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悪の館

 21.悪の館


 薄暗く、ひっそりとした廊下を進む。

 この突き当たりに非常階段がある。


「ちょっと、そこの……」

 突然、客室のドアが開き、中から派手な化粧をした若い女が顔を出した。

 濃いピンクのタンクトップに白いホットパンツ。

 露出した肌にタトゥー。

「!」

 いきなりのことに驚いて立ちすくむ僕に向かって、女はまくし立てた。

「さっきから呼んでるのに返事がないってどういうこと?」

「あの……」

「今日はオークションで忙しいのは解ってるけど、2時間前にミネラル・ウォーター持ってきて、って頼んだのに何やってんの……」

「す、すいません……」

「え? あなた、新しい子?」

「ええ、まあ……」

 僕を勝手に仲間だと思っているようだ。

「あなたでもいいから、早く持ってきてくれない? 喉渇いて死にそう」

「は、はい……」

 返事はしたものの、ここはどうやって切り抜けよう……

「下行くんだったら、ついでに洗濯物持ってってよ。いつもは夕方取りに来るのに今日は誰も来ないんだから」

 女は隣の部屋のドアの前に行き、カードキーを差し込んだ。

 そしてドアを開け、僕を招き入れた。

「この白い袋ふたつね。この階のはこれで全部だから」

 目の前には大きな白い布の袋がふたつ、無造作に置かれていた。

「……」

「どうしたの?」

 僕は洗濯物より、奥のベッドに座り、こちらを見ている少女が気になっていた。

 中学生くらいだろうか。

 幼い顔立ちに大きな瞳、長い髪、グレーのワンピースからは細い手足。

 表情に乏しく眼には意志の光がなかった。

 (ドラッグ)か。

「あなた、こういう子が好みなの?」

 女が後ろから声をかけてきた。

「……」

「残念ね、この子はもう行き先が決まってるの。明日の船でリビアに。結構高く売れたらしいわ…… どうしたの? 怖い顔して」

「!」

 無意識に、殴ってしまった。

「い、いた…… 何を……」

 床に鮮血が散った。

 女は口の中を切ったようだ。

 よろめきながら口を押さえ、恐怖の目で僕を見ていた。

「おまえら、人間を何だと思ってるんだ!」

 左手で女の髪を掴み、怒りに任せてもう1発。

「ひっ!」

 歪む女の顔。

 血の臭い。

 右の拳にはいやな感触だけが残った。

 嫌悪感。

 この女に対してではなく僕自身にだ。


 手早くロープで女の手足を縛り、浴室にあったタオルで猿ぐつわをかませる。


「……」

 ベッドの上の少女がこちらを見ていた。

 虚ろな瞳。

「必ず助けるから、もう少し待ってて」

「……」


 部屋を出て非常階段へ向かう。

 重い金属製のドアを開け、薄暗い階段へ。

 カビ臭い湿った空気を吸い込んだとき、目の前が真っ暗になった。



「う……」

 ここは…… どこだ?

 気が付くと、ソファの上に転がされていた。

 両手両足はナイロン製の結束バンドで縛られている。

 痛みはなかった。

 殴られたのではなく、後ろから首を絞められ落とされたようだ。

 少し動いてみると、腰の後ろに差したインサイド・ホルスターが残っているのが判った。

 中の拳銃もそのままのようだ。

「普通の高校生が本物の拳銃持ってるなんて思わないだろうからな……」

 デイパックは足元に転がっている。

 周囲を見回す。パーティー会場に使われるような広いホールだった。

「2階の大ホールか……」

 正面にステージがあり、照明器具とムービーカメラがそれぞれ3脚に据え付けられ、背後には巨大なスクリーンがあった。

 ステージのすぐ下のテーブルには数台のノートパソコン置かれ、若い男たちがテーブルを取り囲むようにして作業をしていた。


 すすり泣くような声がする。

 女の子の声だ。

 身を起こしてホールの反対側を見る。

  彩姉(あやねえ)

