セーラー服と日本刀
19.セーラー服と日本刀
「神奈川連合のトップ、新井って、親の仕事の関係で中学までフィリピンにいて英語ペラペラの帰国子女なのね」
涼子は別の組員が持ってきたペットボトルを受け取ると、中身をグラスに注ぎ俺に手渡した。
「あ、ありがとう…… やつの英語はホテルで聞いた」
かなり完璧な発音だった。
やはり帰国子女だったのか。
「中学2年のときに帰国したんだけど、いじめに遭って不登校。で、暴走族に出入りしていくうちに、得意の英語を使って海外から武器とかクスリとか密輸で頭角を現して、実質的なリーダーになったの」
「暴走族でも腕っ節よりコミュニケーション能力が重要になる時代なのか」
「それだけじゃないの。あいつはサイコパスね。人を痛めつけるのが大好きで、人を殺すことなんてなんとも思ってない。いつも大きな拳銃を携帯していて、ところ構わずぶっぱなすイカレたヤツよ」
「サイコパス、か」
サイコパスに、デザート・イーグルか……
「お嬢様、不動産のリストを持って参りました」
中年女性がプリントアウトされた紙の束を持って部屋に入ってきた。
「ありがとう」
涼子は紙の束を受け取ると僕に見えるようにテーブルに置いた。
「不動産?」
僕はプリントアウトを覗き込みながら訊いた。
「神奈川連合の不動産リストよ。連中、あちこちの不動産会社を乗っ取って、持ってる物件をアジトとして使ってるの」
「それでマンションやらホテルやら、居場所を転々とできるのか」
「連中がアジトにしていそうな物件をリストアップしてもらったの。まず、磯子のパークヒルズ旭台はなしね」
涼子は赤ボールペンで線を引いた。
「旭台? ああ、昨日、発砲事件があったマンションか」
昨夜からいろいろなことがありすぎて、ナターリャたちが家にやってきた来たことなど遙か昔のことに思える。
「後は、この近辺だと井土ヶ谷か洋光台の方か……」
涼子はプリントを眺めながら呟いた。
「実を言うと乗っ取られた不動産屋のひとつがうちの系列だった会社なの。以前から取り返そうと思ってたんだけど…… 昨日からの事件を知ってね。新井をなんとかできれば、と思って情報を集めてた…… 神奈川連合は新井がいなければ烏合の衆だから」
「お嬢。加藤さんが現場早く上がったからこっちに合流してくれるって」
金髪の少年が台車を押して入ってきた。
台車には青いプラスティック製のコンテナ。
木刀、鉄パイプ、ヘルメットが山積みになっている。
「何をするつもりなんだ。不良のケンカじゃないんだぞ。あっちは突撃銃持ってるんだ」
僕が涼子に言う。
「あのね。殴り込みするわけじゃないの。それは仕舞っておいて。あなたたちは連中の動向を探るだけでいいんだから」
「でもお嬢……」
不満顔の金髪。
「そんなことしたら警察沙汰になるでしょ。だめだめ、うちは健全な民間企業なんだから」
「はーい……」
金髪少年は台車を押しながら、渋々部屋を出て行った。
「もう。血の気の多い奴が多くて困ったもんだ」
言いながら涼子はプリントアウトへ目を落とす。
「お嬢様、今、社長からメールが来て、帰国は来週になると」
パソコンを操作していた中年女性が涼子に告げた。
「ありがとう。それなら好都合。今週中にカタを付ける」
「ここの社長は君がやっていることを知っているのか」
「知らない」
涼子はプリントを見たまま答えた。
って、おい。
「君たちが相手にしてるのは武装している危ない奴らだぞ」
「それは君も同じでしょ」
涼子が顔を上げた。
「それは……」
「大丈夫、連中とまともにドンパチするつもりはないから。それよりもこっちには隠し球が……」
「隠し球?」
「ふふふ……」
涼子は不敵な笑みを浮かべた。
「お嬢、悪女を気取るにはまだ色気が足りません」
「うるさい、黙れ!」
いつの間にか金髪少年が背後にいた。
「あの。トイレ行きたいんだけど」
涼子に言った。
「あ、お手洗い? そっちのドアを出て右側」
「どうも……」
僕は個室に入り、スマホを取り出した。
スマホには風祭刑事からと思われる着信やメールが山のように来ていた。
それらを見なかったことにして、ブラウザで検索する。
「やっぱり、ここだ」
涼子が見ていた不動産リストの中で、気になった物件があったのだ。
ホテルだ。
