ソフィア
22.ソフィア
「さて、いよいよオークションの始まりです。客人はこの特等席からこちらのiPhoneで入札してください」
荒井はマウリツィオら3人にiPhoneを渡すと、ステージに登った。
「そこのガキはてめえの彼女がいくらで売れるかゆっくり見てるんだな」
荒井は下品な笑みを浮かべ俺を見た。
「くっ」
「安心しろ、中東辺りからハーフのティーンエージャーの男、っていう注文も来てるんだ。おまえも近いうちオークションにかけてやるから楽しみにしてろ」
「まずはティナ、アメリカとフィリピンのハーフで12歳……」
荒井はカメラに向かい、抑揚を付け芝居がかった調子で少女の紹介を始めた。
初めにステージに上げられた少女は白いガウンを羽織った褐色の肌の美少女だった。
「5万USドルから」
荒井は少女のガウンをはぎ取る。
ガウンの下は黒いレースの下着姿だった。
華奢な、少女らしい体つき。
少女は思わず両手で胸元を隠した。
ステージ上のスクリーンには少女の画像にオーバーラップして入札の金額だろうか、数字が次々に増えていった。
会場の全員がステージに注目している。
僕は肩の関節を外すと後ろに回されていた両手を前に持ってきた。
関節外しは腱が伸びて外れ癖がつくのであまりやりたくなかった。
しかも超絶に痛い。
しかし、今は背に腹は代えられない。
次に口の中に隠してあった爪楊枝 ―― 先刻マーガレットがチーズと一緒に口の中の押し込んだやつだ ―― を結束バンドの留め具に差し込み、ロックを外した。両手が自由になったら、同じように足の結束バンドも外す。
「オークションを止めろ! 女の子を解放するんだ」
僕は拳銃を両手で構え、荒井に狙いをつけながら叫んだ。
「レオ君!」
彩姉が僕に気づいたようだ。
銃の照準を荒井から逸らし、ステージ上のライトに狙いをつけ、撃った。
!
ライトは粉々になって飛び散った。
「玩具じゃないぞ」
再び荒井に狙いをつける。
「で? おまえはたったひとりでどうしようってんだ?」
「……」
「腕は良いようだが、てめえ、人を撃ったことはあるのか? どうした、手が震えてるぜ。てめえに俺が撃てるのか?」
荒井がスーツの前をはだけ、ホルスターから銀色の大型拳銃を抜いた。
カラダガウゴカナイ
銃を持ったまま、体が硬直している。
荒井は銃を構えたままこちらに近づいてくる。
!
銃で側頭部を殴られた。激痛で床に倒れ、拳銃を取り落とす。
「よくも俺に銃を向けてくれたな! てめえそんなに死にてえか!」
銃口が迫ってくる。
「レオ君!」
彩姉の絶叫が聞こえる。
?
撃鉄が倒れる音がした。
「何? どうした…… え?」
新井が遊底を引くと後退したまま止まった。
弾丸が入っていなかったのか?
「素敵な銃だったからさっきちょっと見せてもらったの。でも、危ないから弾丸は抜いておいたわ」
マーガレットが日本語でしゃべった。
「何だとぉ? このクソババァ」
怒りの形相でマーガレットを睨む荒井。
「あーら、クソババァだなんて、失礼ね。あたし、これでもまだ30代よ。もう少しこのまま騙されててもらいたかったんだけど……」
そう言うとマーガレットは自分の髪の毛を掴み、後頭部から持ち上げた。
特殊メイク。
髪の毛と一緒に顔の皮膚が剥がれる。現れたのはダークブロンドの白人女性……
ノーメイクでも派手な顔立ち。
僕がよく知っている女性だった。
「ちょっとこれ脱ぐわね」
女は白いジャケットを脱ぎ捨てた。
中には救命胴衣のように空気で膨らんだベストを着て、分厚いスポンジを腰に巻いていた。
「あー暑かった」
スカートも脱ぐと、残ったのは黒のタンクトップと黒い革のマイクロミニスカート。
アラフォーが少しは自分の年考えろよ!
「Что случилось? (これは……)」
オレーグが狼狽えていた。
「だ、誰だおまえは…… ミズ・M…… マーガレットはどうしたんだ……」
荒井は意外な展開に困惑していた。
「彼女なら今、スペインの検察局に身柄を拘束されてるわよ」
「な…… じゃあ、初めから……」
新井は絶句したまま女を凝視していた。
「レオ君、ひとりでよくここまで来たわね。さすが我が息子」
「……」
白人女性の正体は僕の母、ソフィアだ。
「ソフィア!」
ナターリャ?
叫んだのはナターリャだった。
「ナターリャちゃん、元気? あ、すぐに外してあげるわね」
「生きてたの…… てっきりあのとき」
ナターリャは母を知っているのか?
て、どこで知り合った?
「あの時は自分の身を守るだけで精一杯で…… あなたのお父さんを救えなかった……」
「あの時って何のことだ?」
僕は母に訊いた。
「昔ね、ナターリャちゃんの家でメイドをしていたことがあるの。3年くらい前かしら。ウクライナマフィアの動向を探るために、当時内務省にいたナターリャちゃんのお父さん、グラスコフ氏の家で…… 、まさかマフィアの雇った殺し屋集団に襲われるとは思わなかったから……」
「でも、あなたの教えてくれた護身術で、私は助かった…… 今では感謝している」
-昔、家で働いていたメイドに教えてもらったの-
ナターリャに護身術を教えたメイドって母だったのか。
「あなたとあなたのお姉さんのことはずっと気になっていたわ……」
「ソフィアおばさん!」
彩姉が叫んだ。
「あら、彩ちゃん久しぶり。でも『おばさん』はやめてね。まだ30代なんだから」
「ごめんなさい」
「四捨五入したら40だろ。立派なアラフォーだよ」
僕は言った。
「いやーん、四捨五入はやめてー。そこは切り捨てて、女の年齢は切り捨てよ」
「現実を直視しろよ」
「女の子はいくつになっても夢を追いかけるものなのよ」
勝手に言ってろ。
「お、おまえら……」
そういえば荒井は母の正体を知らない。
「私たちが必要なのはこっちの人なんだけど……」
母は小型自動拳銃を取り出し、オレーグに銃口を向けた。
マウザーHSc、古いドイツの銃だ。
「くそ……」
突然、荒井が正面の扉に向かって走り出した。
「あら……」
扉から出て行ったはずの荒井が両手を挙げ、後退りしながら戻ってきた。




