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83 スライムさんと字

「ふんふんふーん」


 よろず屋に入ろうとしたら、外から声が聞こえた。


 なんだろう、と裏手にまわってみると、筆をくわえて、字を書いているスライムさんがいた。

 スライムさんの前には板が置かれていて、そこに書いている。


 じゃまをしてはいけない。私は、じっと待った。


「ふう」

 スライムさんは筆を置いた。


 板には、おいしい、と書いてあった。


 スライムさんがふと、こっちを見た。

「おや、えいむさん?」

「こんにちは」

「だまってるなんて、みずくさいですねえ」

「スライムさんはなにしてたの?」

「ふっふっふ。じを、かいていました」


 私はまた、おいしい、という字を見た。


「おいしい、ってなに?」

「!! あっ……!」

 スライムさんはかたまった。


「どうしたの?」

「やくそう、とかくはずだったんですけど」

「うん」

「やくそうのあじを、そうぞうしていたら、こんなことになっていました……」

 スライムさんは残念そうに言った。


「まあ、薬草はおいしいから、しょうがないよね」

「そうですよね!」

 スライムさんが元気をとりもどした。


「ぼくがわるいというより、やくそうがおいしいんですよね!」

「そうだね」

 悪さとおいしさを比べるというのは、なかなかできることではない。

 さすがスライムさんだ。


「薬草って、この板はどこに置くの?」

「かうんたーです! みて、わからないひとのために、かきます!」

「でも、ちょっと板が大きすぎない? その上に薬草をならべて置けそう」

「じゃあそうします!」

「そうしたら、字が見えなくなっちゃうよ?」

「……ぼくは、ちいさくじを、かけませんので……」

 スライムさんは目をふせた。


「じゃあ私が書く?」

「!! そうしましょう!」

「わかった」

「おれいに、ぼくのざいさんをはんぶん、あたえます!」

「それはいらない」

「ぜんぶですか……? さすがにえいむさんでも、よくばりすぎでは……?」

「いらない!」


 もっと小さい、手のひらくらいの板があったので、それを使うことにした。

「では、おねがいします!」

 スライムさんが言う。

「あ、ちょっと待って」

「どうしましたか? ざいさんが、ほしくなりましたか? あるいは、とちですか?」

「そうじゃなくて。ちょっと、書く前に練習したいから、さっきの大きい板のあいてるところに書いてもいい?」

「……いいでしょう!」


 スライムさんが許可してくれたので、私は筆に、インク? をつけて書くことに。

 したけど、ちょっと思いついた。


「スライムさん、ちょっと遊んでみない?」

「なんですか?」

「私がなんて書いたか、当ててみて」

「? かんたんですよ!」

「じゃ、ちょっとうしろ向いて」

「はい!」


 ぴょん、とスライムさんがくるりとまわる。


「………………よし」

「いいですか?」

「ちょっと待ってスライムさん。字を見たら、すぐ答えなきゃだめ、ってことでいい?」

「いいですよ!」

「じゃあ……、いいよ!」


 私が言うと、スライムさんがくるりと回って、字を見た。


『ヒラガナ』


「ひらが……! かた……! えっ、あ、ひらがなです!」

 スライムさんがジタバタしながら答えた。

「正解!」

「ふう……!」

 スライムさんは、とてもほっとしたような顔だった。


「えいむさん……。いまのは、いったい……」

「青い字で、赤、って書いたりすると、どっちかわからなくなったりするから、これでもおもしろいかも、って思って」

「たつじんですよ、えいむさん!」

「ど、どうも」

「……はっ。そうか、そういうことなのか……」


 スライムさんがぶつぶつ言っていた。


「えいむさん、もういっかい、もういっかいやってください!」

「いいよ」


 私はちょっと考えて、書いた。


『カタカナ』


「えっと、かたか……、え? あれ、かた……、か……。かたかな!」

「正解!」

「えいむさん! どういうことですか!」

「え?」

 スライムさんは、ぴょんぴょんはねている。


「かたかなで、かたかな、ってかいてあります!」

「裏をかいてみた」

「うらを」

「きっとスライムさんは『かたかな』って書くのを予想したんだと思って」

「はい! しました!」

「その裏をかいて、あえて、ふつうに『カタカナ』って書いたら、スライムさんがおどろいて、答えられなくなっちゃうじゃないかと思って」

「……」


 スライムさんは、ぴょこぴょこ、とすこし歩いた。


 私のまわりを、ぐるりとまわるようにして、元の場所にもどってきた。


「まけましたよ……」

 ふっ……、と笑う。


「勝ったの?」

「まけましたよ。ぼくは、えいむさんのてのひらのうえ、というわけだったんですね……。しかし」

「しかし?」

「ほかにも、もじというのは、あるんですよ!」

 スライムさんは言った。


「どんな?」

「それはいろいろですよ! きょうみありますか?」

「うん」

「では、えんちょうせんです!」


 スライムさんは、お店の中から本を持って、やってきた。


「こんどはまけませんよ!」

「うわあ」


 なんだか見たことがない字がたくさんあった。

 字というより、絵のようなものまである。


「これをもんだいにします!」

「スライムさんは、これ読めるの?」

「だいたいよめますが、よめないものも、まれに、まれに、ありますね!」

「これとか?」

 私は、絵のような字の本をさわった。


「……まあ、それはまたこんどにしましょう!」

「じゃあ私これ読んでみたい。一緒に調べてみようよ」

「! しょうがないですねえ、いいですよ!」

「うん!」


 こうして私たちは、いろいろな文字を調べて、よくわからないねえ、と何度も言い合ってその日を過ごした。


 結局私が、薬草、という字を書いたのは、すっかり忘れたことに気づいてからの、翌日のことだった。

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