コンビニの死闘
07 コンビニの死闘
「駒沢? そうすると環八ね。第三京浜使った方が早いか……」
彩姉の車、赤いSTIは近所迷惑な爆音を残して住宅街を抜けた。
財団から指示された合流地点は世田谷の駒沢オリンピック公園だった。
フィオナは重たそうなオレンジ色のハードケースを抱えるように持ち、後部座席に座っている。
彩姉はオレンジのTシャツに白いジャージを引っかけ、下はデニムのショートパンツ。
僕は財布とスマホ、母から送られてきた荷物を箱ごと入れたデイパックを持ち、助手席に乗っている。
「ねえ、お腹空かない? 三京乗る前にコンビニ寄ってこか」
午前五時を回り、空はだいぶ明るくなってきた。
「そうだな…… フィオナ…… ?」
後部座席を振り返った。
「I'm not Fiona now.(今はフィオナじゃない)」
「ナターリャ……」
愁いを帯びたアイスグリーンの瞳は間違いなくナターリャだった。
「Are you hungry?(腹減ってないか?)」
「少し……」
ナターリャははにかみながら答えた。
「じゃ、次にコンビニ見つけたら入るね」
そう言うと彩姉はアクセルを踏み込んだ。
「お願い…… フィオナを嫌いにならないで……」
ナターリャが呟いた。
「ナターリャ……」
後部座席を見るとナターリャが悲しそうな瞳で見つめていた。
「フィオナは…… 私を守るためにいつも辛い思いをしてる…… それなのに、私はフィオナに何もしてあげられない……」
「大丈夫だよ、フィオナも君と同じで良い子だよ。ちょっとびっくりしたけどね」
ナターリャは俯き、プラチナブロンドが揺れていた。
「どんとうぉーりー、うぃあーらいくゆー、ぼす」
彩姉はルームミラー越しにサムアップ。
「……デャークユ…… アリガトウ……」
ナターリャが微笑んだように見えた。
「フィオナが出てるときは、君はどうしてるんだ? 彼女は『寝てる』って言ってたけど」
「寝てる、というのは間違ってない…… でも、フィオナがやってることは、うっすらと覚えてる…… ちょうど、夢を見ているような感覚」
「そうか…… ある程度、記憶は共有してるんだな……」
「記憶だけじゃない…… フィオナが人を殺すとき、泣いているのが判る……」
「……」
ナターリャのプラチナブロンドは朝日を浴びて輝き、一瞬、本当の天使に見えた。
「ナターリャちゃん。何か食べたいものあるかな」
彩姉はナターリャの手を曳いてコンビニに入って行った。
「彩姉、ナターリャは日本語判らないって、何度言えば……」
ナターリャは小動物のようにきょろきょろと店内を見回している。
日本のコンビニが珍しいのだろうか?
肩には黒いトートバッグを下げている。
コンビニ店内に入ると、他の客や店員が驚いたような顔をしてナターリャを凝視した。
無理もない、ゴスロリを着た金髪で人形のような美少女だ。
「車の中で食べられるものだから、サンドウィッチがいいかな…… あと飲み物も……」
言いながら彩姉はお菓子のコーナーに向かって行った。
「先にお菓子かよ……」
あきれながら後を追う。
「あ、お客様……」
店員の声にただならぬ様子を感じ、振り返った。
入り口にフルフェイスのヘルメットを被った3人組の男たちがいた。
「!」
男たちの手には小型の自動拳銃が握られている。
マカロフPMか中国でコピーされた59式拳銃のようだ。
「襲撃だ! 伏せろ!」
僕は叫ぶと咄嗟に身を伏せた。
「彩姉! ナターリャ!」
直後に銃声!
頭上を衝撃波が走り、ガラスの割れる音。
「キャー!」
店内に響き渡る悲鳴。
男たちはそれぞれ拳銃を乱射しながら店内に侵入してきた。
狙いは僕か? ナターリャか?
「今度は日本人か……」
黒のタンクトップとカーキ色のカーゴパンツ。体格と服装から日本人のようだ。
!
