任侠女子高生
18.任侠女子高生
だめだ。
ここで諦めたらだめだ。
車が赤信号で止まった。
ロックレバーを外してドアを開けようとする。
開かない?
「チャイルドロックだ。無駄なことはやめろ」
女刑事がこちらを見ずに言う。
それなら。
「ごめんなさい!」
腰のホルスターから拳銃を抜き、スライドを引いて窓に向けた。
「何をする。やめろ!」
女刑事が叫ぶ。
「!」
狭い車の中での発砲。
耳が痛い。
鼓膜が破けるかと思うくらいの轟音が頭に突き刺さる。
「馬鹿野郎……」
風祭刑事は顔を顰め、耳を押さえながら言った。
拳銃の銃杷部分で窓ガラスを叩く。
ガラスが割れ落ちた窓から、身を乗り出す。
「よせ!」
掴もうと、手を伸ばした女刑事を振り切って、僕は車の外に。
「待てこら!」
風祭刑事の怒号を背に、一目散に走り出す。
「ここはどこだ? 山手の近くだと思ったんだが」
車で追いかけて来られないように、狭い路地裏を走って逃げた。
デイパックからスマホを取り出す。
GPSで現在位置を確かめる。
「酷い格好だ」
路肩に駐まっている大型トラックの、ドアミラーに映し出された自分の半身像を見て苦笑いする。
顔や腕は擦り傷だらけで血が滲んでいる。
Tシャツも泥だらけだ。
「さすがにこれじゃただの不審者だ」
ジーンズはしょうがないとして、Tシャツだけでも何とかしなくては。
広い道に出た。
ここはどこだ?
「!」
突然、後ろから走ってきた黒い大型乗用車が僕の行く手を遮るように停まった。
レクサス?
「え?」
後部座席のドアが開いてひとりの少女が飛び出してきた。
ポニーテールにクリーム色のトレーナー、ローズピンクのプリーツスカート。
「やっと見つけた」
笑顔の少女。
「え、あの……」
誰?
「やっぱり、判らないか」
少女はポニーテールのゴムを外し髪を下すと、手にしたセカンドバッグから眼鏡を取り出し、かけた。
「あ……」
昨日、不良に絡まれていた女子高生だった。
「昨日はどうもありがとう。私、龍岡涼子。あなたは柏陰の愛羽レオ君でしょ」
困った。
今は女の子の相手をしている場合ではない。
「あの…… 俺、ちょっと用事があるから……」
「あ、ちょっと待って」
彼女は急いで立ち去ろうとする僕の腕を抱えるように両手を絡めた。
柔らかな感触。フローラルな香り。
そして僕の耳元に囁いた。
「私、君の役に立てるかもよ」
「何だって?」
「わ、すごい格好、ケガもしてるし。不審者と思われて通報されちゃうよ」
少女は僕を強引にレクサスの後部座席に押し込むと運転席に向かって言った。
「事務所まで、急いで」
車はスキール音を上げて急発進する。
加速でシートに押しつけられながら彼女に訊く。
「あの……」
「彼女助けたいんでしょ。黙ってついてきて。悪いようにはしないから」
「君は……」
黒いレクサスは海の方向へ走り、やがてJR根岸線と平行に西へ向かっていた。
車はJR根岸駅に近い商店街の路地裏に入る。
古いマンションと接骨院に挟まれたビルの前で停まった。
ビルの中からガタイの良いダークスーツ姿スキンヘッドの強面が現れ、ドアを開けた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
お嬢様?
