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深夜の襲撃

 06 深夜の襲撃


「交代要員は、来ないんですか?」

 家の前に大型のバンが駐まり、グレーの作業服を着たふたりの男が降りてきた。

 男たちは斎賀(サイガ)を車に運び込むと、オレンジ色で長さ1メートル近い大型のハードケースを運び込んだ。

「少し手違いがありまして…… 交代要員は明日の早朝に現着となります。申し訳ありませんが、それまでナターリャは現在位置を動かないようにとの指示です」

 男のひとりが事務的な口調で言う。

「ナターリャちゃん、今日はここに泊まるの?」

 風呂から上がってTシャツ短パン姿の彩姉(あやねえ)が言った。ナターリャはぶかぶかの白いジャージを着ていた。彩姉(あやねえ)の服を借りたらしい。

 しかし、いつの間に着替えを用意したんだ?

 ナターリャは玄関から出て行く斎賀(サイガ)の後ろ姿を心配そうに見送っている。


「Just to sleep there since the guest room is in the inner part of the first floor.(一階の奥にゲストルームがあるからそこで寝ればいい)」

 バンを見送り、放心したようなナターリャに言った。

「私はレオ君と一緒に……」

彩姉(あやねえ)……」

「冗談だってば。私はリビングのソファでいいよ」

 自分の家に帰るって選択肢はないのか……

「いつでも襲っていいんだよ」

 言いながら彩姉(あやねえ)はナターリャの手を曳いてゲストルームへ向かった。ナターリャの後ろ姿を眺めながら、何か違和感を覚えている自分に気づいた。


 彼女は本当に、あのとき、無造作に7人のマフィアを射殺した少女なのか?



回転拳銃(リボルバー)は手首を柔らかくして反動を受け流すのよ。反対に自動拳銃(オートマチック)は腕全体で反動を受け止めるようにして、そうしないと作動不良(ジヤム)起こすから……」

 そう言って母は僕の手に大型の(マグナム)回転拳銃(リボルバー)を握らせた。しかし、それは小学五年生の手には両手でも持て余す大きさだった。

 僕はその重くて大きな拳銃を抱え上げるように照準すると、引き金(トリガー)を引き絞った。

 目の前に真っ赤な火球が広がった。

 強烈な反動とともに拳銃を持った腕は真上に跳ね上がり、僕は後ろによろめいた。


 ベッドの中で目が覚めた。

 カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいた。

 夢か……

 昼間、あんなことがあったからなのか、久しぶりに母の夢を見たようだ。

 拳銃(ハンドガン)から小銃(ライフル)散弾銃(ショットガン)まで、大小様々な火器が並べられている。

 これが僕の物心ついたときからの家族旅行の光景だった。

 グアム、ハワイ、そしてラスベガス。しかし、一般的なリゾートを楽しんだ記憶は一切なかった。

 母は僕を海外へ連れ出してはひたすら実弾射撃の訓練をさせた。

 射撃だけではない。あらゆる銃の分解、組み立て、整備(メンテナンス)も体に叩き込まれた。

 おかげで主要な銃は目隠ししても分解組み立てができるようになった。

『ベレッタはねえ、こうやると片手で分解できるの』

 母は米軍正式拳銃であるベレッタ92Fを僕に握らせると、右手で遊底(スライド)を上から掴んだ。そしてその手の中指で銃体(フレーム)のロックボタンを押し、同時に親指でレバーを押し下げた。そのまま遊底(スライド)を手前に引くと、遊底(スライド)銃身(バレル)がひとつになって外れ、僕の手には銃の銃体(フレーム)だけが残された。


 銃だけではなかった。

 日本では合気道を中心に柔道、マーシャルアーツなどの格闘技を習わされた。

『レオ、強くなりなさい。あなたと、あなたの愛する人を守るために』

 それが母の口癖だった。

 体を動かすことは嫌いじゃなかった。

 当時の僕は母の言うなりに格闘技や射撃の訓練を楽しむようになった。

 外国語も、だ……

『言葉も重要な武器になるのよ』

 母は自分の母国語であるイタリア語だけでなく、英語、ドイツ語、フランス語、そして中国語、ロシア語を幼い頃から習わせた。

 それぞれ専門の家庭教師を家に呼んで学習させられたのだ。

 母は学校の成績より格闘技や語学の修練を気にしていた。

 今考えてみれば異常な母だったと思う。

しかし……

「あの人はこうなることを予測していたんだろうか?」


『L'usi per proteggersi.(あなた自身を守るために)』


 いったい、何が起ころうとしているんだ…… 


 自室のドアが開き、誰かが入ってきた気配がした。

彩姉(あやねえ)?」

 闇の中に僅かな光が差し、白い体が浮かび上がった。

 裸? 全裸かよ…… 彩姉(あやねえ)、最近悪ふざけが過ぎるぞ……

「レオ…… くん……」

 ?

