逃亡者たち
24.逃亡者たち
ユリアだって?
度々僕たちを襲った金髪のスナイパーはナターリャの姉、ユリアだったのか?
「私たちもロシア人に習ってこの娘をヒットマンとして育てたのさ。本当にこの姉妹はすばらしい素質の持ち主だったよ」
オレーグが得意げに言う。
「ナターリャ。あなた、まだ生きてたの?」
ユリアの、ナターリャそっくりのアイスグリーンの瞳が冷たく言い放った。
「ユリア……」
「あなたなんか大嫌い。早く死ねばいいのよ」
「どうして……」
意外なユリアの言葉に困惑の表情。
「ママが死んだのはあなたのせい」
「……」
「元々身体の弱かったママはあなたを生んだせいで死んだのよ。あなたなんか生まれてこなければよかったのよ!」
「そんな……」
アイスグリーンの瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれている。
「ナターリャ。聞いちゃだめ。ユリアは薬で洗脳されているの。それは本心じゃない」
母だ。
「誰かその女を黙らせろ」
オレーグが言うと、ボディーガードのひとりが母に拳銃を向けた。
「やめろ!」
拳銃を持った腕を掴み、下から跳ね上げた。
発射された弾丸は天井に穴を開ける。
ボディガードの左フックが迫る。
咄嗟に身を屈める。
そこへ右膝のキック。
左フックはフェイントだった。
辛うじて顔面直撃は避けられた。
しかし、左側頭部を強打され意識が朦朧とする。
「レオ!」
母の叫びが遠くの方から聞こえる。
「やめろ! そいつは殺すな」
後藤がボディーガードを制した。
「警察だ!」
突然、男がホールに駆け込んできた。
イタリア人? ミケランジェロの部下か。
ホール内に緊張感が走る。
「出るぞ」
後藤はそう言うと、部下を促して通用口に向かった。
僕も後藤に掴まれたまま出口へ向かった。
オレーグのボディガードのひとりがナターリャを腋に抱え後藤に続いた。
ふたりの後藤の部下が威嚇射撃している間にユリアともうひとりのボディガードがホールから出た。
地下駐車場には大型乗用車が2台駐まっていた。
このマイバッハ……
巨大なリムジン、マイバッハ・プルマンとランドレーだった。
荒井の部下がランドレーの運転席へ、そしてボディーガードのひとりとユリアが後部座席へ向かった。
もうひとり後藤が運転席へ向かい、リムジンの運転席へ、もうひとりのボディガードが助手席に乗り込んだ。
後藤と僕、オレーグ、ナターリャはリムジンの後部座席へ。
2台のマイバッハが深夜の横浜に、6リッターV12ツインターボエンジンの咆哮を轟かせる。
首都高に乗り、本牧ジャンクションを過ぎた辺りで後藤が携帯を取りだした。
「あ、俺だ…… こっちは済んだ。もう引き上げて良いぞ。……ああ、ヤツは死んだよ。俺が殺した…… 、そうだ俺が殺したんだよ! ……しばらく横浜から離れる。おまえは兵隊と銃を集めて俺に合流しろ。 ……判った、じゃあ海ほたるで待っている。 ……なるべく急いでな」
後藤は携帯を切り、僕を見て笑った。
「おまえが俺のスマホ持って行っちまったからな。今はこのガラケー使ってるんだ」
「……」
「もっとも、あれは荒井の野郎に変なアプリ仕込まれてたからあまり使う気しなかったんだ。もう返さなくいい、おまえにやるよ。このGPSも何もついてないガラケーの方が安心だ…… 荒井の野郎、上大岡のサーバルームが襲われたってデマを流したら、大慌てでありったけの兵隊を現場に送りやがった。おかげで自分の周りが手薄になってそれが命取りさ。まあ、あそこには大事な顧客データが集まっていたからな、文字通り命より大事なデータってわけだ。あはははは……」
人を殺した直後で興奮状態にあるのか、後藤はこちらが聞いてもいないことをしゃべっている。
僕はオレーグの隣で、萎れた花のようになっているナターリャが気になっていた。
久しぶりに再会したユリアの言葉にショックを受けているようだ。
アイスグリーンの瞳には光が見えなかった。
「こんな小さい子に…… 手枷、足枷は酷いだろ」
僕はオレーグを睨んだ。
「小さくてもこいつは危険だからな。こいつがベラルーシのアジトから逃げ出した方法を知っているか?」
オレーグはナターリャを一瞥し、僕の方見て見やりと笑った。
「……」
「美人の多いウクライナでも、この子は別格だ。屋敷から掠ってきたこいつを、ボスは一目で惚れ込んじまってな、商売の道具ではなく自分の愛人にしようとしたんだ。それで自分のベッドにこいつを連れ込んだところ、いきなり…… くくっ…… いきなり股間に食らいついてきたんだ」
オレーグが思い出し笑いで一旦言葉を切った。
股間に? ナターリャが?
