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魔王の始まり

 この世界に生まれて十八年。


 魔王を倒す勇者に憧れて俺は今まで血のにじむような努力を重ねてきた。


 その努力が、今日ようやく報われようとしている。


「勇者育成学校『アテネ』。まさか本当に俺がここに入学できるとはな。今まであきらめずに頑張ってきて本当によかった」


 ここに来るまでの様々なことを思い出し、ふと俺の瞳が微かに滲んでくる。


 別にここがゴールではない。


 しかし、こうして自分の成長を実感できるのはやはりうれしいものだ。


「よし。入学式に行くか。ダラダラしてたら遅刻しちまう」


 視界いっぱいに広がる『アテネ』の校舎。


 正面には入り口である左右に大きく広がった大きなドアが並んでいた。


 周りにはすでに俺と同じ制服を着こんだ生徒たちがぞろぞろと校舎へと向かっている。


 あともう少しで入学式が始まるのだ。


 俺たち生徒は今日そこで『職業』を決められる。


 やっと俺の勇者人生が幕を開けるのだ。


 俺は期待を胸いっぱいに入学式が行われる行動へと向かった。




 --指定された席へ着くと、入学式はすぐに始まった。


 どうやら俺はかなり遅く来てしまったようだ。


 時間に間に合っているとはいえ少しだけ居心地が悪い。


 周囲から視線が向けられている気がして、俺は盗み見るように周りを確認した。


「別に遅刻じゃないですよ」


 俺の席は一番右端で隣は一人しかいない。


 その左隣に座る銀髪の少女と視線がぶつかった瞬間、その少女はそう話しかけてきた。


 そのあまりにも澄んだ綺麗な声に俺は一瞬硬直してしまう。


「……あ、いや、ギリギリだったからさ。勇者なら五分前行動くらいは当たり前だろ?」


「なるほど。それもそうかもしれませんね。それなら次からは五分前行動ができるように気を付けましょう」


 耳に染み渡るようなその喋り方はまるで女神さまのようだと俺に錯覚させる。


 俺も別に女神にあったことは無い。


 しかし、思わずそう錯覚させるほどその少女は綺麗だったのだ。


「あの、君は?」


「私はリリーって言います。今日からここ『アテネ』の一年生です」


 にっこりと笑ってリリーという少女はそう言った。


「俺はイスラ。リリーと同じ一年だ。よろしく」


 この状況でこの場にいるのだ。


 お互いが『アテネ』の一年生だとは分かりきっている。


 それなのに丁寧に自己紹介していたことが妙におかしく、俺とリリーは少ししてくすくすと小さく笑い声を漏らしてしまう。


「フフ……やっぱり『アテネ』ですね。面白い人が多いみたい」


「いや、俺はリリーに合わせただけだって」


 ーーそうして、俺とリリーは校長の話など無視して談笑をしていた。


 周りの生徒も小声で話をしているのが見える。


 やっぱり『アテネ』であれこうした部分は同じようだ。


 校長の話しはどうもつまらなく感じてしまう。


「……あれ? 何か始まるみたいですよ」


 壇上からはいつのまにか校長はいなくなっており、司会を務めていた若い女性が代わりにそこに立っていた。


「……ということで、校長のつまらない話はここまでです」


 開口一番そんなことを言い出すその女性に僕はガクッと体勢を崩してしまう。


「滅茶苦茶いうな……」


「ですね」


 壇上を見ながらリリーは俺に同意をしてくる。


「皆さんお待ちかねの『職業診断』を開始したいと思います。『職業診断』は複数の教室で行うため、教師の指示に従ってスムーズに移動してください」


 それだけ言うと、その女性はスタスタと壇上から降りていってしまう。


 そのあまりに素っ気ない口調に俺たち生徒は呆然としてしまう。