画像検索で確認したホテルは、
『ホテル・プリンセス 横浜ベイサイド』
磯子区の丘陵地帯に立っている高級ホテルだ。
数年前に収益低下と建物の老朽化を理由に休業し、建物ごと売却されたと聞いている。
「奴らがここを買ったのか。営業してないから検索に引っかからなかったんだな」
もう一度、検索したホテルの室内画像と彩姉の映っている画像を比べてみた。
絨毯、クローゼットの様式、ソファの柄すべてがホテルのスウィートルームと一致した。
もうひとつ、調べておきたいことがあった。
昨晩のマンション銃撃事件からの一連の事件のニュースを検索してみた。
特に新しい情報はなかった。
昨日の夜から僕の周りで様々のことが起こりすぎた。
しかし、まだ何も終わってない。
「あれはまだニュースになってないのか」
アレックスとジャンナだ。武器を満載したトラックが検挙されればそれなりのニュースになりそうなものだ。
それともどこからかの圧力がかかっているのだろうか。
「じゃあ、井土ヶ谷の方お願いします……」
僕が部屋に戻ったとき、涼子は誰かに電話で指示していた。
「いろいろありがとう。じゃあ、俺はこれで……」
僕は自分のデイパックを取り上げて部屋を出ようとした。
「あ、ちょっと待って」
涼子が呼び止めた。
「ごめん、後でまたかける」
涼子はスマホを置くと立ち上がり、僕の方ヘ。
「どこ行くの」
涼子が僕の前に立ちはだかった。
「どこ、って……」
「あと少しで新井の居場所が判るから」
「助けてくれるのはありがたいけど、ここからは俺ひとりの問題なんだ」
「だめ」
涼子はいつの間にか左手に棒のようなものを持っていた。
日本刀?
「ちょっとこれ持ってて。絶対に動かないで」
涼子は空のペットボトルを僕に手渡すと、一歩下がった。
刀の柄に手を添えると一瞬で抜き、白刃を一閃。目にも止まらぬ速さで鞘に収めた。
「!」
手に持ったペットボトルはちょうど真ん中で上半分が無くなっていた。
「あなたが腰に下げてる物には敵わないかもしれないけど、これでも間合いに入れば拳銃より速いのよ」
居合いをやっているのか。
「いや、余計だめだろ。危険すぎる」
「お嬢様、ペットボトルは燃えないゴミじゃなくて、専用のゴミ箱に入れてください。最近、業者がうるさいんですよ」
片瀨と呼ばれた中年の女性がコンピュータの画面から目を離さずに言った。
「わあーってるって! もう、小姑みたいに」
金髪の少年が携帯電話を片手に部屋に入ってきた。
「お嬢、上大岡のタワーマンションで動きがあったって、鈴木さんから……」
「判った。上大岡ね」
涼子はプリントをめくり、一枚を抜き出した。
「サニーヒルズ上大岡。シュウちゃん、車」
「がってん!」
シュウちゃんと呼ばれた金髪少年は勢いよく部屋を飛び出して行った。
「私たちも」
涼子は日本刀を掴んで立ち上がった。
「行ってどうするんだ。危険すぎる」
勢いよく押し込まれたSUVの後部座席。
シルバーのトヨタ・ハリアー。
「それは向こう行ってから考える」
涼子が言う。
「行き当たりばったりかよ!」
「臨機応変とも言う」
あのなー……
急発進するハリアー。
「あ、ちょっとこっち見ないで」
走りだした車の中で涼子が突然トレーナーを脱ぎ始めた。
「え? 何?」
「着替え」
「あ、ごめん」
目を逸らす。
「シュウちゃんも、ちゃんと前見て運転して」
「は、はい……」
しばらく車窓から外の風景を見る。
陽はかなり下がり、町並みが赤みを増していた。
「OK、大丈夫」
「え?」
セーラー服に着替えた涼子がいた。
「私、学校で居合い部に入ってるの。だから本身を持ち歩くときは制服着てた方が職質なんかされたとき都合がいいわけ」
そんなものなのか?
「すげえ車が後ろに」
裏通りから駅前の商店街に出たところで、運転手の金髪少年が言った。
振り返るとハリアーのすぐ後ろ、ぴったりと張り付くように黒い大型の外国車。
マイバッハ?
「逃げろ!」
僕が叫んだ。
「え?」
「何?」
「スナイパー! 撃ってくるぞ」
マイバッハ・ランドレーの後部座席の天井が開き、スコープを備えた大型のライフルとその後ろにプラチナブロンドのスナイパーが姿を現した。
しかし、顔はスコープに遮られてよく見えなかった。