「くくく…… いきなりの口で行為だ。しかし、こいつは奴のあそこを食いちぎった」
「!」
「とんだビッチだろ。誰が教えたのか知らんがな。こいつは混乱に乗じてアジトから逃げ出し、ボスは出血多量で死んだ。ただし、とどめは俺が刺したんだけどな。あはは……」
オレーグは愉快そうに笑った。
いやな記憶を思い出したのか、ナターリャは険しい表情で目を伏せた。
母が教えた護身術って、もしかしてこのことなのか?
「おい、ロシア語で話すんじゃない」
オレーグの笑いを後藤が遮った。
ロシア語の解らない後藤は不機嫌そうだ。
「全く、ロシア人も信用ならねえぜ。こいつらに紹介してもらったイタリア人は高いギャラふっかけられた割には役立たずだったな。もっとも、おまえらが始末してくれたおかげでギャラは払わずに済んだけどな」
「あいつらはおまえたちが……」
僕の家に侵入したイタリア人はこいつらが雇ったのか。
「おまえがシチリアマフィアの財宝の鍵を持っていることはオレーグからの情報で、本当はこっちのゴタゴタを片付けてからゆっくり手に入れる計画だったんだが、財団の連中とおまえが接触したと聞いてオレーグが焦ってな……」
「コンビニで襲ってきたのは誰の差し金なんだ」
「ああ、あれか? あいつらは荒井の部下だよ。荒井はおまえが鍵を持ってるって知らなかったからな。俺たちはおまえが警察に捕まらないようにコンビニの録画機壊したり、裏で助けてやってるんだ、感謝しろよな」
車は首都高湾岸線から浮島ジャンクションを経て東京湾トンネルに入った。
オレンジ色の光の中を二台のマイバッハが驀進していた。
マイバッハ・リムジンの最後部にはナターリャとオレーグ、向かい合わせに僕と後藤が進行方向に向かって逆向きに座っていた。
「ん? あの車……」
そろそろ海ほたるに近づこうとする頃、車の後方を眺めていた後藤が呟いた。
「こいつは……」
車がトンネルを出て海ほたるの駐車場に入るため、右の側道に入ったとき、後方からV8エンジンの咆哮が高まった。
シャンパンゴールドのスーパーカーがリムジンを左側から無理に追い越し、前方に出てから進路を塞ぐように右にステアリングを切った。
「!」
リムジンは衝突を避けるため急ブレーキ。
やむなく右側の大型車用のパーキングエリアに入った。
前方のランドレーは後方の異変に気づいて急停車した。
しかし、後方から来た大型SUVに激しくホーンを鳴らされている。
「そのまま上のパーキングへ行け! こっちは大丈夫だ、上で合流するぞ」
後藤は携帯電話に怒鳴った。
リムジンは駐車している大型トラックの間をすり抜け、パーキングエリアを横切って出口付近で止まった。
マセラティ・ボーラは入り口近く、路線バスの停留所付近でこちらに正面を向けて止まった。光の加減で運転席がよく見えない。
リムジンの前部ドアが開き、後藤の部下とオレーグのボディガードが外へ出る。
ふたりとも手に拳銃を持っている。
拳銃が火を噴き、シャンパンゴールドのボディから火花が飛び散った。




