07 スライムさんとお酒
「こんにちは」
よろず屋に入ると、スライムさんがカウンターの上に現れた。
「いらっしゃいませ!」
スライムさんはにこにこしていた。
「こんにちは……」
「げんきがないですね、せいむさん」
「エイムだよ。今日はすごく惜しいね」
「えいむさん、どうかしましたか」
「このお店って、お酒は売ってる?」
「いけませんよえいむさん。おさけはもっとおとなになってからです」
スライムさんが口をへの字にした。
「私が飲むんじゃないよ。お父さんだよ」
「えいむさんのおとうさんは、おさけがおすきですか?」
「うん……」
「それがいやなんですか?」
「そうなの。お父さんはお酒を飲むと、人が変わっちゃって」
「まさか、ぼうりょくをふるうんですか?」
スライムさんはぴょんぴょんはねた。
「ええと、そうじゃなくて」
「ゆるせませんね!」
スライムさんはカウンターから飛び降りた。
下でごそごそやっていたが、木の棒をくわえてカウンターの上にもどってきた。
スライムさんは、水が流れるようになみだを流していた。
「そんなことをするのなら、この、なげきのつえで、いっしょうなみだをながしつづけるようにします!」
「スライムさんが泣いてるよ!」
「このつえをさわっていると、なみだがとまらなくなるのです!」
「誰がそんなものを……」
私にはまったく使い道がわからなかった。
「とにかくそれは置いて。暴力を振るわれたりしてないから」
「そうなんですか」
スライムさんは杖を置いた。なみだを流したせいか、すこしスライムさんが小さくなったように見える。
「お父さんは、お酒を飲むとはだかで踊るの。いつもは全然そんなことしないのに。他にも、しゃべりかたが変になるし、目つきもだらしなくなるから嫌なの」
「おとこは、そとでないて、いえでそれをみせないものですよ。いいおとうさんです」
スライムさんは、どこか遠くを見ていた。
「それはよくわからないけど、だから、もし酔っ払わないお酒があったらほしいの」
「よっぱらわないおさけ、ですか」
「よろず屋ってなんでも売ってるんでしょ?」
「そうですね! えいむさんのかていをまもるため、さがしてきましょう!」
スライムさんはカウンターから降りて、店の奥に続くドアに入っていった。
なかなかもどってこない。
このお店の全体の大きさからすると、ドアの向こうもそんなに広くはないはずだ。私の部屋くらいしかないにちがいない。
しばらくすると、スライムさんがもどってきた。
しかしいつもと様子がちがっていた。
「エイムさん、やっぱり酔っ払わないお酒というのはなさそうですね」
スライムさんは頭の上にビンをのせて、キビキビと歩いてきた。
ビンの中身は液体で、茶色っぽく見える透明な液体だ。
「スライムさん?」
「こちらは比較的酔いにくいとされているお酒ですが、やはりお酒はお酒です。これはちょっとした豆知識なのですが、よろしいですか?」
スライムさんは言う。
私はなにも言えず、うなずいた。
「ふだんの様子からすっかり変わってしまうほど酔われた方には、お酒を水で薄めてさしあげるのがよろしいかと思われます。場合によっては、水を出してもあまりわからないということもあるでしょう。それならもう水だけお出ししておけばよろしいのです。ですが、お酒を完全に絶たせるというのは、良し悪しです。自分を見失ってしまうほどのお酒はいけません。それにお酒に頼ってはいけませんが、日々の楽しみとして、お酒は大切ですからね」
「は、はあ」
私はスライムさんの頭にのっているビンを見た。
中身は半分くらい減っている。
「お酒を飲まれない方にはわからないかもしれませんが、味以外に、酔いにいたる流れとでもいいますか。これは独特なものがあります。眠りに落ちる前よりもはっきりしていますが、ある意味では、恋に落ちるかのような。ははは」
スライムさんが笑う。
「ちょっと待ってて」
私は外に出て、桶に水をくんできてスライムさんをその中に入れた。
「わっぷ!」
中でかき混ぜるようにしてから、スライムさんを外に出す。ちょっと大きくなっていた。
「えいむさん、いきなりなにをするんですか!」
「もどった」
「はい?」
「水はお酒に効果的だね」
「なんです?」
「自分を見失うお酒はだめだよ」
「はあ」
スライムさんは、目をぱちぱちさせた。