 彩姉(あやねえ)の後ろに別の黒い人影が見えた。目を凝らすと彩姉(あやねえ)の首筋に光る物が見える。

 ナイフ?

 彩姉あやねえの左腕は不自然な形に背中の方へ折り曲げられていた。

 長身の男、誰だ?

「passare la chiave.(鍵を渡せ)」

 イタリア語?

 鍵?

 鍵、って、何だ?

「Prima la rilasci.(先に彼女を放せ)…… Io immediatamente glielo do.(すぐに渡す)……」

 ゆっくりベッドから降り、机に向かった。

 机のサイドにある一番下の引き出しを開ける。

「明かりを点けろ」

 男が言った。

「スイッチは右側の壁にある」

 僕が答えると男は壁の方向へ視線を走らせた。

 一瞬、ナイフが彩姉(あやねえ)の喉元から離れる。

彩姉(あやねえ)、離れて!」

 僕はそう叫ぶと男に飛びかかった。

 右手でナイフを持った男の手首を掴み、左腕で相手の肘を巻き込んだ。そのまま床に倒すつもりで右に捻った。

 !

 何?

 相手の左肘が僕の頬に当たり、一瞬、右手の握力が抜けた。

 男は僕の右手首を掴み捻った。

 足払い! 見事に技を返された。

「ぐっ……」

 咄嗟に左腕で受け身。

 しかし、背中から床に叩きつけられ、一瞬、呼吸が止まった。

「げほ…… ……」

「残念だったな。武道が得意なのは日本人だけじゃないんだよ」

 男はそう言うと、倒れている僕の首筋にナイフを押し当てた。

「!」


 しかし、壁に叩きつけられたのは男のほうだった。

「いてて……」

 僕は痛みに耐えながら右肩の関節を戻した。

 押さえられている右肩の関節を外し、体勢を入れ替えると、両脚と左腕を使って男を撥ね除けたのだ。

くそったれ(vaffanculo)!」

 !

 男が銃を構えていた。

 消音器(サプレッサー)付きの小型拳銃。

「よせ!」

 くぐもった銃声!

 血と硝煙の臭い!


 部屋の明かりを点けると…… 血の海だった。

 男が頭から血を流し…… 正確には後頭部が吹っ飛び、脳の組織が飛散していた。

「いやーーーっ!」

 彩姉(あやねえ)の絶叫。

 彩姉(あやねえ)は裸のまま部屋の隅に踞っていた。

 僕は壁にかかっていたパーカーを取り、彩姉(あやねえ)に放り投げた。

 ナターリャ?

 ドアの向こうにナターリャが立っていた。

「あなた、誰? ナターリャちゃんじゃない……」

 彩姉(あやねえ)が怯えた声で言った。

 アイスグリーンの瞳に暗い光が宿っていた。


 あのときと同じ目だ……


 手には大型の消音器(サプレッサー)がついた45口径の小型の自動拳銃(サブコンパクト)を握っている。

 スプリングフィールド・ウルトラコンパクト、しかしハイデルベルグで持っていたV10とは別の銃だ。

 こっちは消音器(サプレッサー)仕様か。

ナターリャ(Наталия)……」

「My name is Fiona.(私はフィオナ)I'm not nataliya.(ナターリャじゃない)She is sleeping now.(彼女は寝ている)」

 プラチナブロンドの美少女は答えた。

「フィオナ? ナターリャは寝ているって……」

 いったいどういうことなんだ。

「ナターリャ……」

「あ、彩姉(あやねえ)

 彩姉(あやねえ)がよろよろと立ち上がり、部屋を出て行った。

 階段を下りる音がする。

彩姉(あやねえ)……」

 後を追う。


「きゃーっ!」

彩姉(あやねえ)!」

 絶叫は1階ゲストルームの前だった。

 男が倒れていた。

 2階の男と同じく白人で、高級そうなスーツを着ていた。

 手には消音器(サプレッサー)が付いた22口径の小型拳銃が握られていた。

「これも君がやったのか……」

 僕は後からついてきたフィオナと名乗る少女に言った。

 彼女は視線で肯定した。

「ナターリャちゃん、どこ?」

 彩姉(あやねえ)はゲストルームを見回した。

 部屋の中には誰もいない。

 ナターリャ? フィオナ?

