人の意見が一致してるのは初めて見たな」
俺がそう言うとシャルは見る見るうちに顔を紅潮させた。
「はぁ!? 何言ってんのよ! こいつが後から勝手に同意してきたのよ!」
さっきまでの様子はどこへ行ったのか、シャルは態度を一変させてエドを睨みつける。
「いや、そこは別に怒るところじゃね……」
「うるさい!」
もはや何を言おうと怒鳴るシャルにエドはいつものように黙り込んだ。
俺は『余計なことを言ってしまった』と内心反省する。
「--そう言えば、あの青髪の女遅くねえか?」
少ししてエドは口を開いた。
エドのその言葉にシャルもようやく我に返る。
「何かあったのかしら? アミ」
「いや、いくらなんでも遅すぎないか?」
俺たちがここに集合してからすでに十分ほど経過している。
別れた時からだともう一時間ほど経っていた。
「どうせ聞き込みが長引いているってだけだろ」
「アミならありえなくもないけどな……」
アミが聞き込みにてこずっている様子は容易に目に浮かぶ。
しかし、俺は妙な不安を感じていた。
その時だった。
息を荒げて走る少女が南の方角から走ってきたのだ。
少女は俺たちのもとへとたどり着くと、疲れなんか気にもしない様子で口を開く。
「お願い! 助けて! 私の妹が森に行っちゃったの!」
「!?」
その言葉に俺たちは驚愕した。
「青い髪のお姉ちゃんが助けに行ってくれたけど! あのままじゃ魔獣に殺されちゃう!」
血の気が引くを感じた。
脳裏によぎる「死」の一文字。
「アミ!」
「そう言うことかよ!」
シャルとエドはすぐに走り出そうとする。
しかし、俺は二人の肩を素早く掴んだ。
「ここは俺が行く! お前たちは監督を呼んできてくれ!」
「は? 何言ってんのよ!」
「最悪の事態を考えろ! もし魔獣が俺たちの手に負える相手じゃなかったらどうする! 死人が増えるだけだ!」
時間が無い。
俺はまくしたてるように怒鳴りつけた。
「なら監督を呼びに行くのは一人でいいだろ。そもそもなんでお前が」
「監督がどこに居るのかわかるか?」
「……」
俺の問いに黙り込むエド。
「探すのに人手がいる。俺が行く理由は、この中で俺が一番強いからだ」
「そんな説明で納得……」
「話してる時間はないんだ! いいから黙って俺の言う通りにしてくれ! このままだとアミが死んじゃうかもしんないんだぞ!?」
「……クソ」
エドはそれ以上は何も言わなかった。
「ここはイスラに任せていきましょう」
完全に納得した顔ではない。
しかし、シャルとエドはそれ以上は何も不満を言ってこなかった。
「……死なないでね」
不安げな表情で話すシャル。
俺はそれに対して少しだけ笑って見せた。
「いざというときはアミと女の子を担いで逃げるさ」
その言葉を最後に俺たちは別れた。
今にも泣きだしそうな少女に案内されて俺は南に走る。
心臓が握りつぶされそうな不安が俺を襲っていた。