暁の逃亡
08 暁の逃亡
彩姉が運転するSTIは県道を南下し京急上大岡駅の前を通り過ぎる。
しばらく走って片側3車線の広い道路、環状2号線に入った。
そしてそのまま北上する。
「彩姉、大丈夫?」
襲撃を受けたコンビニから逃げるように飛び出してきた。
「だ、大丈夫…… ちょっとびっくりしただけだから……」
動揺しながらも懸命にステアリングを握っている彩姉。
フィオナを狙った連中は、僕たちも一緒に殺そうとした。
家に押し入った奴らとは違うグループか?
「Cars coming from behind…… (後ろから車)」
後部座席のフィオナが言った。
「何?」
振り返って後方を見る。
黒鉄色の大型乗用車、メルセデス・ベンツが3台、猛スピードで近づいている。
「彩姉!」
「They have guns!(銃を持ってる!)」
フィオナが叫ぶ。
先頭を走るメルセデスの助手席側の窓が開き、拳銃を持った男が身を乗り出していた。
フィオナはトートバッグから拳銃を取り出した。
「彩姉! 逃げて!」
「でも前が!」
大型トラックと軽自動車が前方を塞ぐように並列に走っていた。
「!」
発砲音! 同時に金属音が車内に鳴り響いた。
「わーっ! やめてー!」
彩姉が叫ぶ。メルセデスはすぐ後ろに迫っていた。
フィオナが後部座席から身を乗り出し、発砲。
45口径の銃弾は左フェンダー部分とフロントウインドウに命中した。
しかし、メルセデスは何事もなかったように走り続けている。
「防弾仕様か!」
後方から発射音。
「やめてー! まだローン終わってないんだから」
「彩姉!」
「ごめんなさーーい!」
STIは大型トラックと軽自動車の間を強引にすり抜けた。
背後から嵐のようなホーン。
後方を見ると先頭のメルセデスが軽自動車を強引に押しのける。
軽自動車は歩道に乗り上げ急停止。
怪我人が出ていなければいいのだけれど……
「わっ!」
赤信号だ。目前に左から直進してくる白い乗用車。
急ブレーキの逆G!
サイドブレーキを引きながらステアリングを左に、ほとんど横滑りの状態で乗用車のテールを掠めた。
激しいホーンの音ともに右から直進してきたミニバンを間一髪で躱す。
サイドブレーキを戻しシフトダウン。
2リットル水平対向エンジンの咆哮。
ペダルをベタ踏み、アクセルターンの要領でSTIは360度1回転。
激しい横G、スキール音、ゴムの焼ける匂い。
「わーっ!」
「!」
彩姉は右にカウンターを当てながら体勢を立て直し元の道を直進する。
「うう、車両保険入ってないのに……」
「まだ追ってくる!」
追っ手のメルセデスは先頭の1台が交差点の真ん中で停車し、他の車を止めてから後続が赤信号を通り抜けてきた。
「Right lane!(右車線へ!)」
フィオナが叫んだ。
「彩姉、右!」
「そのくらいの英語は判る!」
「フィオナ!」
フィオナはオレンジ色のハードケースの中から折り畳み銃床の付いた小振りの自動小銃を取り出した。
ルガー・ミニ14…… いやAC556か。
ルガー・ミニ14、その名の通りかつての米軍正式ライフルであるM14を小型にしたような銃で、AC556はそれにフルオートの機能を追加したモデルだ。
一見安物のスポーツライフルのように見える。しかし、現用の代表的軍用弾である5.56ミリ弾を使用し、ファイアーパワーは最新のアサルトライフルに匹敵する自動小銃だ。
フィオナは折り畳み銃床を折りたたんだまま、後部座席の窓から大きく身を乗り出す。
フルオートで放たれた数発の5.56ミリ弾はメルセデスのフロントガラスを突き破りドライバーを直撃した。
防弾装備はライフル弾までは防げなかったようだ。
コントロールを失った大型高級車は中央分離帯を飛び越え、対向してきた大型トレーラーの側面に激突、反転して炎上した。
フィオナはさらに後方のメルセデスに向かって発砲した。
「止めろフィオナ! やり過ぎだ、このままじゃ無関係な人に犠牲者が出るぞ!」
残りの二台はこちらからの銃撃を警戒してか、少し車間を広げて、しかし執拗に追いかけてくる。
何度か信号無視を繰り返し車は北上する。
「彩姉、横浜新道へ!」
東戸塚を過ぎた辺りで横浜新道への表示が見えた。
自動車専用道路は出口を閉鎖されると逃げることができない。
追っ手がそれに気づけば追跡を諦めると踏んだ。
「諦めたようだな……」
2台のメルセデスは横浜新道への分岐手前で減速し、そのまま通り過ぎて行った。
「…… 怖かった……」
彩姉はステアリングに突っ伏すようにしてため息をついた。
「彩姉……」
「でも、ちょっと楽しかったかも」
おいおい……
コンビニの銃撃戦とカーチェイス、今朝からこれだけ騒ぎを起こしている。ニュースが気になった。
スマホを起動しニュースサイトに繋げる。
旭台のマンションの事件は既に記事になっていた。
『昨日午後7時頃、磯子区のマンション8階で拳銃による銃撃事件が発生し6人が死傷した。根岸警察署によると、被害者はいずれも若い男性で、犯人は以前逃走中。被害者は暴力団関係者とトラブルがあったとの情報も』
さすがにコンビニの件はまだか……
「彩姉、ちょっとラジオ点けてくれ」
特に気がかりなのは、確実に店の防犯カメラに写ってしまったということだ。
『……今日5時30分頃、横浜市磯子区のコンビニエンスストアで拳銃を使った強盗事件が発生しました。犯人は複数で少なくとも2名の死傷者が出た模様です。死傷者の氏名、被害額は明らかになっていませんが、警察では現在、現場から逃走した男女3人組の行方を追っているということです……』
「コンビニ強盗の犯人にされてるよ、俺たち……」
まいったな……
「ビデオに証拠が残ってるから、あたしたちが悪くないって証明できるでしょ」
彩姉は気楽に考えているようだけど、フィオナの拳銃はどう説明するんだ?
「後ろから…… また?」
彩姉がミラーを気にしていた。
振り返ると今度は2台の大型車乗用車が迫ってくるのが見えた。
黒、いや深緑のマセラティ、クアトロポルテか?
メルセデス・ベンツといいマセラティといい今日は高級外車の見本市でもあるのか?
フィオナが自動小銃を引き寄せた。
「フィオナ、Don't go any further.(早まるな)」
先頭のマセラティは右側、つまり助手席側の窓を開け、手を高く掲げていた。
敵対者ではないという合図だろうか?
一台のマセラティはSTIの前に出ると、ついて来いという合図を出した。
もう一台は後ろにぴったりとついている。
「どうする? レオ君」
彩姉が不安げな声で訊いた。
マセラティにはドライバーを含めそれぞれふたりずつ乗っている。
いずれも白人だった。
「ついて行くしかないな…… ベンツの連中とは違うようだし」