奪還
25.奪還
「防弾かよ!」
後藤が唸った。
マセラティには動きはなかった。
「出るぞ。援護を頼む」
後藤は外のふたりにそう言うとドアを開けた。
「おまえからだ」
後藤は僕を車外へ押し出した。
そしてオレーグがナターリャを抱え、最後に後藤がリムジンから出た。
「上に行くぞ」
海ほたるは建物の中央部に階段とエスカレーターがある。
後藤の部下とオレーグのボディーガードのひとりが先行し、階段を少し上ったところで後方を警戒。
後藤を先頭に次に僕とオレーグが続いてエスカレーターを目指した。
エスカレーターに乗る直前、僕は振り返りざま後ろのオレーグの顎に肘を打ち付けた。
次に右脚の膝を使って相手の右膝を逆関節の方向に押し込んだ。
「あぅ!」
激痛に怯んだオレーグがナターリャを手放した。
僕はナターリャを受け止め、一旦地面に下ろす。
すかさず顔面に膝蹴りを当て、左足を払って転倒させた。
「うが……」
オレーグの顔面から鼻血が噴き出している。
倒れたオレーグの腰の後ろを探り拳銃を抜き取った。
クロアチア製の小型自動拳銃だ。
「鍵を!」
僕は銃をオレーグに向け叫んだ。
ナターリャの手枷と足枷を外すには鍵が必要だ。
「何をやってる!」
後ろの騒動に気づいた後藤が叫んだ。
階段の上にいる後藤の部下とオレーグのボディガードが僕に銃を向ける。
「俺を殺せば50億ユーロは手に入らないぞ!」
僕は銃を後藤に向けた。
「う…… 撃つな……」
後藤が部下たちに命じた。
「早く鍵を!」
オレーグの視線をたどると、腰の右側にスラックスのポケットに繋がる銀色のチェーンが見えた。
「これか」
チェーンを引っ張ると、ポケットの中から古めかしい赤銅色の鍵が現れた。
「!」
階段を素早く下りてきたボディガードが僕の右腕に組み付き、両足で胴を鋏む。
銃を取り落とした。
後ろに倒された僕は受け身を取れずに激しく背中を打った。
「げふっ……」
息が止まった。
そのまま僕に馬乗りになったボディガードは拳銃を僕に向けた。
「この野郎!」
「おい、やめ……」
後藤が叫ぶと同時に銃声が響いた。
「がっ!」
僕に馬乗りになっていたボディガードが崩れ落ちた。
銃声の方向を見ると、振り袖を着た赤毛の白人少女がポンプアクションのショットガンを構えているのが見えた。
「ジャンナ?」
ジャンナは僕を見て親指を高く掲げた。
立ち上がりボディーガードを見下ろした。
死んでいない?
脇腹には金属片が刺さり、円筒形の物体がぶら下がっていた。
テイザー社のXREPか。
ショットガンから打ち出す小型スタンガンだ。
「これが非致死性の弾か」
鍵を使ってナターリャの手枷足枷を外す。
「あの車まで走れるか?」
僕はナターリャに言うと手を曳いて走りだす。
「はよう! こっちたい」
ジャンナと合流し、パーキングエリアのマセラティ・ボーラを目指す。
後方を振り返ると、後藤の部下が銃をこちらに向けている。
「!」
撃たれる!
