ファミリー
23.ファミリー
荒井に続いてホールに入ってきたのはソフト帽を被り、高級ブランドのスーツ、ドラムマガジンを装着した短機関銃。
入って来たのはミケランジェロと4人の部下だった。
「ま、待て、話し合おう」
荒井は後退りしながら言った。
「座ってろ」
ミケランジェロは短機関銃の銃床で荒井を小突いた。
荒井はその場に尻餅をついた。
「く……」
「あら、遅かったわね。ミッキー」
母はミケランジェロに言う。
「あの、ソフィア、そのアメリカ産のネズミみたいな呼び方やめてくれないか」
「でも、かわいいじゃない」
「だから…… え? マウリツィオ? 何でおまえが……」
ミケランジェロは母の隣でワイングラスを掲げているマウリツィオに気づいた。
「マウリツィオは今回のお膳立てをしてくれたのよ」
「?」
「こいつを日本におびき寄せて捕まえるためにね。ヨーロッパだと取り巻きが大勢いてなかなか近づけないでしょ」
母はオレーグを指さした。
「それと、君の昇進試験も兼ねてね」
マウリツィオがミケランジェロを指さす。
「昇進試験?」
訝しげなミケランジェロ。
「あなたがファミリーの次期当主にふさわしいかどうかのね」
「次期当主、って」
当惑気味のミケランジェロ。
「あなたも憂慮しているように、私たちのファミリーが弱体化してから、ロシア、東欧や北アフリカの犯罪者がヨーロッパで勢力を伸ばしてきた。でもファミリーをもう一度、昔のような非合法集団に戻したくなかった。だから、欧州刑事警察機構やロシア内務省と取り引きしてね。マウリツィオに悪役になってもらって、犯罪組織を罠にかけたの。ウクライナの人身売買組織とコンタクトを取って日本におびき寄せたのはロシア当局との合同作戦よ」
「それならそうと……」
まだ納得できない様子のミケランジェロ。
「それに、この計画にはもうひとつ目的があって、あなたの統率力を試してみたいという父の思惑もあったの」
「伯父さんの……」
「組織率、約80パーセント、まあ、だいたい合格だな」
マウリツィオが言う。
「うちの息子を担ぎ出すのは予想してたけど、バルボーニの頑固親爺を引っ張り出したのには感心したわ。泣き虫ミッキーがよくやったと思うわ」
「だからその名前は…… それにソフィア、部下の前で昔の話をするのはやめてください。それと、バルボーニの親爺に関しては、あのじゃじゃ馬を嫁に貰ってくれるなら何でもすると……」
おいおい、本人が聞いたら怒るぞ。
「あ…… 、でも性格は素直だし、美人で……」
僕に気づいたミケランジェロは慌ててフォローする。
遅いよ。
「家族会議の途中で悪いんだが…… イタリア語は耳障りでいけない」
後頭部に冷たくて固い感触があった。
「!」
オレーグ?
いつの間にかオレーグのボディガードが僕の後頭部に小型拳銃を押し当てていた。
「この坊やの頭を吹っ飛ばされたくなかったら全員銃を捨てろ」
「レオ……」
母が目配せし、ミケランジェロとその部下が全員、銃を床に置いた。
「おお、オレーグさん。さすが……」
「おっと、あんたもそこを動くな」
立ち上がり、近づこうとした荒井にオレーグは言った。
「何?」
「てめえはもう用済みだってことだよ」
突然、ホールの一番奥にあった通用口から男が入って来た。
え?
「お、おまえは……」
後藤?
上下黒いジャージで首には趣味の悪い金色のネックレス。
保土ヶ谷のマンションで狙撃されたあの後藤なのか?