  彩姉(あやねえ)と他に4人、合計5人の若い女性が壁際の椅子に座らされていた。

 全員が白いガウンを着ている。

 皆10代くらいで外国人も混ざっていた。

 彩姉(あやねえ)は下を向いたまま身じろぎもしなかった。

 まだ僕には気づいていない

 彼女たちは拘束こそされていなかったものの、両側に監視役だろうか、ふたりの屈強な男が突撃銃(AKMS)を肩から提げ、睨みをきかせながら立っていた。


 声を出そうとして思いとどまった。

 今の僕には何もできない。


「気が付いたか」

 男の声に振り返る。神奈川連合のボス、新井だった。

 人を小馬鹿にしたようなにやけた笑い。

 自分が寝かされていたソファの後ろには小さなビュッフェコーナーが作られいた。

 テーブルの上にはワイン、シャンパン、オードブル。新井と、若い白人男性と中年の白人女性、中年の白人男性、目つきの悪い大柄な白人男性、そして若い日本人男性四人。

 中年女性はマーガレット・マックレー。

 中年男性はオレーグ・シドレンコ。

 若い白人男性は初めて見る顔だ……

大柄な白人男性はオレーグのボディガードか。


 ナターリャ!

 壁際の椅子にナターリャがちょこんと腰掛けていた。

 漆黒のゴスロリ衣装を身に纏った美少女は、そのまま等身大の人形だった。

 よく見ると手首と足首に中世の拷問で使うような金属製の枷が嵌められていた。

「ナターリャ……」

「レオ!」

 ナターリャは僕に気づき、アイスグリーンの瞳に光が差した。

「オレーグ……」

 僕は傍らのオレーグを睨み付けた。

「この子はまだこうしておかないと危険なんでね」

 オレーグは薄笑いを浮かべた。

「まあ怖い顔」

 マーガレット・マックレーが僕の顔を見ておどけた調子で言った。

 新井がシャンパングラスを片手に近づいて来た。

「まさかここまで来るとはな。シニョール・ラマツォッティがおまえを運んできたときには驚いたが」

 ラマツォッティ?

 じゃあ、この若い白人がマウリツィオ・ラマツォッティなのか?

「駐車場に忘れ物を取りに行ったら、大きなネズミを見つけてね」

 イタリア語訛りの英語だ。

 駐車場だって?

 僕が気を失ったのは上の階だったはずだ。


 何を企んでいるのか。 


「このチーズおいしいわ。あなたも食べる?」

 マーガレットが一片のチーズを爪楊枝ごと僕の口に押し込んできた。

「うっ……」

 僕の苦手なブルーチーズだ。


「新井さん、中継準備できました」

 ホール中央部のパソコンで作業していた男が立ち上がり、こちらに向かって言った。

「よし、それじゃログインの受付を始めろ。それから、カメラのチェックだ。横田、誰か女をひとり上げてみろ」

「了解しました」

 横田と呼ばれた男が壁際の少女たちに向かった。

「いや!」

 選ばれたのは彩姉(あやねえ)だった。

「おとなしく言うことを聞け」

 男が拳を振り上げた。

「!」

「おい、やめろ!」

 止めたのは新井だった。

「商品に傷つけるんじゃねえ」

「すみません……」

 男は拳を下ろした。

「化粧が崩れてるな。ミズ、彼女のメイクを直してもらってもいいかな」

 新井が中年女性に言った。

「OK、任せて」

 中年女性は傍らのバッグを持って彩姉(あやねえ)に近づいて行った。

「荒井さんちょっと」

 若い男がスマホ片手にホールに入ってきた。

「何だ?」

 荒井が男に近づく。

「上大岡の方でちょっと……」

「何だと?」

 荒井は男からスマホを受け取ると向こう側と二言三言言葉を交わした。

「判った、すぐに応援を回す。それまでそこ離れるんじゃねえぞ…… そうだ、誰だろうが、絶対に入れるんじゃねえぞ」

 荒井は男にスマホを返すと、言った。

「手空きの者を集めて上大岡に行け。相手の人数は判らないが銃を持っているらしい。こっちもあるだけ持って行け」

「了解」

「横田と今村、一緒に行け。それから渡辺と斉藤、村上、中谷も」

「了解しました」

 突撃銃(AKMS)を持ったふたりの男とパソコンを操作していた3人のうちのひとり、ビュッフェコーナーにいた4人の中のふたり、計6人が男とともに出て行った。


「太田と柏木はこっちで俺を手伝え」

 荒井はビュッフェコーナーに残ったふたりを囚われの少女たちの近くに移動させた。

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