 しかし、他の教師の声ですぐに移動を開始した。




 --どうやら俺とリリーは別の教室らしい。


 リリーは教師の案内に従ってどこかへ行ってしまった。


 「また会いましょう」と満面の笑みで言っていたのもあって、別れるのが少々辛かった。 


 俺はというと、他の教師に案内されて一番奥の教室へと案内されている。


「君は最後だ。悪いが大人しくここで待っていてくれ」


 教室へと続く長蛇の列、その最後尾に俺はいる。


 数十人はいるだろう。


 俺は待ち時間が相当に長くなることを見越して大きくため息を吐く。


「ここまできて焦らされるのかよ……」


 散々待ち焦がれた『職業診断』。


 しょうがないとはいえここで待たされるのはかなりきつい。


「まあ待つしかないか」


 俺は廊下の端にあったベンチのようなものに腰を下ろして、教室のほうへと視線を送った。


 談笑しながら時間を潰す男たち、真剣な面持ちでじっと待っている少女。


 様々な行動をとっているが、共通して誰もが期待を胸に秘めていた。


 それは俺だって同じことだ。


「『勇者』……なれるかな」


 子供の時から今日の事を想像してきた。


 『職業診断』で「あなたの職業は『勇者』です」と言われる様子を。


 別に職業が『勇者』でなくたって強くはなることは可能だ。事実、『勇者』でなくても英雄と呼ばれた人物は多くいる。


 しかし、どうしても『勇者』には憧れてしまうものだ。


 『勇者』と診断される人間は滅多にいない。


 一年に一人いればいいくらいのものだ。


「でも、やっぱり『勇者』っていうのは選ばれるべきものなんだよなぁ……」


 選ばれるべき者は選ばれる。


 そこに運なんてものは実は無くて、すべては必然なのだ。


 これは俺個人の考えでしかないが、小さいころからどういうわけか自然とこう考えていた。


 ーー様々な思いが脳内で交錯する。


 そして、僕の気が付かない内に時間は刻々と過ぎ去っていた。


「--イスラさん! あなたの番です!」


 突如名前を呼ばれ俺は反射的に立ち上がる。


 いつの間にか廊下には俺以外に人はいなかった。


 俺ははやる気持ちを抑えて一歩一歩踏みしめるように足を動かす。


「別に『勇者』でなくてもいい。せめてまともなものに……」


 直接的に言ってしまうと嫌な結果になりそうな気がして、俺は控えめに神様にお願いする。


 やけに重く感じる扉を開け、教室内へと足を踏み入れた。


「……えっと」


 教室の中心には一つだけ大きな丸いテーブルが置かれており、そのまんなかには大きな水晶が置かれていた。


「イスラさん。そこに座ってください」


 俺から見て水晶の向こう側、無表情で座る少女に抑揚のない声でそう言われ、俺は促されるまま椅子に腰を下ろした。


 改めてみると少女の顔には線がいくつかあり、そこまで見て俺はようやく少女の正体に気が付いた。


「魔導人形か……」


「はい。『職業診断』には人間よりも魔導人形のほうが適していますから」


 俺は初めて見た魔導人形に目を奪われ、じっとその少女を見つめてしまう。


 とても人形とは思えないほどに精巧だ。


「私はELー7号。周りからはエリナと呼ばれています。どうぞお気軽にエリナとお呼びください」


 魔導人形のエリナは相変わらずの無表情でそう話す。


「エリナ……さん」


「ーーエリナとお呼びください」


「……」


 無表情かつ淡々と話すためかなり怖い。


 表情は変わっていないが、心なしか睨まれている気がした。


「……エリナ。早速『職業診断』を頼むよ」


「かしこまりました」


 少しだけ高くなったような声でエリナは言う。


 魔導人形には感情はあるのだろうか?