 まさか…… 

「ナターリャは…… 君の中にいるんだな」

ええ(Yes)

「殺しは全部、君だったのか」

「ナターリャは優しい子だから…… 私とは違って」

 そう言うとフィオナは目を伏せた。


 彩姉(あやねえ)が落ち着いたところを見計らって今までの経緯を全部話した。

 ハイデルベルグで目撃したことと、斎賀(サイガ)の話とベルクート財団の本当の活動。

 そして、ナターリャがフィオナという別人格を持っていること……

「解離性同一性障害……」

 一通り僕の話を聞いていた彩姉(あやねえ)がぽつりと言った。

「解離性同一性障害?」

「人は耐え難い苦痛やストレスを感じたとき、その記憶や感情を切り離そうとするの。そしてその切り離された記憶や感情がひとつの人格として、同一人物の中に現れる…… それが解離性同一性障害と呼ばれている症状。俗な言い方をすれば多重人格」

「強い苦痛やストレス……」


『ナターリャは、ベラルーシでチャイルド・ポルノを作っているグループに売られた』


「ナターリャ……」

 彩姉(あやねえ)はナターリャを抱きしめると静かに涙を流した。

「ところで彩姉(あやねえ)…… その…… 何で裸なんだ?」

「あ…… これは…… 誰かが入ってきたからてっきりレオ君だと思って、驚かそうとして……」

 彩姉(あやねえ)は恥ずかしそうにパーカーの前を閉じるとリビングへ駆け戻って行った。

「何だ……」

 僕はてっきり、連中に何かされたんじゃないかと思って心配したのに……


賊はリビングから侵入していた。

 ガラスが焼き切られ、外側から鍵が外されていた。

「これはもう警察を呼ぶしかないな……」

 家の中に死体がふたつ。このまま放置するわけにはいかない。

 しかしこの連中、イタリア人なのか?

「フィオナ。この連中に心当たりはあるか? イタリア人らしいが」

「この人たちのことは判りません。ただ、人身売買組織が東欧から西側に人を運ぶとき、イタリアマフィアの手を借りることがあります」


 賊は『鍵』を渡せと言った。鍵って何だ?

 今朝、(ソフィア)から送られてきた荷物に関係あるのか?


「レオ君、誰か来たみたい」

 玄関のチャイムが鳴っていた。

「こんな時間に? 彩姉(あやねえ)、奥の部屋に行ってくれ。何かあったら裏口から逃げろ」

「了解…… レオ君も気をつけて」

「フィオナ?」

「I called the Cleaning crew now.(清掃班を呼びました)」

 フィオナの手にスマホ(iPhone)が握られていた。

「清掃班?」


『清掃班』は有名宅配業者そっくりのトラックと制服でやってきた。

 ふたつの死体を黒い死体袋(ボディバッグ)に入れると荷物に偽装しトラックに運び込んだ。

 血で汚れた床や壁紙もきれいに清掃され、惨劇の痕を消し去った。

 破られたガラス戸も修理されていた。

「What do You do after this? (これから君はどうするんだ)」

「合流場所が変更になりました。処理が終わり次第移動します」

 フィオナは既に外出の用意を調えていた。

 いつものゴスロリ調の服に着替え、シンプルな形の黒いトートバッグを肩にかけ、オレンジ色の大型のハードケースを傍らに置いていた。

 何が入っているんだ…… このケース……

「移動します、って。ひとりでか?」

「ロッジからの指示なので」

「すぐにか?」

「はい」

「どこへ行くんだ?」

「後で指示があります」

「……判った。俺も一緒に行くよ」

「……あなたには関係ありません」

 フィオナは戸惑った表情で言った。

「日本語判らなくちゃタクシーにも乗れないだろ。この時間はまだバスも電車も動いてないし。それにさっきの連中にちょっと引っかかることがある」

「レオ君は困ってる女の子を見ると放っておけないの。ひーいずじゃすと、きゃんのっといぐのーずふぉー、とらぶるがーる」

 彩姉(あやねえ)が口を挟んだ。

彩姉(あやねえ)、そうじゃなくて……」

「私が車出すから、乗って行きなさい」

彩姉(あやねえ)、何言ってるんだ」

「車あった方が便利でしょ」

「そうだけど…… いや、危険すぎる。既に人が死んでるんだぞ」

「大丈夫、いざというときはレオ君が守ってくれるから」

「おい……」

「あの…… 、財団の指示ではくれぐれも無関係の民間人には迷惑をかけるなという……」

 フィオナが割り込むように言った。

「無関係じゃないんだ。少なくともさっきの男たちの目的は俺だ」

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