潜入
20.潜入
「伏せろ!」
涼子の頭を押さえながらシートに押し倒す。
「ちょっと、何す……」
頬に柔らかい感触。
「!」
銃弾がリアウインドウを貫いてフロントから抜けた。
「ひいぃーー!」
銃弾は金髪少年の頭を掠め前方のトラックへ突き刺さる。
「わっ!」
急ブレーキで前席に叩きつけられる。
「きゃっ!」
次弾はリアシートを貫き、伏せた涼子をぎりぎり掠めて助手席へ。
這いつくばりながらドアハンドルを探す。
「どこ行くの?」
「奴らの狙いは俺だ! 君たちはここで……」
「ちょっとまっ……」
ドアを開け車道へ転がり出た。
銃弾が脇を掠めアスファルトに火花を散らす。
ジャンプして歩道の植え込みの陰に隠れる。
そのまま身を低くして走る。
後方から銃声が続く……
ひたすら逃げた……
気がつくとJRの駅前にいた。
「ここまでは…… 追ってこないか……」
息が上がっていた。
遠くでパトカーのサイレンが鳴っている。
辺りを見回す。
ボクハドコニイルノダロウ
夕方のラッシュが始まろうとしていた。
帰宅途中のサラリーマン。
幼い子供を連れた主婦。
笑いながら通り過ぎる女子高校生のグループ。
部活か、ジャージ姿の中学生。
平和な日常。
ボクハナニヲヤッテイルノダロウ
「愛羽?」
「!」
不意に肩を叩かれ振り返る。
見覚えのある顔。
同級生の小澤だ。
下級生らしき彼女を連れていた。
「何だ顔色が悪いな」
すぐ近くにいるはずなのに声はずいぶん遠くから聞こえる。
「ああ……」
「疲れてるのか? ネトゲのやり過ぎか?」
小澤は笑いながら。
「いや…… ちょっと……」
「にしても、おまえの私服のセンス……」
涼子から借りた竜のTシャツだ。
小澤の彼女は不思議そうに僕を見上げている。
「ごめん、大切な用事があるんだ」
「お、おい」
小澤の声を背に、改札へ向かって走り出した。
ホームに滑り込んできた電車に飛び乗る。
ごく日常の風景がスローモーションで視界を流れる。
腰のホルスターに手を回す。
冷たい鉄の重さと感触。
-こいつを持つということは、もしかしたら二度と元の世界に戻れないかもしれないということだぞ。その覚悟はあるのか? -
そうだ、僕にはまだやらなくてはならないことがあるんだ。
ホテル・プリンセス・ベイサイドは磯子区の横浜港を見下ろす高台にあった。
正面の門には『営業終了のお知らせ』と『関係者以外立ち入り禁止』の札。
しかし、建物をよく見ると、カーテンで閉ざされた窓から微かに明かりが漏れている。
明らかに誰かが生活している。
ホテルの周囲を回り、中を観察する。
「裏口からなら入れるかな……」
「?」
大排気量のエンジン音を響かせて坂道を上ってくる車があった。
アヴェンタドール?
シルバーグレーのランボルギーニ・アヴェンタドールがホテルの正門前に停車した。
こんなスーパーカー、誰が乗ってるんだ?
