359 スライムさんと自動手錠
「こんにちは」
私がお店に入ったときだった。
「あっ」
というスライムさんの声がしたと思ったら、私の両手首になにかが飛んできた。
ぎゅっ、と前に突き出すような形で私の両手が引っぱられた。
手首には、黒いものが巻きついている。いや、巻きついているというより、はまっている。手錠のようだ。
あまり重さは感じないが、ちょっと動くとチャラチャラと細い鎖が音を立てる。ひんやりとした冷たさも感じた。
「えっ、えっ?」
「これは、じどうてじょうです!」
スライムさんは言った。
「自動手錠?」
私は首をかしげる。
「はい。このてじょうは、ちかづいたひとに、かってに、てじょうが、かかるんです!」
「え、すごい」
「はい! はんにんや、はんにんや、はんにんに、なげつけたりして、つかえるんです!」
「それは便利。でも、お高いんでしょう?」
「それがなんと、いまなら……。1000ごーるどです!」
「ええー!」
「おどろきのかかく! いますぐ、ごれんらくください!」
スライムさんは、私にぐいっと近づいた。
「じゃあ、これ、外してもらえる?」
「……どうやってですか?」
「え? 鍵とか」
そう言いながら私は手錠を見た。
チャラっと音がする。
上から見たり、ひっくり返してのぞくように見たりしてみた。でも、鍵穴のようなものは見つからない。
「ないね」
「はい!」
「うーん。でも、あ」
「なんですか?」
「犯人に投げるって言ってたけど、投げる前は、手錠はかからないんでしょう? ということは、つけたり、外したりできるんじゃないの?」
「えいむさん。いいところにきづきましたね」
スライムさんは、うんうん、と言ってカウンターに上がった。
「このはこに、いれておくと、てじょうは、おとなしいです。でも、ふたをあけると、とびかかります!」
「スライムさんは、そのフタを開けたんだね?」
「はい! ちょっと、みてみたくて!」
「それならしょうがないね」
「はい!」
スライムさんは、ぴしっ、とした。
おそらく、スライムさんには反応しなかったのだろう。
「えいむさんを、つかまえてしまったのを、はんせいしています!」
「わざとやろうとしたならダメだけど、うっかりなら、許す」
「! ひろい、こころ! まるでそらのようです!」
「文学的な表現だね」
「ぶんぶん! はろー、えいむさん!」
などと私たちは手錠についての確認をしたのだが。
「じゃあ、箱に入れたらいいのかな」
私は手錠ごと手を箱に入れ、スライムさんにフタをかぶせてもらった。
外れない。
チャリチャリと、鎖がゆれるだけだった。
「外れないよ」
「そうですか」
「どうしよう」
私は箱から手を出した。
手錠の鎖は、私の肩幅くらいあった。
ぐっ、と引っぱっても鎖が音を立てるだけで、かんたんに壊れそうにない。
「なんでも切れるナイフとか、ない?」
「そんなべんりなもの、ないですよ」
スライムさんが笑った。
「……ないですよ……?」
スライムさんが考えるようにしてから、奥を見た。それからまた考えるようにした。
「どこかにあるはずだけど、きちんと整理してないから失くしちゃったかもしれない。だから、うかつに、あるとは言えない。どうしようかな。って思ってる?」
私が言ったら、スライムさんがびくっとした。
「えいむさんは、まほうつかい、だった!?」
「ふふ。かもしれない、ね」
スライムさんが、目を輝かせた。
「じゃあ、そのてじょうを、はずしてください!」
「私は魔法使いではありません」
私たちはまた考えた。
「どうしようか……」
「じゃあ、おちゃでもどうぞ」
スライムさんがいれてくれたお茶を飲む。
「香ばしいお茶だね」
口の中にいい香りが広がる。
「はい! これは、からだを、やわらかくしたいひとに、うってつけという、こうばしちゃ、です!」
「体を?」
「はい!」
「体がやわらかいと、ケガをしにくくなるとか、いうもんね」
「そのとおりですよ! あわせて、やくそうもどうぞ!」
私は、スライムさんが引っかけないようコップを横にどかした。
そのとき、ふと思って、私はお茶をすこしだけ、手錠の鎖にかけてみた。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
スライムさんが、小さい薬草をもぐもぐ食べながら言う。
「なんか、さっきより……」
肩幅までしか腕が開かなかったのに、いまはもうすこし開くようになったような。
いや気のせいではない。横に腕を広げると……。
「どんどん開く」
ぐっ、ぐっ、と引っぱると、引っぱっただけ腕が開いた。
鎖がなくなったわけではない。よく見ると、丸っこい鎖の連なりが、どんどん引きのばされていた。
引っぱっただけのびるので、私が限界まで広げた手の長さまでになっている。
鎖を足でふんでのばしてみると、まだのびる。
「体だけじゃなくて、手錠もやわらかくなった」
「なんということでしょう!」
さすがスライムさんの用意するお茶だ。なにが起きるかわからない。
「のびのびですね!」
「うん」
私の身長の、倍くらいの長さになっただろうか。
私は、腕を大きくまわして、お腹のあたりに鎖を巻いてみた。
これなら引きずって歩くこともないだろう。
「かっこいいですよ、えいむさん!」
「そう? さすが?」
「さすがです、えいむさん!」
「ふふ。やっぱり?」
「はい!」
私は、お茶を手錠にもかけてみた。
でものびない。素材がちがうのだろうか。
「なんにでも、効くってわけじゃないんだね」
「はい!」
なんにでも効くなら、私もぐにゃぐにゃになっていたかもしれない。
「じゃあ、手錠を切るナイフは探しておいてね」
「……。……はい!」
スライムさんは、たっぷり沈黙してから言った。
「私も一緒に探すね」
「はい!」
スライムさんはすぐ言った。




