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VS勇者パーティ 前編

 校舎の裏手にある大森林。


 そこを少し奥まで入ったところに大きく広がった場所がある。


「まさかいきなり戦うことになるなんて。これも運命でしょうか」


「そうだな。あまりうれしくない運命だ」


 俺とリリーはお互いににらみ合う。


「噂の『勇者』となんて運が良いんだか悪いんだか……」


 そう話すシャルだったが、その表情は少しも嫌そうにしていない。


 それはエドも同じだった。


 ただ、アミだけがあわあわと震えている。


「どうするんですか!? こんなの……」


 泣き言を言おうとするアミだったが、それを即座にエドが黙らせる。


「何言ってんだ。こんなのラッキーでしかないだろ。自分の力を示すのにここまで適した相手はいない。お前もそう思うよな?」


 エドはニヤニヤしながら俺を見てきた。


 それに対して俺は嫌々ながらも言葉を返す。


「ああ。どうせやるなら『勇者』がいい」


「--フフ。どうやら準備は万端のようですね」


 リリーは俺たちを順に見ていき、最後に俺に視線を戻してそう言う。


 すると、リリーのパーティーたちも一斉に口を開き始めた。


「こっちにはなんて言ったって『勇者』がいるんだからね! 悪役にしか見えないあんたらなんかに私たちが負けるわけないんだから」


 「「そうよそうよ」」


 リリーのパーティーは全員が女の子だ。

 

 彼女たちは俺を憎々しげに睨みつけている。


「--ちょっと。あんたあの子たちに何かしたの?」


 俺の耳に顔を近づけてシャルは小声でそう言ってきた。


「いや。顔を合わして喋るのは初めてだ」


 なぜここまで嫌われているのかは全く持って分からなかった。


「リリー姉さま! 頑張りましょう!」


「……エミリア。その呼び方はやめてほしいのだけれど」


 エミリアと呼ばれている少女は気合のこもった瞳をリリーに向ける。


 どうやらリリーの言葉は聞こえていないようだ。 


 すると、その様子を見ていたシャルが突然「なるほど」とつぶやいた。


「何かわかったのか?」


 俺は気になって思わずそう尋ねてしまう。


 しかし、シャルはニヤニヤと笑みを浮かべてるだけでまともに答えてくれない。


「簡単に言うとイスラとあの子はライバルって言うわけよ」


「は? ライバル? もう少し分かりやすく教えてくれよ」


「あとは自分で考えなさい」


「自分で考えろって言ったって……」


 俺は必死に脳を回転させて考えてみたが、やはりその答えは分からなかった。


「--おしゃべりはそこまでにしろ。これからお前たちにはそれぞれここの森に潜んでもらう。固まるもよし、ばらけて敵を囲むのもありだ。作戦は各自が事前に決めてあると思うからその通りに動くように」