 あまり詳しくはないためどうしても及び腰になってしまう。


「簡単に説明だけさせてもらいます。知っていることかもしれませんがどうか聞いてください」


「わかったよ」


 俺は考えるのを諦めてだらっと背もたれに体重を乗せた。


「とある預言者によって魔王の復活が宣言されてから十八年。魔王を倒すべき存在を育成するために出来たのがここ『アテネ』です。『アテネ』は才能のある若者に『職業』を与え、その才能を飛躍的に高めることで強力な人間を生み出すことを目的としています。その最たる『職業』は『勇者』ですが、他の職業であれ努力を続ければ強大な力を発揮できることが証明されています」


 俺は何度も小さくうなずきつつエリナの話しを聞く。


「今からここの水晶に触れてもらい、イスラさんの『職業』を判別します。『職業』は生まれながら決められているものです。どうか理想の職業でなくてもお気になさらないようお願いします」


 そこまで言われて俺ははっきりと「わかった」とだけ伝えた。


 それを確認すると、エリナはサッと手で水晶に触れるよう促してくる。


「……」


 俺は水晶に手を添えると、小さく深呼吸してから意を決して水晶に触れてみた。


 その瞬間水晶は微かに光りを帯びて俺とエリナの表情を明るく照らした。


 光はやがて黒く染めあげられ、水晶を飲み込むように染み渡っていく。


「なんだ……これ?」


 想定していたものとは大きく違っていたため、俺は思わず口を開く。


 黒い光は不気味に瞬きながら水晶内をぐるぐると回っていた。


 そして、俺は我慢できずにとうとう水晶から手を離してしまう。


 その瞬間黒い光は一瞬で消えていった。


「……こんな感じなのかよ」


 のけぞるような体勢の俺をどういうわけかエリナはじっと見つめていた。


 手を離してはいけなかったのかと不安になるが、エリナは何も言わない。


「えっと……エリナ……さん?」


「エリナとお呼びください」


「え? この状況でも?」


 思わず椅子から滑り落ちそうになるが、ギリギリのところで踏ん張る。


「ーーイスラさんの『職業』が分かりました」


「あ、そう。それで……俺の『職業』って?」


 あまりにも自由過ぎるエリナに困惑させられながらも、俺はそう尋ねた。


 すると、エリナは少しだけ眉にしわを寄せてから口を開く。


「イスラさんの『職業』は『魔王』……らしいです」


「……は?」


 聞こえてはいた。


 しかし、言葉の意味が理解できず俺はそう問い返していた。


「すみません。私はイスラさんを殺さなければいけないみたいです」


 だが、エリナは俺の質問に答えてはくれない。


 素早く立ち上がると、いつのまにかガトリングへと変形していた右手を俺に向けていた。


 回り始めるガトリング。


 俺はとっさに叫んでいた。


「やめろ! エリナ!」


 その瞬間、俺の脳内に突如若い女性の声がけたたましく響き渡る。


「魔王のスキル『使役』が発動されました! 『使役』についての情報を直接脳内に送ります!」


 俺にしか聞こえていないと思われるその声のあと、いきなり俺の頭のなかに不可思議なビジョンが見え始めた。


「!? な……んだ……これ?」


 膨大な情報が津波のように脳内になだれ込む。


 激痛にも思えるその衝撃に俺は頭を押さえてしゃがみこんでしまう。


「ぅぅううう!! ああああ!」


 必死に声をおさえようとするが、頭がパンクしそうになりとてもじゃないが耐えられない。


 無限に続くかのような衝撃。


 しかし、それは突然終わりを告げた。


「……はぁはぁ。今のは……?」


 さっきまでのことが嘘かのように激痛は無くなっていた。


 俺は立ち上がり正面にいたエリナへと視線を送る。


「エリナ?」


 いつのまにか右手を下ろして完全に戦闘態勢を解いていたエリナ。


「イスラさん。今から私はあなたの人形です」


「は?」


 当然だが俺はそう言葉を発していた。


 しかし、どういうわけか俺はこの状況を完璧に理解していたのだ。


 さっきの脳内に響いた若い女性の声。


 彼女が言っていたように俺は『魔王』のスキル『使役』を使ったらしい。


 身に覚えのない情報が俺の中にあるのだ。


「なんなんだよこれ……」


 理解はできた。


 けれど、納得はかけらもできなかった。


「魔王になんかなりたくない」


 どこに向けるでもない俺の言葉が悲しく教室に響き渡った。


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