追撃開始
11. 追撃開始
僕はレストランの個室を飛び出し、エレベーターに駆け込んだ。
女たちを連れて表からは出られないだろう。
おそらく、連中は直接地下駐車場へ向かったはずだ。
同じエレベーターに乗った宿泊客と思しきカップルが、僕を見て固まっていた。
「あ……」
僕の手には突撃銃が握られていた。
「いや、これ、おもちゃだから……」
僕は銃を体の後ろに隠し、照れ笑いしながらエレベーターの表示板を凝視した。
不審な表情で僕を見ていたカップルを一階ロビーで下ろし、エレベーターは地下二階の駐車場に着いた。
「銃声?」
エレベーターを降りると銃声と怒号が聞こえた。
「何だ?」
車の陰に隠れながら、注意深く前方を伺った。
さらに銃声。
その後で女性の悲鳴と急発進する車の音が聞こえた。
恐る恐る車の陰から身を乗り出すと、通路の真ん中に立っている男が見えた。
日焼けした顔に口髭、中肉中背、筋肉質な体躯、素肌に派手な色のアロハシャツ、薄いベージュのワークパンツにジャングルブーツを履いた年齢不詳国籍不明の男だった。
「動くな!」
僕に気づいた男は、大型の自動拳銃を僕に向けた。
ベレッタ92系。
排莢口を強化した遊底に交換し、銃体にレーザー照準器付きウエポンライトを装着している。
「Drop your gun and on the floor now!(銃を捨てろ。そして床に這いつくばれ!)」
銃口とレーザー照準器が僕の心臓を狙っていた。
「ちょっと……」
僕は銃を手放し、両手を挙げた。
「Aspetti signore!(待って!)He's our side!(彼は味方よ!)」
車の陰からジャンナが飛び出してきた。
「そうか、君が協力者だったのか…… すまなかった、少年」
男はジャンナの拘束バンドをナイフで切りながら言った。
「協力者?」
「俺はアレッサンドロ田宮。アレックスと呼んでくれ」
ネイティブな日本語、どうやら日本人のようだ。
「もしかして、あなたが斎賀さんの交代要員……」
「たまたま日本で休暇中だったんだが、例の金髪のお人形さんのサポートがひとり負傷したから、代わりに付いてくれとの財団からの依頼でな。その後、時間内に合流場所に行けなくなったとメールが来て、添付されてたGPS情報からここを割り出した。で、入ってくる途中で彼女を連れた6人組がいたから何かあったと思い、止めようと思ったんだが……、間一髪で逃げられた」
アレックスは悔しそうに出口の方向を睨んだ。
「奴らが混乱した隙にあたしだけ逃げ出せたんじゃが……」
「すぐに追わなきゃ…… あいつらは人身売買組織に彩姉たちを売るつもりだ!」
「まあ、そう焦るな、少年」
アレックスは僕の肩に手を置いた。
「しかし、急がないと……」
「急ぐって、何かアテはあるのか?」
「……」
「まず、情報を集めるのが先だな、裏社会の情報なら俺にも多少のアテがある。とにかく俺と一緒に来い。作戦を立てる」
「くそ!」
思わず拳でコンクリートの柱を叩いた。
車もなければ情報もない。
僕ひとりでは何もできないのか……
「signorina Gianna.(ジャンナお嬢様)Si ok.(無事だったんですか)」
声のする方向を見た。
荷物を満載したホテルのカートを押す、白人の若い男がいた。
ミケランジェロの部下だった。
「ダリオ」
ジャンナが応えた。
「誰だ? ホテルのボーイには見えないが」
アレックスが僕に訊いた。
アレックスはシチリアマフィアのことを知らない。
「後で説明します。それより、早く、奴らを追いかけなけりゃ」
僕はアレックスを促した。
もう、一刻の猶予も許されない。
「上で何か?」
ジャンナがカートの荷物を見て言った。
よく見ると、ナターリャのハードケースや僕のデイパックが乗せられていた。
「警察が来る前に見られてはまずい物を隠せと、ミケランジェロが……」
「その荷物は友達の物だから、俺が引き取ります」
僕はオレンジ色のハードケースを指さした。
「解りました。でも急いでください」
ナターリャのオレンジ色の大きなハードケースとトートバッグ、彩姉のセカンドバッグ、僕のデイパックをカートから降ろした。
「じゃ、車出してくるから、ちょっと待ってろ」
アレックスは駐車場の奥へ向かった。
「わしもレオと一緒に行くけん」
ジャンナはカートの中から自分の荷物と思しき、やけに細長いルイ・ヴィトンを取り出した。
「君は来ちゃだめだ。見ただろ、連中はとても危険だ」
「夫に従うのは妻の務め。ばってん。シチリア女を舐めたらあかんで」
「いや、夫婦じゃないし……」
「それに、戦力はひとりでも多い方がええじゃろ」
言いながらジャンナはルイ・ヴィトンを開けた。
「ルイ・ヴィトンのガンケースかよ……」
中には西部劇に出てくるような金色のレバーアクション・ライフルが入っていた。
ウインチェスターM66?
