VS勇者パーティ 後編
「なんだ……この状況?」
俺がエリナの言っていた場所にたどり着いた時には、すでにシャルとアミは地面に倒れこんでいた。
相手のパーティーの女の子二人も遠くのほうで倒れているのが見える。
「ごめん。『勇者』……強すぎ」
シャルは俺の存在に気が付いくとしぼり出すような声でそう言った。
アミはというと最早話すことすら厳しいらしく、息を荒げてじっと俺を見ている。
「エリナとエド……それとリリーか」
数としては二対一。
しかし、二人の様子を窺うに戦況はあまりよくはなさそうだ。
エリナは俺の存在に気が付くと、リリーをじっと睨みつけつつ俺の元まで下がってくる。
「イスラさん。すみません。ここまで時間稼ぎをするので精一杯でした」
「……ハハ。笑えてくるぜ。『勇者』がまさかここまでとはよ」
エドは怪我はしていないようだが呼吸を荒くしていてかなりきつそうだ。
「おそらくリリーさんのスキルは『スキル無効』だと思われます。私には関係ありませんが、エドさんはスキルを使えず素の身体能力のみで戦っている状況です」
「『スキル無効』。それはかなりやばいな」
俺の『魔王』のスキルも無効にされるのだろうか。
もしそうならば『魔眼』の能力は期待できない。
そこで俺はふととあることに気が付いた。
「エドは最初からスキルを使わずに耐え忍んでいたのか?」
「別に最初から使えなかったわけじゃねえ。事実二人は倒せた。あの『勇者』と戦っているうちに気が付いたら使えなくなっていたんだ」
エドのその言葉に俺は違和感を感じじっと考え込んだ。
しかし、敵であるリリーがいつまでもそうしているのを許すわけもない。
「--何を悠長に考えているんですか!」
リリーはそう言うとまっすぐに俺に向かって走ってくる。
エミリアほどではないにしろその速度はかなりのものだった。
俺はとっさに剣を抜こうとするが、間に合わないことを悟って背後に飛んだ。
「っ!!」
眼前を通り抜けるリリーの剣の切っ先。
背筋が凍るのを感じつつ俺は地面に着地する。
「イスラさん!」
即座にエリナがリリーに突撃した。
爆発的な加速による力任せのタックル。
しかし、リリーはそれを巧みにかわすとあろうことかその勢いをそのまま利用してエリナを掴んで地面に叩きつけた。
「かはぁっ!」
轟音。
エリナは肺の中の空気をすべて吐き出したかのように呻き声をあげる。
「エリナ!」
俺はそうエリナの名を叫ぶが、エリナはだらりと地面に倒れこんでおり完全に意識を失っていた。
「まずは一人です!」
そう言って俺を睨みつけるリリー。
しかし、俺はその背後に迫るエドの姿を確認していた。
「俺を忘れんな!」
上空からエドのかかと落としがリリーに迫る。
「--忘れてなどいません!」
リリーは振り返ることもせずニヤリと笑みを浮かべた。
そして、素早く頭の上へと剣を構える。
「!? --あっぶねぇ!」
エドはとっさに足を引き、そのまま地面を蹴ってリリーから距離を取る。
もしあのまま足を振り落としていたらエドの足は切断されていただろう。
俺とエドはリリーを挟んで構えを取る。
俺は剣を握り、エドはかかとを上げてすぐに蹴りを繰り出せる体勢。
「どうしました? 来ないのですか?」
数の有利があるはずなのに俺たちは一向に踏み出せない。
それほどにリリーには隙が見当たらなかった。
俺たちが踏み込んでこないのを確認すると、リリーは何やら小声でささやき始めた。
「……光りよ」
「!? 逃げろ!!」
時間にして数秒。
エドの叫びに俺は反応できるはずもなかった。
リリーの周囲に閃光が集まったと思った瞬間、それらの光は一瞬でリリーの正面へと集中し一気に俺めがけて放たれた。
「っ!! ぁぁぁぁぁああ!!」
全身が焼き尽くされるような感覚。
体が痺れ逃げることすら敵わない。
俺は激痛のさなかその光の正体を実感した。
「--『魔法』……か。そりゃあ使うよな」
完全に意識の外へと追いやっていた。
『勇者』の能力は『スキル無効』だけだということは絶対にない。
最強の『職業』は伊達ではないのだ。
「細かく言うと『光魔法』です。威力は抑えたはずなのですが……」
俺の様子に困惑した様子のリリー。
俺はそこでとあることに気が付いてしまう。
「……そういうことか」
『魔王』にとって『勇者』は弱点だ。
その攻撃がどうであれ俺にとって致命的な攻撃になってしまう。
完全に敵との相性が悪すぎる。
「……はぁ……はぁ。でも……やるしかないだろ」
俺はいまだ痺れを残した体を奮い起こしてまっすぐにリリーを見つめた。
「おい、大丈夫なのか? あきらかに普通じゃなかったぞ!」
めずらしく心配そうに声をかけてくるエド。
俺はリリーを見つめながらエドに言った。
「エド。このままジリ貧になるくらいなら行くぞ」
「行く? 作戦は?」
「いいから俺に合わせてくれ!」
困惑するエドを無視して俺は飛び出した。
すると、エドも「おいおい」と言いつつもリリーに迫る。
「二人で来ても無駄です」
剣を構えるリリーに対し、俺は上から力任せに剣を振るう。
それに対しリリーは両手で剣を持って俺の剣を受け止めた。
「力は私よりも上のようですね」
このままでは力で押されると判断したリリーは即座に剣を斜めにして俺の剣をいなした。
それにより、俺は態勢を崩しかけてしまう。
それを確認すると、リリーは即座に俺に蹴りを食らわせようとする。
「隙あ……」
「ありません!」