思った瞬間、大型トラックが射線を遮るように走り込んできた。
「もういい、上で合流するぞ!」
後藤が上から叫んだ。
後藤の部下がオレーグを助け起こし、エスカレーターに乗って昇って行った。
マセラティ・ボーラにたどりついた。
「良かった。レオ君もナターリャちゃんも無事で」
運転席から出てきたのは彩姉だった。
「彩姉? 母じゃないのか」
このシャンパンゴールドの派手なスーパーカーは母の車に間違いなかった。
去年、ドイツで会ったときに乗っていたのを覚えている。
こんな物まで持ち込んでるんだからなあ……
「お化粧直してから行くから先に行っててって、おば……じゃなかった、ソフィアさんの車借りて追いかけてきたの」
「自分の息子の命より化粧が大事なのかよ、って彩姉その格好……」
改めて彩姉を見ると、大きく胸元と背中の開いた真っ赤なイブニングドレス。
「あ…… これね、急いでたからソフィアさんの借りたの。車のトランクに着替えが入ってるから好きなの着てきなさいって……」
言いながら、左手に持っていた10センチ以上のヒールがついた服と同じ色のパンプスを履くために腰を屈めた。
ブラしてないのかよ。
「それから、ソフィアさんからナターリャちゃんに伝言。私、英語得意じゃないからレオ君通訳お願いね」
「う、うん」
「ナターリャちゃんのお母さんが亡くなったのはナターリャちゃんを生んだせいではなく、交通事故によるもの。お父さんのグラスコフ氏から直接聞いたことだから間違いないって」
「そうなのか」
僕は英語とロシア語でナターリャに伝えた。
「本当に? ソフィアがそう言ってるのなら、嘘ではないと思う……」
ナターリャの表情が和らいだ。
「それから、ちょっと気になってたんだが、君たちの家族は普段、何語で会話してたんだ? ロシア語? ウクライナ語?」
僕はナターリャに訊いた。
「……ウクライナ語です」
「やっぱり…… ユリアは君にロシア語で話しただろ」
「! ……」
ナターリャははっとして僕を見た。
アイスグリーンの大きな瞳が僕を映し出していた。
「あれは誰かに言わされている台詞だ。ユリアの本心じゃない」
大きく見開いたアイスグリーンの瞳に希望の光が差した。
「ところで、他の人たちは?」
ミケランジェロたちがどこにいるのか気になった。
「ミケランジェロさんたちは、浮島ジャンクションの辺りで道路封鎖して神奈川連合の奴らを止めてる」
「止めてるって……」
「大型トラックを横転させて通れなくしてるって」
「うわ…… 大事になってるな……」
ミケランジェロたちのおかげで後藤たちの仲間が来ないのは助かる。
しかし、後の始末…… 大丈夫か?
「よう、少年。生きてたか」
大型トラックから降りてきたのはアレックスだった。
「あ…… 捕まったんじゃ……」
トラックに違法な武器を満載していたところを警察に囲まれたのだ。
そんな状態で捕まって、無事に帰してくれるとは思えなかった。
「大丈夫だ少年。俺はこういう者だから」
アレックスはポケットから緑色のパスポートを取り出した。
外交官パスポート?
アフリカ中央部の小国の国名が記されている。
「偽造じゃない、国連加盟国の立派な本物だぜ」
アレックスはにやりと笑った。
「日本人じゃなかったんですか?」
「ふふ…… 貧乏国の中にはこうやって身分を売って外貨を稼いでいる国もあるのさ」
「……」
「だからそのへんの下っ端警官にはこれには指一本触れることできないんだ」
アレックスは大型のダッフルバッグをトラックの助手席から降ろした。
ダッフルバッグには『外交封印袋』のシール。
「こいつは金髪の……」
アレックスはさらにオレンジ色のハードケースを降ろす。
ナターリャがケースを受け取る。
「で、これが少年の……」
最後にアレックスは腰のベルトから自動拳銃《モデル44》を引き抜き、僕に手渡した。
「……」
僕は銃を受け取ると遊底を引き薬室を確かめる。
次に弾倉を抜いて残弾を確認。
ナターリャはケースの中から小型自動拳銃を2挺、取り出す。
「ウゥ…… ネ、モージュナ…… ブッディ、ラースカ……」
突然、ナターリャが踞り、苦しみだした。
「どうした? ナターリャ」
「フィオナ……」
フィオナ?
「ネ、モージュナ…… フィオナ……」
頭を押さえるナターリャ。
「You can't do!」
フィオナとナターリャが争っている?
「ナターリャ……」
「ナターリャちゃん」
ジャンナも彩姉も心配そうに見ている。
「ヴィバーチテ……」
ナターリャが立ち上がった。
アイスグリーンの瞳が光を帯びていた。
「ナターリャか?」
ナターリャは力強く頷く。
「フィオナは…… もう出てきません。ここからは私の問題だから……」
「そうか……」
「フィオナにはもう悲しい思いをさせない」
そう言うとナターリャは両手に握った二挺の拳銃を握りしめた。
「ユリアを助けに行こう」
「ターク」