マジかよ。
「とりあえず、どこで落ち着ける場所に行こう」
アレックスの車はオレンジ色のピックアップトラック、五人乗りの旧型トヨタ・ハイラックス・ダブルキャブだ。
ホテルの地下駐車場から飛び出すと、海を背に伊勢佐木町方面へ向かっていた。
途中、激しくサイレンを鳴らしながら、港の方へ向かう数台のパトカーや救急車とすれ違った。
「そうか、だいたい判った。財団の方からは金髪のお人形さんの行動しか知らされてなかったからな」
僕は昨夜からの出来事をアレックスに説明した。
アレックスは難しい顔で、前方を睨んだまま言った。
「ウクライナの人身売買組織に暴走族、それにシチリア・マフィアね……」
車は桜木町を右に見て国道16号線を横浜駅方面に向かっていた。
「すみません、ラジオ点けていただけませんか?」
時計は午前7時ちょうどを指していた。
『午前5時頃、港南区の環状2号線で大型乗用車が中央分離帯を飛び越えて対向車線を走っていた大型トレーラーと衝突し、後続の乗用車3台を巻き込む事故が発生しました。この事故で、トレーラーに衝突した乗用車が炎上し、この乗用車に乗っていた男性2名が死亡しました。またトレーラーに追突した乗用車の乗員2名が軽傷を負ったとのことです。炎上した乗用車は事故の前、他の数台の乗用車とともに集団で暴走行為をしていたとの情報もあり、警察は事故の原因を調べています。 ……ただいま入ったニュースです。横浜市中区のホテルで銃撃事件があり、負傷者が出た模様です……』
ホテルに残ったミケランジェロたちが気になった。
「…… Ti ringrazio tanto.(ありがとう)Ci vediamo」
ジャンナはスマホを置くと、僕たちの座る前席に身を乗り出して言った。
「ファミリーのみんなはサツが来る前にホテルからとんずらしたようじゃ」
「ミケランジェロは? ケガしてたようだけど」
「ケガはたいしたことなかったようじゃ。応急手当てして今、別のホテルにおるらしい」
「そうか……」
それにしても、なぜ連中は僕たちがあのホテルにいるのが判ったのか、いや、その前のコンビニだってそうだ……
まだまだ気になっていることが多い……
「連中もプロだ。警察に捕まるようなドジはしないだろ」
アレックスがにやりと笑った。
「女たちを掠った暴走族は……」
アレックスが言った。
「確か、神奈川連合とか」
「判った」
アレックスはそう言うと携帯電話を取り出し、どこにコールした。
「あ、ケリーか? 俺だ…… 元気か? そう、昨日帰ってきたばかりだ…… メキシコだよ。いつもの仕事さ……」
アレックスは通話の相手と日本語と英語を混ぜながら世間話をした後、電話の相手に切り出した。
「横浜近辺で、どこか空いてる倉庫はないか? なるべく人目につかない場所で…… そうか、それは助かる、場所はメールで。メアドは変わってない。それともうひとつ…… そうだ…… 分隊支援火器と弾薬、五百いや千発、ベルトで。できればミニミで銃身の短い方がいい…… ああ、そうだ。いや、サイトはいらない、レーザーもだ…… あとは、12番のポンプアクション…… うん…… なら、イサカでいい。それとダブルオーかトリプルオーを500、できれば非致死性弾丸も、それと9ミリのシルバーチップを200ほど…… それからプラスティック爆薬を10キロばかり…… もちろん、信管もだ。 あと、できれば導爆線も…… 大丈夫だ、今回はスポンサーがついてる」
分隊支援火器にプラスティック爆薬って…… 戦争するつもりかよ。
アレックスは通話を切ると、どこかにメールを送信していた。
「ちょっとすいません……」
運転席側のドアの外に警官が立っていた。
赤信号で停車中の出来事だった。