 時間になったらしく俺たちをここへ案内した大柄の教師が口を開く。


「それでは各自持ち場へと向かってくれ。模擬戦は二分後に開始する。開始の合図は私の笛の音だ」


 そう話す教師は首にかけていた小さな笛を俺たちにみせてくる。


 それを確認すると、俺たちはそれぞれ一斉に背後の森へと向かって行った。


 俺たちはのパーティーは東の森へ、リリーたちのパーティは西の森だ。


 --ある程度リリーたちと距離が離れてからシャルは口を開いた。


「よし。それじゃあ事前に決めてあった通りとりあえずは固まって行動するわよ……ってあいつ! どこ行こうとしてるのよ!」


 すでに別の方向へと走っていたエドを見てシャルは声を荒げる。


「悪いが俺は個別に行動させてもらうぜ」


「ちょっ! 待ちなさい!」


 即座に追いかけようとするシャルを俺はすかさず捕まえた。


「やめとけ。模擬戦が始まるまで時間が無い。ここはあいつに任せて俺たちだけで行こう」


「……っ! しょうがないわね!」


 いまだ怒りが収まらない様子のシャルだが、猛獣のように歯を食いしばりつつもなんとか怒りを抑える。


 走って行くエドの背中をシャルは睨みつけていた。


 それから俺たちは一分ほど森の奥まで走り続けた。


「--おそらく模擬戦開始まであと二十秒くらいだ」


「そうね。作戦通りまずはエリナの魔力感知で敵の位置を探るってことで大丈夫?」


 俺とエリナとアミを順に見ていくシャル。


 それに対して、俺たちは大きく一度だけうなずいてシャルに応える。


「……でも、エドさんは大丈夫でしょうか?」


 不安げに視線を落とすアミ。


 すると、シャルはすぐさまそれに反論した。


「最後まで私たちが残っていれば関係ないわ。せめていい囮にでもなってくれればいいのよ」


「……シャル。怒るのも分かるが今は忘れろ。説教は終わってからでいいだろ?」


 俺も別にエドのあの行動に何も感じていないわけではない。


 しかし、薄々こうなるのではないかと思っていた部分もあるため、事前にこの結果を防げなかった落ち度を感じているのだ。


「!? ……始まったか」


 森中に響き渡る笛の音に俺たちの表情は一気に引き締まる。


「魔力感知開始します……」


 すぐさまエリナは行動を開始した。


 始まってすぐ、まだ敵はエリナの索敵範囲内には入ってはいないはずだ。


 しかし、エリナの表情が微かに変化したことに俺はすぐに気が付いた。


「エドさんと思われる反応がここから北の方向にあります。そして、その西側に三つの反応。エドさんのもとへ向かっていると思われます」


「まだ開始したばかりでしょ? なんで敵に場所がばれてるのよ!」


 目を見開いて困惑した様子のシャル。


 俺は少し考えて口を開いた。


「相手側にも索敵に優れた人間がいるんだ。やばいな。完全に後手に回った」


「どうしますか!? 速くしないとエドさんが!」


 わなわなと震えるアミを見て俺はすぐに言葉を返した。


「分かってる。エリナ。エドのもとへと案内してくれ」


 すぐにエリナのほうへと視線を送る。


 すると、どういうわけかエリナは俺らの誰でもなくとある方向をじっと見つめていた。


「!? 逃げてくださいイスラさん!」


 初めてエリナの叫ぶところを聞いた。


 俺はその緊急事態を察しとっさにエリナの見ている方向へと顔を向ける。


 しかし、俺は迫りくる相手に何もできずに首元をつかまれてしまう。


「ッ!!」


 すさまじい勢いによって俺は無理やりに奥の大木の幹へと押し付けられた。


「イスラさん!」


 俺の名前を叫ぶパーティの仲間たち。


 しかし、俺はしぼり出すようにしてなんとか声を出す。


「行け! ここは俺に任せろ! こいつの役割は俺たちの足止めだ!」


「黙れ!」


 エミリアは俺を睨みつけながら首を掴む手に力を込めていく。


「ぅぅ……!!」


 何も話せない。


 そんな俺を見てシャルとアミはさらに心配そうに俺を見つめる。


 俺はエリナに必死で目配せした。


 すると、エリナはその意味を分かってくれたらしくすぐにシャルとアミに顔を向けた。


「行きましょう。イスラさんならあの程度の敵に負けることはありません」


「でも……」


 それでも足を動かそうとしない二人をエリナは無理やりにつかんで引っ張った。


「私とイスラさんを信じてください!」


「「!?」」


 エリナの必死の訴えに二人はようやく走り出す。


 それを確認し、俺は目の前のエミリアを睨みつけた。


「なによその……!?」


 エミリアの腕を素早く掴み、ひるんでいるところへ膝蹴りを食らわせる。


 エミリアは反射的に身をかわそうとするが、それによりゆるんだ手から俺は難なく脱出した。


 俺は小走りでエミリアから距離を取りつつ必死に呼吸をする。


「はぁはぁ……!! 殺す気か!」


「--もちろん!」


 背後から追いかける声に俺は素早く振り返る。


 顔面に迫るエミリアの拳。


 俺はそれを後ろに飛びのきながら紙一重で回避した。


「しつこいな。もっと大人しいタイプかと思ってたよ」


 俺とエミリアは足を止めてにらみ合う。


 お互いに一歩前へ出れば攻撃が届く距離だ。


 俺は息をのみつつ腰に下げてある剣に手を添えた。


「私の『職業』は『武闘家』。近接での素早さならだれにも負けない。この距離まで私を近づけている時点であなたの負けなのよ」


 余裕の表れか、ニヤリと口角を上げるエミリア。


 俺はそれを見てエミリアと同じように笑みを浮かべてみせた。


 すると、それが気に入らなかったのかエミリアは目を細めて俺を睨みつける。


「頼みの人形もここにはいないの。今のあんたはなんでもないただの一般人なんだから。おとなしく私に殴られなさい」


 地面を勢いよく蹴ってエミリアは俺の目の前まで一瞬で距離を詰める。


 そして、その勢いのまま拳を振り回した。


 しかし、俺はそれをギリギリのところで躱して見せる。


 それを確認すると、すぐさまエミリアは追撃にはいった。


「せいっ!」


 掛け声とともに振りぬかれる拳。


 当たれば一撃で意識を持っていかれるだろう。


 だが、俺は再度その攻撃を回避する。


 驚愕の表情に染まるエミリアの表情。


 その後も何度も俺に攻撃を仕掛けるが攻撃は一度たりとも当たらなかった。


「--はぁはぁ。 どうして! どうして当たらないのよ!」


「……」


 膝に手をついて見上げてくるエミリアを俺はじっと見つめ返した。


 自分でもここまで戦えるとは思ってもいなかったのだ。


「悪いな。昨夜お前よりも数段速い相手と戦ったんだ。それと比べたらお前の拳は遅すぎた」


「なによ……それ」


 うなだれるエミリアだったが、すぐに立ち上がって俺を睨みつけてくる。


「いくらやったって……!?」


 エミリアの瞳はさっきまでのものとは別物だった。


 じっと俺を見据えるその視線に焦りや油断は一切見られない。


 俺は即座に構えを取る。


「こんなところで使うなんて思ってなかった。しょうがないから『武闘家』のスキルを見せてあげる。これでもうあなたは私の姿を捉えることはない」


 エミリアは確かに俺をまっすぐに見ている。


 しかし、妙なことに俺は視線を感じなかった。


 「明鏡止水」とでも言えば良いのだろうか?