背後から繰り出される蹴りにもリリーは軽々と反応した。
迫りくる足にリリーはまたしても剣を構えて待ち受ける。
それによりエドはまたしても足を引っ込めることしかできない。
「クソ! 反応が良すぎる!」
声を荒げるエドだったが再度間髪入れずに攻撃を仕掛けた。
今度はリリーの足元を刈り取るように足を振り回す。
しかし、リリーは軽く飛び跳ねてその攻撃をかわすと宙で器用に回転してエドの顔面へと回し蹴りを食らわせた。
「ぬぁ!」
吹き飛ばされるエドの体。
エドはその勢いのまま木の幹へと叩きつけられ、そのまま気絶してしまった。
「--これであとはイスラさんだけですね」
ゆっくりと振り返るリリー。
完全に勝利を確信した様子でリリーの口角は微かに上がっている。
そこで俺はあえてリリーに話しかけた。
「これは俺の推測なんだが……」
「?」
リリーは突然のことに目を丸くする。
しかし、俺はそれでも話し続けた。
「リリーの『スキル無効』。直接相手に触れなければ発動できないんじゃないか?」
「……」
なにもいわないリリーだがその表情からは完全に油断が消えていた。
「剣を盾にしたカウンター。その戦い方も『スキル無効』を生かすためだ。しかも、剣を決定打にせず拳や蹴り、投げを使って戦ってる。俺が来た時疲れているはずのエリナとエドではなく俺から狙ってきたのも妙だった。普通はまず数を減らすために疲弊している相手から狙うはずだからな」
「ーーだからどうだというのですか?」
真剣な面持ちで口を開くリリー。
今思えばリリーのこんな表情は初めてだった。
それほどこの模擬戦に本気なのだろう。
「『スキル無効』はイスラさんが私に触れても同じことです。結果、イスラさんが圧倒的に不利なこの状況には変わりありません」
「いや、悪いがこの戦い俺たちの勝ちだ」
「……何を」
勝ち誇る俺を見てリリーは動揺する。
俺は剣を地面に投げ捨ててから再度口を開いた。
「もう十分見させてもらった」
俺は思い切り地面をけると一気にリリーの懐に飛び込む。
そして、リリーの顔面目掛けて拳を振りぬいた。
突然のことに驚きつつもリリーは即座に反応してみせる。
「このくらい……!」
リリーは素早く姿勢を下げ俺の攻撃を避ける。
そして、さらに伸びきった俺の腕を掴み取った。
「これで!!」
『触れた』ことにより勝利を確信するリリー。
しかし、俺はいまだ自分の勝利を信じてやまなかった。
『魔眼』はもう使えない。
しかし、もう十分すぎるほど見させてもらった。
たとえスキルを無効化されようが『見た』という事実は揺るがない。
「……!?」
俺の体を背負いそのまま地面に叩きつけようとするリリー。
しかし、その表情は一瞬で驚愕の色に染まった。
自ら飛び上がった俺に困惑しリリーは硬直する。
その間に俺は一回転してリリーの正面へと着地。
そして、今度は逆にリリーの腕を掴み取った。
「悪いがこのまま投げさせてもらう」
俺はそのままリリーの体を投げ飛ばすようにして地面に叩きつけた。
「っ!!」
受け身も取れないまま全身を打ち付けたリリーは悲痛な声を漏らす。
少々罪悪感を感じるが今は模擬戦だ。
本気でやらなければみんなに怒られてしまう。
「--ふぅ」
俺はリリーの腕を離すとエドとエリナのもとへと歩み寄る。
「大丈夫か? 二人とも」
やや乱暴な気もするが俺は二人の肩を強くゆする。
すると、二人は意外にもすぐに目を開いた。
「……あ、お前は」
「イスラ……さん?」
俺は二人のその様子を見て口元をほころばせた。
「イスラが勝ったのよ」
困惑している二人に最初に声をかけたのはやや離れた場所にいたはずのシャルだった。
隣には随分元気が戻った様子のアミが立っている。
「すごかったんですよイスラさん。リリーさんの攻撃を華麗にかわしたりして」
興奮気味のアミを見てエドは「はぁ」と小さく息を吐いた。
「別に感謝はしないからな」
「全員で勝ち取った勝利だ。あの時エドがいなかったら俺はやられてたさ」
「……そうかよ」
顔をそらすエド。
それを見てシャルとアミはクスクスと笑い出した。
「なんだかあんたの性格分かってきたわ」
「どういう意味だ?」
「別に?」
にんまりと笑みを浮かべるシャルにエドは気に入らなそうに再度顔をそらした。
ーー勝利の余韻に浸る俺たち五人。
それをぶち壊す声が俺の背後から聞こえた。
「まだ……おわってません!」
ふらふらのまま立ち上がるリリー。
それを見た俺たちの表情は驚愕のものに変わった。
「私は『勇者』なんです。ここで負けたらダメなんですよ」
リリーは一歩、また一歩と近づいてくる。
もう戦えるようには見えない。
いまだ俺の攻撃のダメージは残っているはずだった。
しかし、リリーはその足を止めようとはしない。
「私には勝ち続けなければいけない使命がある!」
いまだ衰えることのないその鋭い眼光。
『勇者』に選ばれたものとしてとてつもなく重い使命がその瞳に宿ってるように見えた。
俺以外の四人は完全にその異様な様子にのまれてしまっている。
「どうして……ここまで」
息をのむシャル。
ただ、俺だけはもうリリーが限界なことに気が付いていた。
さらに、それを止めに来た存在にも気づいていたのだ。
「--もう大丈夫です。リリー姉さま」
倒れこむリリーの体を優しく抱きとめるエミリア。
それによってリリーはついに意識を失った。
この瞬間、ようやく俺たちのパーティーの勝利が決定された。