遠隔操作だろうか。正門が自動で開き、銀色のスーパーカーがV12サウンドを残し地下駐車場へ吸い込まれて行った。
やはりオークション会場はここに間違いない。
僕は一旦ホテルを離れ駅に向かった。
二リットルペットボトル入りコーラ、化粧用のコットン二箱、厚手のバスタオル二枚、荷造り用のビニール紐、カッターナイフ、これらを駅前のコンビニで買い揃えると、再びホテルへ向かった。
ホテルへ戻り裏口へ。
バスタオルを柵の鉄条網に引っかけ柵を越える。
厚手のバスタオルは鉄条網から手足を守る役にも立った。
一旦、植え込みの陰の暗がりに隠れる。
ペットボトルの蓋を開け、中身を全部捨てる。
空のペットボトルに化粧用のコットンを一杯に詰める。
腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、遊底を引いて薬室に実包が装填されていることを確かめ、裏口へ向かった。
防犯カメラに写らないぎりぎりまで近づく。
地面に腰を下ろし、右脚の膝を立てる。
拳銃を膝の上で安定させ、防犯カメラに狙いを定める。
コットンを詰めたペットボトルを左手で持って銃口にあてがう。
発射炎から腕を守るため、あらかじめ左腕にバスタオルを巻き付けておく。
外の道路を走る大型車両の通過音に紛れて引き金を引き絞った。
銃弾はペットボトルで作った簡易消音器を貫き、カメラに命中した。
九ミリ弾の直撃でカメラはバラバラになって地面に落ちた。
暗がりに戻り、しばらく様子を見る。
ペットボトルを使った不完全な消音器。
それでも周囲の住民には銃声とは認識されなかったようだ。
裏口のドアに近づく。
鍵がかかっていた。
「どうする? ここで待つか、他に入れるところを探すか……」
考えていると、ドアの内側に人の気配があった。
「また故障かよ……」
裏口から紫のジャージを着た若者が出てきた。
「え?」
壊れて残骸だけがぶら下がっている防犯カメラを見て首をひねる。
「!」
静かに後方へ回り込み、右腕を首に回す。
気絶した若者の両手両足をビニール紐で縛る。
「死んじゃいないよな……」
呼吸を確かめる。
ニュースを思い出した。
『……レストランへ向かう途中で地下の防災センターに押し入り防犯カメラの録画装置を破壊したと見られています』
地下の防災センターか……
階段を探して地下へ。
注意深く、駐車場を横切る。
駐車場にはメルセデス、アウディ等の高級車や、先刻見たランボルギーニやマセラティ・ボーラ等のスーパーカーも……
マセラティ・ボーラ?
防災センターは地下駐車場の夜間出入り口の脇にあった。
小窓から中を窺う。
部屋の中には若い男がひとり、壁際のモニターに向かって座っている。
しかし、モニターを監視しているのではなく、手元のスマホに集中しているようだ。
中央のテーブルの上には空のペットボトル、コンビニ弁当の容器、スナック菓子の袋が山積みになっている。
「どうだった? 直りそう?」
室内に入り、そっと近づいたとき、男が振り返らずに言った。
「うっ!」
後ろから腕を回し、締め落とす。
床に転がった男をビニール紐で縛った。
「下手にいじって警報でも鳴ったらまずいな……」
壁一面にモニターが並んでいた。
モニターには各階の廊下とエレベーターホールが映し出されている。
できれば録画を止めたかったんだが……
エレベーターホールに向かった。
「ここは地下2階か…… スウィートは最上階…… 動いてる?」
3基ずつ向かい合わせで6基あるエレベーターのうち、3基が動いていた。
「降りてくるのか?」
エレベーターは最上階から降りてきて、3基とも2階で止まった。
「2階? 大ホールか」
壁の案内板で確認した。
どうやら大勢の人間が2階の大ホールに移動しているようだ。
向かって右端のエレベーターが地下2階まで降りてきた。
「!」
僕は咄嗟に柱の陰に隠れた。
「ったく、いつまでサボってんだあのふたり」
若い男がふたり、エレベーターから降りてきた。
「また慶輔さんにヤキ入れられるぞ……」
僕は音を立てないようにふたりの背後へ回った。
「うっ!」
後ろからひとりの首に腕を回し、素早く締め落とした。
「おま……」
ふたりめは鳩尾に正拳突きで倒すと、ふたり纏めてビニール紐で縛った。
急いでエレベーターホールに戻り、閉まりかけの扉に滑り込む。
「あれ? ボタンが……」
最上階へのボタンが反応しなかった。
どうやら最上階だけロックされているようだ。
「行けるところまで行くか」
とりあえずボタンが反応する一番上の階まで行くことにする。
「裏コマンドは使えるか……」
エレベーターのメーカーを確認し、アレックスに教えてもらった裏コマンドを試す。
成功するかは神のみぞ知るだ。
裏コマンドが成功したのか、幸い、途中どこにも止まらずに目的の階に着いた。
エレベーターから降りる。
薄暗かった。
一部の照明が点いているだけだった。
満足に清掃されていないのだろう。饐えたような臭いがした。
静かだ。
「スウィートはこの上か。非常階段は……」
廊下の壁にあった平面図を見て階段の位置を確かめる。