改めてビルの入り口を見る。
『龍岡組』
三角形の中に『龍』の代紋。
ここってまさか……
「早く、こっち」
少女が僕の手を曳く。
スキンヘッドが後ろに続く。
背中がむず痒い。
事務所と思われる部屋は中央に応接セットのソファ、窓際に横長のデスク、壁際に事務机が並び中年の女性と30代くらいの茶髪の男がパソコンを操作していた。
ただ、想像していたような典型的ヤクザの事務所風ではなく、一般企業の社長室と応接室を合わせたような雰囲気だった。
ただ『任侠道』と大書きされた額縁だけが目を引いていた。
「着替えの前に、そのケガ、何とかしなくちゃね。片瀬さん、救急箱どこだっけ?」
少女は応接セットに僕を座らせると、部屋の奥で事務をしていた中年女性に訊いた。
「奥の部屋です。あ、取ってきますね」
女性は立ち上がりドアを開けて部屋を出た。
「あの、君はいったい…… どうして俺のこと」
僕は改めて龍岡涼子と名乗る少女に尋ねた。
「蛇の道は蛇、ってね」
龍岡涼子は悪戯っぽく笑った。
「え?」
「見たとおり、うちはヤクザだけどね。ヤクザって言っても、最近は建築や土木なんかの合法的な商売しかしてないの。私の父がこの組を継いだとき、これからのヤクザは違法な仕事から足を洗うべきだって。今じゃ立派な株式会社よ」
「珍しいですね、お嬢さんが男連れ込むなんて」
後ろに立っていたスキンヘッドが言った。
「連れ込む、って…… 人聞きの悪い…… 大野さん、そんなんじゃないから」
涼子はちょっと照れた様子で答えた。
「違うんですか? 俺たち、お嬢さんにやっと彼氏ができたって喜んでたんですから」
傍らでパソコンを操作していた男が言った。
「だから違うって!」
涼子は立ち上がった。
そこへ白い救急箱を持った金髪の少年が入ってきた。
「片瀬さんがお嬢にこれをって…… 。あれ? お嬢、今日はスカートなんすね。どうしたんです? 何女装してるんすか?」
「女装って言うな!」
顔を赤くして言い返す涼子。
「ああ、そういうことですか」
少年は僕を一瞥するとにやりと笑った。
「女装?」
あっけにとられる僕に少年は言った。
「あ、もちろんお嬢は女性ですよ。胸、ないですけど…… 昔、一緒にお風呂入ってたんで…… いっ!」
涼子がテーブルの上にあったペットボトルを少年の頭に投げつけた。
「おまえはもうしゃべるな!」
部屋の中、他の男たちも声を殺して笑っていた。
「てめえら、後でブッコロス」
涼子は金髪の少年から救急箱をひったくるとドスのきいた声で言った。
「……」
「2年までよ……」
「?」
「一緒にお風呂入ったって、小学校2年のときままで…… 、あ…… 、ち、違うの…… もう、ここの連中、下品でいや」
あっけにとられて見上げている僕に気づいて涼子が取り繕うように。
「Tシャツ脱いで背中見せて」
涼子はそう言うと僕を後ろに向かせTシャツをたくし上げた。
「血は止まってるみたい…… ちょっと痛いかもしれないけど我慢して」
涼子は背中の傷に消毒液を吹き付けると、ガーゼを絆創膏で貼り付けた。
「ごめんね。こんなのしかなくて……」
事務所で借りた黒いTシャツには背中に大きく竜の絵があった。
全面に金色の刺繍があるジャージは固辞した。
「ダボシャツじゃないだけましか」
「そーゆーのは今流行じゃないから」
涼子は僕が着なかったジャージを抱えている。
「ありがとう…… でも、何で俺の手助けを……」
「恩を受けたら返すのが任侠道でしょ」
「任侠道って……」
女子高生の台詞じゃないぞ。
涼子はジャージを金髪の少年に渡すと、僕の顔をじっと見つめた。
改めてみる涼子は彩姉やジャンナとも違う清楚な美人だった。
「本当はね、神奈川連合にはうちの組にもちょっと因縁があってね」
「因縁……」
「いつかあいつらにギャフンと言わせてやるのが私の夢なのよ」
ギャフン? 昭和のマンガかよ!