 エミリアの瞳からはそれが感じられたのだ。


「--『神速』」


 エミリアが小さくそうつぶやいた瞬間、エミリアは姿を消した。


「!!」


 ルビの時と似た感覚。


 しかし、エミリアのそれは全く別のものだった。


 少しも反応することができない。


「っ!! ぅぅ!! がぁ!!」


 前後左右上下。全方向から繰り出される連撃。


 考えるヒマすらないその速度に俺はわけもわからないまま追い詰められていく。


 全身に攻撃をくらい俺はとうとう膝をつきそうになってしまう。


 その瞬間、エミリアの渾身の一撃が俺の顎を打ち上げた。


 意識が遠のき視界が薄れていく。


「……!?」

 

 その瞬間脳内に謎の声が頭に響き渡った。


「『魔王』のスキル『魔眼』を発動します」


 以前と同じ。


 俺が『魔王』と宣告された時と同じ声だった。


 走馬灯のように景色がゆっくりと流れる時間の中で、俺の脳内に一斉に『魔眼』とやらの情報が詰め込まれていく。


 幸い意識が遠のきかけていたこともあり苦痛はあまり感じなかった。


 俺は特に何を考えるでもなく再度目を見開いて目の前のエミリアを見つめる。


 それは到底追える速度ではない。


 しかし、俺の眼は確かにそれを見ていた。


「……!?」


 反射的に俺はエミリアの拳を叩き落としていた。


 一瞬目を見開くエミリアだったが、再度その圧倒的な速度で攻撃を仕掛けてくる。


 しかし、俺はまたしてもその攻撃を手で叩き落した。

 

 何度も何度も迫りくる猛攻を俺はいとも簡単に切り抜けてしまう。


 やがて、エミリアが動けなくなるまで俺は攻撃をかわし続けた。


「……いったい何なのよ」


 地面に膝をつき呼吸を荒くしているエミリア。


「一度見たものは忘れない。それが例え見えないほどに素早くてもな」


 俺はそれだけ言うとエドがいるであろう方向へ歩き出した。


 もうエミリアに戦う気力は残っていない。


 しかし、背後からのエミリア叫びに俺は足を止めてしまう。


「リリー姉さまはお前の話しをしている時が一番楽しそうだった! だから私はお前が憎くて憎くてたまらないのよ!」


「そうか……」


 俺はゆっくりとエミリアを振り返る。


 すると、エミリアは大粒の涙を流して泣いていた。


「私はもうリリー姉さまから見てもらえない。負け犬の私なんか必要ない」


 何度も鼻水をすすりながら泣き続けるエミリアを見かねて俺はエミリアのもとへと駆け寄った。


「おい」


 ぐしょぐしょの顔を上げてエミリアは俺を見てくる。


「……なによ」


「あのな、リリーはそんなことで簡単に友達を見限るような奴じゃない。そんなことお前だって分かってるだろ?」


「それは……」


 顔をうつむかせるエミリア。


 俺はその場で膝を曲げてエミリアと同じ高さまで視線をそろえた。


「じゃあ俺が改めて言ってやる。リリーはお前を絶対に見限らない。もし俺の言ったことが間違っていたならその時は何でも言うこと聞いてやる」


「……」


 すると、エミリアは口を開けて固まってしまった。


 数秒の間その場に静寂が横たわる。


 そのすぐあとエミリアの「フフ」という笑い声小さく響いた。


「あんたってお節介ね。私なんか気にせずさっさと行っちゃえばいいのに」


「泣きじゃくる女の子置いていくのはあんまいい気分しないだろ」


 俺は恥ずかしがりつつもその場に立ち上がった。


「……泣きじゃくってないもん」


 顔を背けて頬を膨らませるエミリア。


「よくそんな嘘付けるな」


「嘘じゃないもん」


「嘘に嘘を重ねるな」


「えへへ」


 さっきまでの戦いが嘘のようにエミリアは優しく俺に微笑んでくる。


 その笑顔を見て俺は思わず顔をそらしてしまう。


 エミリアは不思議そうに首を傾げるが俺は構わずエミリアに背を向ける。


「いい加減行くからな」


 顔が熱くなるような感覚がした。


 しかし、俺はそれに気が付かないようにして走り出す。


「せいぜい頑張りなさい」


 後ろから聞こえる応援ともとれる声に俺は特に返事は返さない。


 そうだ。今は模擬戦中だ。


 戦う相手はまだ三人も残っているのだ。


 俺はまだ体が十分に動くことを感じながら走る速度を速めていった。   

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