突如、大口径拳銃の射撃音が店内に轟いた。
ナターリャ、いやフィオナだ。
手には小型の自動拳銃。
先刻、僕の家で侵入者を斃した銃だ。
トートバッグの中に入っていたのか。
「うっ!」
何か重たい物が倒れる音と、商品が崩れ落ちる音がした。
「タカシ! くそっ!」
男が叫んだ。
突然の静寂。
残った男たちは、反撃を警戒し身を伏せたようだ。
商品棚の隙間から辺りを窺うと、大きな柱の陰に隠れている彩姉とフィオナが見えた。
フィオナは拳銃を構えたまま周囲を警戒し、彩姉は頭を抱えて床に伏せていた。
よかった、彩姉は無事だ。防犯用のミラーを探した。男の動きが判るかもしれない。
「彩姉!」
防犯ミラーにひとりの男が彩姉の背後から迫る姿が見えた。
咄嗟に飛び出す。
「!」
銃口がこちらを向く。
身を屈める。
銃弾の衝撃波が頭上を通過した。
後ろでガラスの割れる音と誰かの悲鳴。
「彩姉逃げて!」
彩姉は転がるように僕と男の間から逃れる。
「この!」
男はもう一度僕に銃口を向けた。
間一髪で僕の左腕は男の拳銃を上に払った。
「!」
同時に引き金が引かれ銃弾は天井のLED電球を破壊した。
体重を乗せた右の肘打ちを男の下顎に当てる。
そのまま右腕を相手の右脇に入れ、一本背負いで床に叩きつける。
「うぐ……」
男が拳銃から手を離す。
僕は拳銃を遠くへ蹴った。
ナターリャ、いやフィオナがこちらの様子を窺うように棚から顔を出した。
「フィオナ! 後ろだ!」
フィオナたちの背後から忍び寄る男の姿が防犯ミラーに映っていた。
「フィオナ!」
フィオナが振り返ると同時に男が掴みかかった。
距離が近すぎて銃を構え直す暇がなかったようだ。
何?
フィオナは男の右肘を捕らえ、腰を落としてそのまま巻き込むように床に倒した。
素早く銃を構え、ヘルメットのバイザーに向け45口径を叩き込んだ。
男は血飛沫を上げ、動かなくなった。
「?!」
次の瞬間、フィオナは僕に向けて拳銃を発射した。
「う、 ……」
銃弾は僕の右脇腹をかすめ、先刻僕が倒した男に命中した。
男は立ち上がって後ろから僕の首を絞めようとしていたのだ。
男の脇腹が赤く染まっていた。
「伏せて!」
アイスグリーンの瞳が燃えていた。
僕が身を伏せると、フィオナは男のヘルメットを打ち抜いた。
不気味な静寂。
フィオナは拳銃に新しい弾倉を装填すると、周囲を素早く見回した。
次の襲撃に備え警戒を怠っていないのだ。
「終わったようだな」
僕たちを襲ったのはこの3人だけだったようだ。
「合気道もできるのか……」
「昔、家で働いていたメイドに教えてもらったの」
フィオナは拳銃の安全装置をかけた。
コンビニの店内にはガラスの破片や商品が飛び散り、酷い有様になっている。
床に伏せていた他の客や店員が恐る恐る立ち上がった。
幸い、怪我人はいないようだ。
「彩姉…… 大丈夫? ケガはない?」
床にへたり込んでいた彩姉がよろよろと立ち上がった。
「だ、大丈夫…… レオ君は…… うっ」
彩姉は床に転がっている男の死体を見て目を逸らせた。
ヘルメットの割れたバイザーから見えたものは、顔と言うより血まみれの肉塊だった。
至近距離から45口径のソフトポイント弾を数発喰らっている。
ヘルメットの中にミキサーを突っ込んで掻き回されたようだ……
こんな死に方はしたくない……
「簡単に殺せるんだな……」
たった今、自分が殺した死体を冷たいアイスグリーンの瞳が見下ろしていた。
「あなたはウジ虫を踏みつぶしたときに罪悪感を抱くのかしら?」
フィオナはそう言うと銃をトートバッグに入れた。
『フィオナが人を殺すとき、泣いているのが判る……』
ナターリャは今、何を思っているのだろうか。