「俺だよ、死んだと思ってただろ」
「な……」
後藤の後ろから、3人の男も入って来た。
後藤と同じような黒いジャージ姿。
そのうちのふたりは突撃銃を提げている。
「てめえがそこのウクライナ人使って俺を殺そうとしたのはバレてんだよ」
「待て、誤解だ」
荒井が掌を突き出し後退る。
「オ、オレーグ」
荒井はすがるような目でオレーグを見た。
「お気の毒です。後藤さんの方があなたより良い条件を提示されたので」
「な……」
「話は全部聞いてるんだ。てめえは俺のシマからのアガリが大きくなったのを知って取り上げようとしたんだろ。俺によこしたフィリピン女もてめえのスパイだって、初めから知ってたさ」
そして後藤は僕の方を見てにやりと笑った。
「あの血はリアルだっただろ。作り物の血糊じゃねえ、豚の血を使った特製品だぜ。まあプラスティックの訓練弾とはいえ、痣ができるほど痛かったけどな」
そうか、それでシャツについた血がなかなか固まらなかったのか。
それにしても、半グレの内部抗争だったとは……
「じゃあな、荒井。これで最後だ」
後藤は腰の後ろに手を回し、小型の自動拳銃を取り出した。
「ま、待て……」
後藤は続けざまに3発、荒井に撃ち込んだ。
荒井は3発とも腹部に銃弾を受けその場に崩れ落ちた。
少女たちの悲鳴。
荒井の周りには血溜まりが広がる。
後藤は倒れた荒井に近づくと、死んだのを確かめるように何度も蹴った。
「だいたい後から入ったくせにボス面しやがって、てめえは前から気にくわなかったんだよ! あ? てめえ、思い知ったか!」
後藤は死んだ荒井に向かって怒鳴った。
「後藤さん、そろそろ」
オレーグが興奮した後藤をなだめるように。
「そ、そうだな」
後藤が荒井の死体から離れ僕の方へ。
「おまえが例の鍵を持ってるのか」
「……」
「よし、おまえだけこっちに来い」
後藤が僕の腕を掴んだ。
「女はちょっともったいない気がするが、口封じだ仕方ない」
後藤は突撃銃を持った部下に合図した。
四人は母、ミケランジェロとその部下、荒井の部下、そして彩姉とオークションにかけられた少女たちを壁際に並ばせた。
「やめろ! その人たちを殺せば鍵のありかは教えないぞ!」
僕が叫んだ。
「ふっ」
「!」
後藤が銃を持った手でいきなり僕を横殴りにする。
「黙れ、こっちにはKGB仕込みの拷問の名人がいくらでもいるんだ。どんな手を使っても吐かせてやるよ」
「……」
「よし、やれ」
ふたりの男が突撃銃を構えた。
!
銃声が続けて2発。
しかし、倒れたのは後藤の部下だった。
「?」
ひとりは肩、ひとりは右脚の腿を打ち抜かれている。
急所を外したのか。
「騎兵隊只今到着! ……ぎりぎり間に合ったようだな」
ホールの入り口方向から声がした。
「アレックス? ジャンナも……」
ホールに現れたのはアレックス田宮とジャンナだった。
アレックスはベレッタ92カスタム、ジャンナはウインチェスターM66を持っている。
「警察に捕まったんじゃなかったのか?」
「くそっ、援軍か」
後藤はアレックスに向けて拳銃を発射した。
残った後藤の部下とオレーグのボディガードもそれに従う。
しかし、ろくに狙いをつけない銃撃では全く効果がなかった。
後藤たちがアレックスに気を取られている隙にミケランジェロたちが銃を拾い上げ、構えた。
「もう諦めろ!」
「それはこっちの台詞だ」
ロシア語訛りの英語。
先刻、後藤が現れた通用口から白人男性とゴスロリを纏った金髪の少女。
ゴスロリ?
え?
ナターリャ?
ナターリャと同じプラチナブロンドにアイスグリーンの瞳。
人形のように整った顔立ちもナターリャそっくり。
しかし、僅かにナターリャより背が高く大人びた風貌。
少女は小型の短機関銃を両手に持っている。
ポーランド製のPM-63 RAKか。
白人男性はオレーグのボディガードだろう。
「遅かったな」
と後藤。
「お姫様の支度に手間取りまして」
「まあ、間に合ったからいいさ」
後藤が満足げに頷いた。
「ユリア!」
叫んだのはナターリャだった。




