360 スライムさんと釣り
お店に入ったらスライムさんがまず言った。
「えいむさん、つりってしってますか? いらっしゃいませ!」
「知ってるよ。魚を釣るんでしょう? こんにちは!」
私は、川の近くで釣り竿を構えているおじいさんを想像した。
岩のような石に座って、背中をすこし曲げ、半分眠ったような顔で、水面がゆれるのを待っているのだ。
「ぼくは、おもったんです。ほんとうに、さかなしか、つれないのかと」
「と言うと?」
「ちょっとこれを見てください」
スライムさんは壁のほうを見た。
奥の壁に棒があった。
壁から斜め上に突き出すように設置された棒の先からは、一筋の糸がたれていて、先には薬草が縛りつけられていた。
「釣り竿?」
「はい!」
スライムさんは言った。
「かべに、つけておきました!」
「売り物?」
「ちがいます! こうしておけば、なにか、つれるんじゃないかとおもって!」
私は釣り竿を見た。
「ちょっと聞かせてもらおうか」
「はい! ぼくのりろんでは、つりざおというのは、さかなにだけ、こうかがあるものでは、ないのです」
「なるほど?」
「こうしてりくじょうでも、やくそうがすきな、いきものが、よってくる。ぼくはそう、にらんでいます」
スライムさんは、ちょっと悪そうな顔でにやりとする。
「しかし、みんな、さかなをつると、おもいこんでいるので、さかなしかつれないんです!」
「たしかに、可能性はあるね」
「でしょう!」
スライムさんは、ぴょん、ととんだ。
「うっかり、やってきたところで、つりざおに、ひっかかるというわけです!」
「誰もやっていないことをやる。いわゆる……、なんとか、なんとかだね!」
「はい! なんとか、なんとかです!」
私たちは心の中で通じ合っているので問題はない。
「きませんねえ」
私たちがお茶をして、しばらく話をしていたけれど、誰もやってこない。
「お客さん?」
「えものが」
スライムさんは釣り竿を見た。
「そうだね」
「やくそうでも、たべますか?」
「うん」
私は返事をして、釣り竿に向かった。
そこでぶら下がっている薬草を手に取る。
釣り針はなく、縛り方も大ざっぱなので、するりと抜けそうに見えたのだ。
「あっ」
その瞬間。
上から網が落ちてきて、私をすっぽり包んでしまった。
「ゆだんしましたね! えいむさん!」
スライムさんは、高らかに言った。
「スライムさん、これは……」
「えいむさんは、つりばりが、ついていないことに、あんしんしていましたね!? どうせ、ぼくのやっていることは、あなだらけ、だと!」
「! 知っていたの!?」
「ぼくは、えいむさんが、よゆうのかおで、そのやくそうをもってきて、はりがついていないよ、というのを、まっていたんです!」
はっはっは! とスライムさんは笑った。
「やられた……」
「やくそうかいとう、えいむ! きょうこそ、つってやったぞ!」
私は薬草怪盗らしい。
「……ふふ。ふふふ」
「!? なにがおかしい!」
「スライムくん。君は、致命的なミスをしている」
「なに!? いったい、なんだというんだ!」
私は、かぶさっていた網をゆっくりはずした。
「君は、私を、釣ったつもりらしいがね。網で捕まえたら、釣っていないんだよ!」
「はっ!!」
スライムさんは、おどろきで、体がびくり、と震えた。
「ふふ、君は釣ったつもりらしいが、逆に釣られてしまったようだね」
「!! ?? それは、どういういみですか!?」
「……さらばだ!」
私は、薬草を持ってお店の外に出た。
そのままお店を一周してもどった。
「はい、薬草」
「ありがとうございます!」
私たちは薬草を食べた。
「それで、ぎゃくに、つられたというのは」
「薬草おいしいね!」
「えっと」
「おいしいね!」
「……はい!」




